第12話「ポコちん、やらかす」
その声は、今までの情けない悲鳴とはまるで違っていた。震えているのに、芯だけは折れていない。サクを守る。その一点だけで、クルスは一歩前へ踏み出した。
風が吹く。土煙の向こうで前髪がふわりと揺れた。彼は片手で顔を覆い、もう片方の手を前に突き出す。やたらとポーズが決まっていた。そして、やたらと腹が立つほど“厨二”だった。
「目覚めろ……我が内に眠る、禁断の閃光よ……」
「は?」
ゆうこのツッコミが一瞬遅れる。クルスは完全に何かが入っていた。瞳孔が開き、目だけが妙に据わっている。
「今こそ解き放つ……!」
彼の身体の奥で何かが脈打つ。びり、と空気が震えた。サクが引きつった笑顔で呟く。
「ちょっと待って、なんか急に詠唱始まったんだけど」
「現実逃避してる暇があるなら避けなさい!!」
だが、クルスは止まらない。むしろノッてきていた。
「白き衝動、純なる奔流、抑えきれぬ魂の迸り……!」
「言い回しが全部嫌!!」
「我が宿命に刻まれし――“あの名”を今ここに!!」
「呼ぶな!絶対呼ぶな!!」
そしてクルスは、天を仰ぐように叫んだ。
「――《ポコちんフラッシュ》ッッッ!!!」
ビキィィィィィィィィン!!!
閃光。圧倒的、閃光。クルスの腰のあたりを中心に、神々しいまでの白光が爆発した。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃああああかっ!?」
「ブギィィィィィッ!?」
全員が同時に目を潰される。穴の底が、一瞬だけ神話の祭壇みたいな荘厳さで白く染まった。絵面は最悪なのに、演出だけ無駄に神々しい。そして、頭の中に最悪の表示が浮かぶ。
【スキル発動:《ポコちんフラッシュ》】
「うわあああああああ!! 文字にするなぁぁぁぁぁ!!」
ゆうこが全力で叫ぶ。サクも思わず目を押さえたまま絶叫した。
「いや強っ!? なにこれ、思ったよりちゃんとしてる!!」
「そこに感心するな!!」
ドレッドボアは真正面から閃光を浴び、完全に怯んだ。突進の軌道が大きく逸れる。頭をぶんぶん振り、目をしばしばさせながらその場で大混乱に陥っている。クルス本人も一番驚いていた。
「で、出た……!? 本当に出たぁぁぁぁ!?」
だが、その顔はなぜか少しだけ“乗って”いた。成功体験を得た厨二病は危険である。彼はよろめきながらも、再び片手を掲げた。
「まだ終わらない……! 光とは、絶望を切り裂く刃――!」
「調子に乗るなァァァァァ!!」
ゆうこが即座に怒鳴るが、クルスは止まらない。
「受けろ……第二閃!!」
ビカァァァァァァァッ!!
「うわっ、二発目!?」
「ブギィィィィィッ!!」
「やめろやめろやめろ!!」
また穴の中が真っ白になる。サクが思わず笑ってしまう。
「ふっ、ちょ、だめ……! 言ってること全部ダサいのに、やってることだけ妙に強い!!」
「それが一番腹立つのよ!!」
クルスは完全に気分が乗っていた。目がキラキラしている。嫌な意味で覚醒している。
「我が光は止まらない……! 世界を照らし、闇を祓い――」
「もう光るなァァァァァァァ!!」
ゆうこの怒号が森に響いた。クルスがびくっと肩を震わせる。
「えっ」
「近くで連発すんな!! こっちの網膜が死ぬのよ!!」
「す、すみません!!」
「あと毎回ポーズ決めるな!! いちいち腹立つ!!」
「えっ、そこですか!?」
「そこもよ!!」
サクが笑いを堪えながら叫ぶ。
「クルス! 今のうちにもう一回だけ! 最後の一発いける!?」
クルスはハッと顔を上げた。その目に再び謎の使命感が宿る。
「……分かりました」
すっと姿勢を低くする。片足を引き、片手を胸元へ。もう片方の手を、ドレッドボアへ向けてゆっくりと伸ばす。完全に“ラスボスにトドメを刺す主人公”の構えだった。
「我が魂の深淵に眠りし、最後の輝きよ……」
「だから詠唱をやめろって言ってんのよ!!」
「今ここに――」
クルスが、涙目なのにやたらキメ顔で叫ぶ。
「終焉の閃きを刻めぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「名前を言うなァァァァァ!!」
「―《ポコちんフラッシュ・レイ》ッッッ!!!」
「増えてるゥゥゥゥゥゥ!!?」
ドバァァァァァァァッ!!
今までで一番強烈な閃光が炸裂した。もはやただの光ではない。演出が完全に必殺技だった。ドレッドボアは真正面からそれを食らい、盛大にひるむ。その巨体が、完全にバランスを崩した。
「今よ、ゆうこ!!」
「分かってる!!」
ゆうこは万能シャベルを握りしめ、一気に踏み込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ザゴォォォッ!! その瞬間、ゆうこのシャベルが最後の一撃を地面に叩き込んだ。円が、繋がる。
「――サク、今よ!」
「ええ、任せなさい!」
銀髪がふわりと舞う。そして彼女は、ここぞとばかりにとどめの悩殺ポーズを決めた。片足をすっと前に出し、腰をひねる。胸元を強調するように上体をしならせ、片手を頬へ、もう片方をふわりと宙へ。その笑みは挑発的で、無駄に完成度が高かった。
「さぁ、いらっしゃい♡」
ドレッドボアの目がぎらりと光る。
「ブギィ……!!」
「よし、食いついた!」
ゆうこが拳を握る。クルスも一瞬、目を見開いた。
「す、すごい……!」
だが、その次の瞬間だった。クルスの身体がぴくんと跳ねた。
「……え?」
サクのポーズを見たまま、彼の頬がみるみる赤くなる。ゆうこが嫌な予感に眉をひそめた。
「……ちょっと待って」
クルスの頭の中で何かがぷつんと切れた。
「サク、さん……」
「え?」
「すごく……その……」
クルスが前のめりになる。
「サクさぁぁあぁぁぁん!!!」
「は?」
次の瞬間、クルスがドレッドボアより早くサク目がけて全力で突進した。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
ゆうこが絶叫する。サクの顔から余裕が一瞬で吹き飛んだ。
「なんであんたが来るのよぉぉぉぉぉ!!」
クルスは完全に止まらない。腕を伸ばし、顔を真っ赤にしながら、一直線にサクへ向かっている。その姿はもはや、恋愛感情を履き違えた大型事故でしかなかった。
――『あっ、こっちも食いついたのぅ♡』
「神ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
ゆうこの怒号が森に響き渡る。クルスは叫びながら走る。
「わ、分かりません!! でも身体が勝にぃぃぃぃぃ!!」
「勝手にすなぁぁぁぁぁ!!」
だが、その足元にはたった今ゆうこが完成させたばかりの、円形落とし穴。サクが半歩下がる。クルスの勢いは増していく。その瞬間。
ズボォォォォンッ!!!
「ぎゃああああああああああああ!!」
クルスの姿が、見事なまでに真下へ消えた。土煙がぶわっと舞い上がる。サクがぽかんとその場に固まる。
「……え」
ゆうこもシャベルを持ったまま、一瞬動きを止めた。
「……先に落ちた」
「先に落ちたわね」
穴の底から、クルスの情けない絶叫が響く。
「いたぁぁぁぁぁぁぁい!! なんで俺なんですかぁぁぁ!!」
「お前が一番食いついたからだよ!!」
だが、笑っている暇はなかった。クルスが落ちたその直後。サクを見据えていたドレッドボアが、ようやく本命の突進に入った。
「ブギィィィィィィィッ!!」
「うわっ、来た!!」
巨体がものすごい勢いで足場へ突っ込む。だが、もう遅い。すでに地面は円形に削られている。ドレッドボアが勢いよく突進してきた瞬間――ぐしゃっ、と嫌な音がした。
足場が、一気に崩れる。
「ブギッ!?」
ドレッドボアの目が明らかに動揺で見開かれた。一歩、二歩と踏ん張ろうとするが、重すぎる。ずるり、と巨体が傾く。そして――。
ズゴォォォォォォォンッ!!!
クルスの絶叫に、もうひとつ重たい悲鳴が重なった。
「ブギィィィィィィィィィ!!?」
地面がどん、と揺れる。土煙がぶわっと舞い上がり、森の木々をざわめかせる。数秒後、訪れる静寂。サクが恐る恐る穴の縁へ歩み寄る。ゆうこも隣に並び、そっと中を覗き込んだ。
そこには落とし穴の底で尻もちをついたクルスと、そのすぐ近くで土まみれになってもがくドレッドボアの姿があった。
「……同時に落ちたわね」
「ほぼ同着ね」
下から、クルスの泣きそうな声が聞こえる。
「先生ぇぇぇぇぇ!! なんで僕、猪と並んでるんですかぁぁぁ!!」
「知らないわよ!! お前が自分から猪と同列に落ちに行ったんでしょうが!!」
サクが、数秒だけ真顔で穴の底を見つめる。そして次の瞬間。
「っ、ふふっ……くくっ……」
肩が震え始めた。
「だ、だめ……っ、無理……!」
「笑うな!!」
「ドレッドボアより先に発情して落ちる人、初めて見た……!!」
「嬉しくない世界初だわ!!」
穴の底では、クルスが涙目で後ずさっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください……! 近いです! 猪が近いです!!」
ドレッドボアも、隣にいるクルスに若干困惑した顔をしている。
「ブギィ……?」
「そっちも“なんでいるの?”みたいな顔するな!!」
ゆうこは額を押さえ、深いため息をついた。
「……もう嫌。この世界、ほんと嫌」
――『でも、見応えは満点じゃったろ?♡』
「黙れ酒カス神ぃぃぃぃぃぃ!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は――ポコちん、やらかすでした。
もう誰を狩っているのか分かりません。
ただ、結果だけ見れば――
ドレッドボアは穴に落ちました。
作戦成功です。(たぶん)
「スキル名が最悪なのに性能は強い」
「クルスが一番やらかしてる」
「サクのおとり性能が危険すぎる」
と思っていただけたら、
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あなたの一押しが、クルスを猪から少しだけ遠ざけます。
感想も大歓迎です。
なお、今回の戦犯は本能です。




