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第127話『これで心置きなくぶっ飛ばせる』

 「きゅっ!」


 「出た!」

 ほかてんが、泥にまみれた小さな身体をしっかりと抱き上げる。


 「一匹目!」

 ぽこんっ!


 「二匹目!」

 ぽこんっ!

 

 「三! 四! 五!」

 次々と。

 麹精霊たちが湿った地面から元気に飛び出してくる。


 「きゅっ!」

 「きゅきゅっ!」

 「きゅぅ!」


 いつの間にか巨大な大蛇のとぐろの外側には救出された大量の麹精霊たちが、折り重なるように集まり始めていた。


 「…………」

 圧倒的な質量に包まれ、ようやく大蛇が頭をもたげて異変に気付く。


 冷ややかな金色の瞳が禍々しいとぐろの内側をじっと見下ろす。

 明らかに手元にいるはずの麹精霊が減っている。


 「シャ……?」

 困惑の色を浮かべ、もう一度。

 周囲の外側を見る。


 ほかてんの足元。

 驚くべきことに、麹精霊の数はむしろ増えている。


 「…………」

 内側。

 減っている。


 外側。

 増えている。


 脳内で計算が追いつかないのか、大蛇の喉から間抜けな声が漏れる。


 「シャ……?」


 「気付くの遅ぉぉぉぉ!!」

 ぽっかりと開いた大穴の中から、ゆうこの怒号めいたツッコミが、地底の反響を伴って盛大に響き渡った。


 その言葉を合図にするように、大蛇の金色の瞳が驚愕に見開かれる。


 そして己の足元、とぐろの真下にぽっかりと開いた脱出用の穴をようやく認めた。


 「シャァァァァァァ!?」

 「バレた!」

 事態の露見を悟り、大蛇がパニックを起こしたように慌てて巨体をくねらせる。


 しかし、もはや手遅れだった。


 「急いで!」

 喉が張り裂けんばかりに、ゆうこが叫び声をあげる。


 「全員、穴に入ってぇぇぇ!!」

 「きゅきゅきゅっ!!」


 号令に従い、麹精霊たちが一斉に薄暗い地下道へと殺到していく。


 ぽてぽてぽてぽてぽてぽてぽてっ!!


 「避難スピードは遅いけど、数で圧がすごい!!」


 あまりの密集ぶりに苦笑しながら、大蛇が怒りに任せて巨大な尾を持ち上げる。


 ドォォォン!!

 地割れを起こす勢いで、地面へ尾を叩きつけた。

 周囲の空気が震え、地下道全体が大きく揺れ動く。


 「うわっ!」

 天井から乾いた土がぱらぱらと雨のように落ちてくる。


 それでも伝説の万能シャベルで極限まで頑丈に掘削された道はビクともせず、崩落の気配すらない。


 ――『ふぉっふぉっふぉ!』

 頭の中で、アルケラが鼻を高くして得意げに笑う。


 ――『神具の加護を受けて掘った穴を、ただのミミズ穴と同等に舐めるでないわ!』


 「そこまで高性能なの!?」

 冷や汗を流しながらも、ゆうこは叫びつつ避難する最後尾の麹精霊の背中を見守る。


 「あと少し!」

 「きゅっ!」


 一匹。

 また一匹。

 安全な地下道へ吸い込まれていく。


 そして最後に残った一番小さな麹精霊が、ぽんっと跳ねるように暗い穴の中へ飛び込んだ。

 ゆうこもまた振り返ることなくその後を追う。


 「撤収ぅぅぅ!!」

 四つん這いになり、泥を蹴散らしながら全身全霊の力を込めて地下道を這い進む。


 その背後では逃がした獲物を追うように、大蛇が地面へ何度も何度も尾を叩きつけていた。


 ドンッ!!

 ドンッ!!

 ドンッ!!


 「壊すなぁぁぁ!!」

 振動に耐えながら進むと、やがて前方の出口からまばゆい外光が差し込んできた。


 「ゆうこ!」

 待っていたサクが、力強く手を伸ばしてくれる。


 ゆうこはその温かな手をしっかりと掴み勢いのままに、一気に地上へと飛び出した。


 「ぷはぁっ!!」

 荒い息を吐き出しながら、すぐに振り返る。


 視線の先には。

 ほかてんの姿がある。

 サクの姿がある。

 クルスの姿がある。

 おゆの姿がある。


 そして。

 無事に救出された大量の麹精霊たちが、ぴょんぴょんと跳ねている。


 「きゅっ!」

 「きゅきゅっ!」

 「きゅぅ!」


 全員。

 無事に、ここにいる。


 ゆうこは。

 泥だらけになった顔を緩ませて安堵の笑みを浮かべた。


 「……よし」

 ほかてんもまた。

 胸元にしがみつく麹精霊を優しく抱き締めながら、深く頷く。


 「全員、助けた!」

 その瞬間だった。


 「シャァァァァァァァァァ!!」

 すべてを察した大蛇による、怒り狂った絶叫の咆哮が。


 周囲の黒い岩山を激しく震わせた。

 響き渡る轟音の中、ゆうこはゆらりと立ち上がる。

 愛用の万能シャベルを頼もしく肩へ担ぎ直し目の前にそびえる巨大な大蛇を真っ直ぐに見据えた。


 もうその周囲の足元に怯える人質たちの姿はない。

 これ以上のびくつきや、攻撃を躊躇する理由は完全に消え失せていた。


 「さて」

 ゆうこは金属の表面についたしつこい土を片手でぱんぱんっと威勢よく払う。

 


 「これでようやく」

 口の端を持ち上げ、不敵ににやりと笑う。


 「心置きなく、思いきりぶっ飛ばせるわね」

 ゆうこが万能シャベルを戦闘態勢で構える。


 その宣戦布告の言葉に呼応するように。

 大蛇の冷酷な金色の瞳が、ぎらりと殺意の光を帯びた。


 「シャァァァァァァァァ!!」

 再びの咆哮。

 その直後、大蛇の巨体の全身から、周囲の空気を歪めるほどの凄まじい量の黒い酒気が噴き出した。


 ブワァァァァァッ!!


 「うわっ、何これ……!」

 ゆうこは咄嗟に腕を交差し、飛散する飛沫から顔を庇う。


 ドス黒い酒気が暴風となって辺りを吹き荒れ周囲に生い茂る木々の枝葉が、メキメキと音を立てて大きくしなる。


 足元の小さな石が重力から解放されたように浮き上がり視界を奪うほどの土煙が一気に巻き上がった。


 「すごい濃度の酒気……!」

 吹き付ける突風に目を細めながら、サクが低く呟く。


 ――『おや、気を抜くでないぞぃ』

 風切音を切り裂いて、アルケラの冷徹な声が響く。


 ――『お主ら、さっきまで散々こやつをネタにして笑わせたからのう。怒りの沸点が振り切れておるわ』


 「…………」

 不意を突かれ、ゆうこがピタリと動きを止める。

 隣でクルスも気まずそうに足を止める。

 ほかてんも険しい顔で硬直した。


 ただ一人、サクだけは。

 なぜかまだ少し、面白そうに肩を震わせて笑っていた。


 「ちょっと待って、嘘でしょ」

 嫌な予感を察知し、ゆうこが急いで振り返る。


 「もしかしてさ……」

 「私たちがさっきバラした情報で、こいつがこんなに強化されたってわけ……?」


 呆れたようなアルケラの声が返ってくる。


 ――『見事なまでの相乗効果じゃな。お主らの黒歴史の精神的ダメージが、そのまま奴の妖力を跳ね上げたのじゃよ』


 「自分たちの手でモンスターを育てたってことぉぉぉぉ!?」


 「いや、正確な原因の大部分は主に俺では?」


 青ざめた顔で、クルスが死んだ魚のような目で呟いた。


 「余計な自己申告しなくていいから!」

 「……もう何も怖くありません、俺は無敵の存在だ」


 「待って、クルスが精神的に完全に壊れた!」

 仲間たちの混乱を嘲笑うかのように、その瞬間。


 大蛇の恐るべき尾が地面を抉りながら、ゆっくりと持ち上がった。


 「来るっ!」

 サクが危機感を込めて叫ぶ。


 ブォォォォォン!!


 音を置き去りにして、圧倒的な質量を持つ巨大な尾が横薙ぎに振るわれる。


 「全員、散って避けて!」

 ゆうこの指示に合わせ、パーティの面々が四散するように飛び退いた。


 直後。

 ドゴォォォォォン!!


 大蛇の尾が、さきほどまで立っていた背後の岩壁へ文字通り直撃した。

 堅固なはずの巨大な岩が豆腐のように丸ごと粉々に砕け散る。


 「…………」

 破壊の余波を目の当たりにし、ゆうこはその場で完全に固まった。


 「ちょっと待って、冗談抜きで笑えない威力になってるんだけど!?」


 「ゆうこ、危ないっ!」

 サクの鋭い警告の声が飛ぶ。


 警告通り、大蛇はすでに次の殺戮の攻撃へと移行していた。

 恐ろしく巨大な頭部が、地面すれすれの位置まで低く下がる。


 そして。

 「シャァァァァァァ!!」


 逃げ場を塞ぐ一直線の軌道を描き。

 猛烈な勢いでゆうこめがけて突っ込んできた。


 「またターゲットは私ぃぃぃ!?」

 悲鳴を上げつつも、ゆうこは反射的に万能シャベルの柄を強く握り締め迫る巨体を迎撃すべく、硬い地面へと思いきり振り下ろした。


 ザクッ!!

 凄まじい音と共に、周囲の大量の土砂が爆発四散する。


 神具の圧倒的な掘削力により瞬く間に、ゆうこの目の前へ深さ数メートルにも及ぶ巨大な溝が出来上がった。


 「シャァ!?」

 勢い余った大蛇の頭部が、計算された罠の溝へと見事に嵌まり込む。


 ズドォォォォン!!

 重い衝撃音が大地を揺るがした。


 「よしっ、決まった!」

 勝機を見たゆうこが、頼もしく力強く拳を握り締める。


 「神具の万能シャベル、戦闘用武器としても普通に強すぎる!」


 ――『ふっ、我が神具の力、思い知ったか』

 「って、中からちょっと嬉しそうに自慢しないで!」


 しかし、油断したその直後。

 ずるんっ! と不気味な湿った音が響く。


 なんと大蛇は致命傷どころかダメージすらないかのように、何事もなかったかのように自力で溝から頭を引き抜いた。


 「…………」

 「シャァァァァァ……」


 「ですよねぇぇぇ、そう簡単に通じないか!!」

 絶望的な硬さに冷や汗を流す間もなく、巨大な牙がゆうこを掠めるように迫る。

 反射的に、ゆうこは後方へ大きく跳躍して回避した。


 その開いた空間の横を。

 鋭く研ぎ澄まされた一本の矢が風を切り裂いて駆け抜けていく。


 バシュンッ!!

 目にも留まらぬ速さで、大蛇の眉間へと矢が肉薄する。


 「シャッ!?」

 突然の狙撃に動揺し、咄嗟に大蛇が巨大な頭を激しく逸らした。


 「何ぼさっとしてるの、ゆうこ!」

 見事に弓を構え直したサクが、鮮やかに叫ぶ。


 「一人でコントみたいな戦闘遊戯してないでよ!」

 「遊んでるように見える!? こっちは命懸けよ!」


 「顔はすっごい楽しそうだったわよ!」

 「命懸けの真剣勝負よ!!」


 口喧嘩を挟みつつも、サクの手は止まらない。

 すぐさま二本目。

 そして三本目の矢を。

 流れるような動作で次々とつがえていく。


 バシュンッ!!

 バシュンッ!!


 連続して放たれた疾風の矢が、大蛇の視界を塞ぐように左右から激しく迫る。


 「シャァァァァ!!」

 追い詰められた大蛇が、頭部を左右に激しく振ってこれを弾き飛ばそうとする。


 その、完全に防御が崩れた無防備な瞬間。


 「――隙だらけです」

 不意を突いた冷徹な声が、大蛇の背後から落ちる。

 振り返れば、そこにはいつの間にか移動していたクルスの姿があった。


 「え……?」

 信じられないものを見るように、ゆうこが目を見開く。


 いつの間に、あんな至近距離までクルスは大蛇の巨大な胴体のすぐ横にまで静かに接近を果たしていた。


 「さっきはよくも……」

 クルスが己の拳を、ギリギリと音を立てて強く握り締める。


 「随分と好き勝手に」


 一歩。

 泥を踏みしめて、さらに間合いを詰める。


 「俺の甘酸っぱい黒歴史を盛大に晒してくれましたね」


 「クルス……?」

 彼の低い声のトーンに、周囲の空気が凍り付く。


 「中二病全開の『世界征服計画書』」

 握り込んだ拳に、人間離れした闘気が漲る。


 「痛すぎる『異名候補リスト』」

 怒りでさらに力が入る。


 「秘密裏に考えた『一人称の決めポーズ集』」


 「って、自分で次々ワードを口にして自分の傷口を深めてない!?」


 「極めつけは……」

 クルスのこめかみのあたりに、怒りによって青筋が浮かび上がる。


 「あの日の『プリン』の暴露……!」


 「プリンの件は悪くないから!」

 絶叫するゆうこの目の前で。


 クルスは理性をかなぐり捨て、怒涛のオーラを纏った拳を大蛇の強靭な胴体へと思いきり叩き込んだ。


 ドゴォォォォン!!

 常人離れした破壊の衝撃が、周囲の地表を陥没させる。


 「シャァァァァァ!?」

 あんなに頑丈だったはずの巨大な身体が、衝撃に耐えきれず。

 たまらず横へ大きく吹き飛ばされた。


 「…………」

 その信じがたい光景を目の当たりにし、ゆうこはあんぐりと口を開けて目を丸くする。


 「嘘でしょ……黒歴史を暴かれた怒りのパワーだけで、戦闘力が限界突破してない!?」


 「気のせいです、ただの全力を出した肉弾戦です」


 「どう見ても絶対気のせいじゃないわよ!!」



挿絵(By みてみん)

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