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第137話『またね、焼酎の国』

 「…………」


 静寂。

 そして、ほかてんが誇らしげに目を細めて笑った。


 「神様が全部飲んじゃうくらい、美味しかったんだね」


 「……まあ」

 ゆうこも自分の白衣の裾を小さくつまみながら、照れくさそうに微笑む。


 「そう考えたら、最高の評価かもね」


 サクが、頼もしい足取りで力強く頷いた。

 「ええ」


 クルスも小さく口元を緩める。


 その夜焼酎の国では麹精霊たちの無事な帰還と奇跡のような新しいぽしゃけの誕生を祝う祭りが、夜通しで賑やかに続いていた。


 ◇


 そして夜が明けた翌朝。

 芋ノ里は、昨夜までの喧騒が嘘だったかのように、どこまでも澄んだ静寂に包まれていた。


 朝露をたっぷりと纏って濡れた深い緑の芋畑。

 まだ薄い白霧の残る、ひんやりとした空気が漂う酒蔵の軒先。

 遠くの畦道では、すっかり目を覚ました麹精霊たちが、ぽてぽてと愛らしい足音を響かせながら列をなして歩いている。


 「きゅっ」

 そんな澄んだ鳴き声を聞きながら。


 ゆうこはシャキッとした手つきで白衣の襟を正した。

 サクはすでに、愛用のポコちん龍の屈強な背中へと旅の荷物を手際よく積み上げている。

 クルスも、その頑丈な背中のすぐ隣で、大切な道具に忘れ物がないか指差し確認を怠らない。


 そして少し離れた人の往来しない場所には名残惜しそうに佇むほかてんと、その傍らに控えるおゆの姿があった。


 「……もう行っちゃうんだね」

 ほかてんが、いつもの太陽のような元気いっぱいの笑顔を少しだけ曇らせて小さく呟く。


 けれどその瞳の奥には、旅立ちを祝う温かな光が揺れていた。


 「うん」

 ゆうこもまた、揺るぎない眼差しでしっかりと頷く。


 「焼酎の国でやるべきことは、ちゃんと全部終わったからね」


 散り散りだった麹精霊たちは、無事に元の場所へ戻った。

 里を脅かしていた凶暴な大蛇も討伐した。

 幻のバブ酒だって、完璧な仕上がりで完成させた。


 そして、そのすべての発端となった残りのバブ酒は神様がちゃっかりと全部飲み干した。


 「最後のアレだけは、どうにも納得いかないけどね」

 ゆうこが遠くの空を仰ぎ見て、やれやれといったふうに深い溜息を吐く。


 ――『ふぉっふぉっふぉっ』

 脳裏に直接響いてくる不敵な笑い声。


 「聞こえてるなら今すぐ反省しろぉぉぉ!!」

 朝の清らかな空気を切り裂くように、ゆうこの容赦ない怒声が響き渡った。


 その見事なキレ芸に、ほかてんがたまらず吹き出す。

 「あははっ!」


 その横でおゆは姿勢正しく、地面にしっかりと頭を下げた。


 「本当に、ありがとうございました。ゆうこさんたちがこの里へ来てくれなかったら麹精霊たちは、今もずっと戻っていなかったと思います」


 「そんなにかしこまって改まらなくていいよ」

 ゆうこは照れくさそうに自分の後頭部をポリポリと掻く。


 「私たちだって、この国の人たちにいっぱい助けてもらったしね」


 「特に……」

 ちらっ。

 ゆうこは意味深な視線を隣へ送る。


 「お湯の時とかね」


 「…………」

 おゆの端正な眉が。

 ピクッと不自然に跳ね上がった。


 「何か?」

 「なんでもないです!」


 あまりの電光石火の即答。

 サクがこらえきれずに肩を大きく震わせる。

 ほかてんは両手で口元を必死に押さえて笑いをこらえている。

 クルスはすっと静かに視線をあらぬ方向へ逸らした。


 その中で、おゆだけが。

 「……?」


 何も気付いていない様子で、無垢に首をこくりと傾げている。


 その天然な姿にゆうこは思わず吹き出して笑った。

 「ほんと、最後まで面白い国だったなぁ、ここは」


 「面白い国?」

 ほかてんが、きょとんとした顔で首を傾げながら聞き返す。


 「うん」

 ゆうこは、どこか愛おしそうに広大な芋ノ里を見渡した。


 この芋ノ里。

 隣り合う麦ノ里。

 瑞々しい米ノ里。

 甘い香りの黒糖ノ里。

 独特の風味が香るそばノ里。

 香ばしい胡麻ノ里。


 土地ごとにまったく違う美しい景色があり。

 土地ごとに誇り高い違う焼酎があり。

 そして、そこで生きる違う人たちがいた。


 でも、どの里を訪れても共通していたのは誰もが皆、酒を心から大切に愛し、かけがえのない仲間として麹精霊たちと暮らしているという事だった。


 「なんかさ」

 ゆうこはしみじみとした口調で笑う。


 「焼酎って、原料がどれだけ違っても、ちゃんと芯から『焼酎』なんだね」


 ほかてんが、その言葉に一瞬だけ驚いたように目を丸くする。


 そして、すぐに満面の笑みを咲かせた。

 「当たり前でしょ!」


 「芋でも!」

 「麦でも!」

 「米でも!」

 「黒糖でも!」

 「みんな違って、みんな最高の焼酎!」


 「急にどこかの標語っぽくなったんだけど!」


 ゆうこの鋭いツッコミと同時に、朝の爽やかな芋ノ里へ、明るい笑い声がどこまでも広がっていく。


 すると。

 「きゅっ!」


 一匹の小さな麹精霊がピョンピョンと跳ねるように、ゆうこの足元へと真っ直ぐ走ってきた。


 ぽてぽてぽてっ、と愛らしい足音が響く。


 「ん?」

 ゆうこがその場でしゃがみ込む。


 麹精霊は、小さな両手をいっぱいに広げてぴかっと光る何かを差し出した。


 それは、手のひらに乗るほどのひどく小さく、けれど神聖な白い粒。


 「これって……」

 近くを覗き込んだほかてんが、感嘆するように目を細める。


 「麹の欠片だ」

 

 「きゅっ!」

 麹精霊は、誇らしげに小さく胸を張る。


 「私にくれるの?」

 ゆうこは、そっと両手でそれを受け取った。


 ひんやりとしていて。

 けれど、驚くほど温かい。


 昇ってきたばかりの朝の陽光を浴びて、それはほんのりと白く、神秘的な輝きを放っている。


 「……ありがとう、大切にするね」

 ゆうこは優しく微笑むと。

 それを自分の白衣の右ポケットへそっと忍ばせた。


 「きゅぅ!」

 それが嬉しかったのか、麹精霊はくるくるとその場で飛び跳ねる。


 そしていよいよ、本当の別れの時が訪れた。


 「それじゃあ」

 ゆうこがポコちん龍の硬質な鱗にそっと手を掛ける。

 「行ってくるね」


 ほかてんが、別れを惜しむように勢いよく空へ拳を突き上げた。


 「また絶対に遊びに来てよね! 次はもっともっと美味しい極上の芋焼酎を飲ませるんだから!」


 「うん、期待してる!」

 サクも爽やかに手を振る。


 「またね、ほかてん」

 「おゆも、元気でね」


 クルスも静かに帽子に手を当てて頭を下げる。

 「本当にお世話になりました」


 おゆもまた、深々と静かに頭を下げた。

 「お気をつけて、良き旅を」


 そして、ほんのわずかな間を置いておゆは、じっとゆうこの顔を見つめてから告げた。


 「次にお会いする時は…。お湯を……決して渡さないでください」


 「覚えてたぁぁぁぁぁ!!」

 ゆうこの絶叫が、再び里に響き渡る。


 「あはははははっ!」


 サクがたまらず腹を抱えて笑い転げる。

 ほかてんも声を上げて笑っている。

 あの冷静なクルスまで、こらえきれずに口元を押さえて肩を揺らした。


 おゆは少しだけ、これまでにない柔らかい笑みを浮かべていた。


 その時。

 ぷるんっ。


 静かに控えていたゆうこの足元から、しゅわ丸がぽんっと前へ飛び出した。


 「しゅわ丸?」


 ぴょこん。

 ぴょこん。

 小さな透明な身体をゼリーのように弾ませながら。


 しゅわ丸は、おびただしい数の麹精霊たちの前までトコトコと進んでいく。


 「きゅ?」

 麹精霊たちが。

 一斉に首を可愛らしく傾げた。


 しゅわ丸は。

 そんな小さな仲間たちを愛おしそうに見渡して。


 ぷるぷるっ。

 瑞々しい身体を嬉しそうに震わせる。

 そして、精一杯の元気な声で告げた。


 「またね!」


 「きゅっ!」

 「きゅきゅっ!」


 その瞬間、言葉を交わさずとも通じ合ったように、麹精霊たちが一斉にしゅわ丸へと飛びついた。


 「わぷっ!」


 ぽふっ。

 ぽふぽふっ。

 ぽふぽふぽふっ!


 「ちょっ、完全に埋もれてるよ!」

 ゆうこが思わず声を上げて笑う。


 あっという間にしゅわ丸の丸っこい姿の周りには、真っ白な麹精霊たちの温かな山ができていた。


 「きゅっ!」

 「きゅぅ!」

 「きゅきゅっ!」

 「えへへ……♪」


 しゅわ丸は。

 たくさんの温もりに囲まれながら、幸せそうに身体を揺らしている。


 やがて名残惜しそうに、麹精霊たちが名残を惜しみつつもゆっくりと離れていく。


 しゅわ丸は、ぽんっと跳ねて再びゆうこの足元へと戻ってきた。


 「みんなにちゃんと挨拶できた?」


 「しゅわ♪」

 満面の笑みを浮かべたゆうこは、その小さくてもっちりとした身体を優しく抱き上げた。


 「じゃあ、行こっか」

 「しゅわ〜!」


 ゴォォォォォッ!!

 ポコちん龍が、力強く巨大な翼をバサリと大きく広げる。


 その羽ばたきが生み出した強い風が、旅立ちの合図のように芋ノ里を駆け抜けた。

 地にいる麹精霊たちが、一斉にぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 「きゅっ!」

 「きゅきゅっ!」


 ほかてんも、頭上で両手を大きく力いっぱい振る。

 「いってらっしゃーーい!! また絶対遊びに来てねぇぇぇぇ!!」


 おゆも、胸元で静かに手を振る。

 「いってらっしゃいませ」


 ポコちん龍の頑丈な背の上から。

 ゆうこも。サクも。クルスも。

 空に向かって大きく手を振り返した。


 そして、ゆうこの腕の中から、しゅわ丸が、ぷるんっと身体をいっぱいに伸ばす。


 「しゅわー!」


 「きゅぅぅぅぅ!!」

 麹精霊たちの高らかな声が、まるで見送りの歌のように芋ノ里の青空いっぱいに響き渡った。


 そしてポコちん龍は、ゆっくりと地面を蹴って宙へ浮き上がる。

 芋ノ里の景色が、少しずつ、少しずつ小さくなっていく。


 緑豊かな麦畑。

 きらめく水田。

 風に揺れるサトウキビ畑。

 素朴なそば畑。

 この焼酎の国で巡ったすべての美しい景色が、万華鏡のようにひとつずつ眼下へ広がっていく。


 ゆうこは、そのすべてを、一瞬たりとも見逃さないようにしっかりと目に焼き付けた。


 「……また来ようね、いつか絶対に」


 「ええ」

 サクが隣で頼もしく笑う。

 クルスも、静かに深く頷いた。


 「しゅわ」

 しゅわ丸も、名残惜しそうに小さく呟く。


 やがてポコちん龍は、焼酎の国の上空の境界線を完全に離れ、さらにその先へ――。


 まだ見ぬ蒸留酒大陸の奥地へ向かって、力強く翼を羽ばたかせ始める。


 新しい酒。

 新しい国。

 そして、新しい出会い。

 まだ見ぬ数々の驚きに満ちた旅が、再び、彼女たちを待っていた。



挿絵(By みてみん)

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


焼酎の国編は、いかがでしたか?

芋ノ里から始まった旅は、麹精霊に巨大な蛇、そして愉快な職人たちのおかげで、ずいぶん賑やかなものになりました。


「続きが気になる」

「おゆとほかてんが好き」

「月酔石が便利すぎ!」


と思っていただけたら、


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で応援していただけると、とても励みになります!

感想も大歓迎です(*」´□`)」


あなたの一押しが、ゆうこたちの次の旅の力になります!


……おゆに★を五つ見せたら、隕石が五つ降ってきます。たぶん。

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