第11話「作戦B、発動」
「はぁ!?」
ゆうこが全力で叫ぶ。
「なんでよ!!」
――『知らん!神がそう創った!!文句あるなら我じゃ!!』
「あるわ!!めちゃくちゃあるわ!!」
サクが(なるほど……)といった風に納得の表情を浮かべた。
「求愛本能的な?」
――『そうそう、そんな感じじゃ。雄ってのはだいたい単純でのぅ~』
「妙に納得感出すな!!」
一方のクルスは、顔を真っ赤にしたまま固まっている。
「えっ、えっ、えっ……それ、やるんですか……?」
「やらないわよ!!」
――『でものぅ、このままだと穴に落ちんぞ?』
「うっ……!」
痛いところを突かれた。ドレッドボアは確かにこちらを警戒している。ただ追い込むだけでは、穴の位置を巧みに避けて回られる可能性が高い。
サクがにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。「いいじゃない。やりなさいよ」
「軽く言うな!!」
――『大丈夫じゃ。命がかかっておる時の恥は、だいたい武勇伝になるからのぅ』
「その価値観で世界を創るな!!」
クルスが恐る恐る、小さく手を挙げた。
「……あの」
「何」
「お、俺は……見ないように努力します」
――『あっ、それ絶対チラ見するやつじゃ♡』
「神が追い打ちかけるな!!」
――『ほれ、ぐだぐだ言うてる間に来るぞ~』
ドレッドボアが再び前脚で地面を削る。荒い鼻息は、明らかに次の突進に入る前兆だ。
ゆうこは歯を食いしばった。
「……くっ……」
やるしかない、生き残るためだ。医療従事者として冷静に状況を分析し、最適解を選ぶだけ。そう、これは治療行為のようなもの。
――たぶん違うけれど、今だけはそういうことにする。
「……絶対あとで神ごとしばく」
――『やれるものならやってみい♡』
ぼそりと呟いて、ゆうこは穴の向こう側へと走った。
「先生ぇぇぇ!? 本当にやるんですか!?」
「やらせたのお前らだからね!?」
クルスの悲鳴を背に受けながら、ゆうこはドレッドボアの正面、穴のすぐ向こう側でぴたりと立ち止まる。
心臓がうるさい。死ぬほど恥ずかしい。だが、生きるためだ。ここでためらえば、次に突っ込まれるのは自分の内臓かもしれない。
「……これは医療じゃない……これは医療じゃない……」
「すごい自己暗示してるわね」
「うるさい!!」
ゆうこは深く息を吸い、半ばヤケクソでポーズを取った。片足をすっと前へ出し、腰をひねって胸元をぐっと強調する。片手を頬に添え、もう片方の手にはシャベルを杖のように携える。
無駄に角度が完璧だった。無駄にキメ顔まで乗ってしまった。
「来なさいよ、このバカ猪ぃぃぃぃぃ!!」
――数秒。ドレッドボアは、じっとゆうこを見つめた。
「……」
「……」
「……」
クルスがごくりと唾を飲み込む。
「ど、どうですか……?」
サクも真剣な顔で見守る。
「……来る?」
次の瞬間、ドレッドボアはふいっと横を向いた。
「…………は?」
ゆうこの口から、間の抜けた声が漏れる。ドレッドボアは鼻を鳴らし、明らかに“興味ありませんが?”という態度で別方向の草を食べ始めた。
「えっ」
クルスが素っ頓狂な声を上げる。
「無視された!?」
「ちょっと待って!?」
サクが腹を抱えて笑い出した。
「ふっ……く、くくっ……」
「笑うな!!今、私は命を懸けて尊厳を捨てたのよ!?」
――『あっ』
頭の中で、アルケラが妙に気まずそうな声を漏らす。
「“あっ”じゃないわよ!!」
――『……ごめん、言いにくいんだけど』
「言うな」
――『その子、どうやら“好み”がはっきりしてるタイプみたい』
「言うなって言っただろ!!」
サクがついに吹き出した。
「っはははははは!!ちょっ、だめ、無理……!」
「サク、お前後で埋めるからな!!」
クルスが顔を真っ赤にしながら、おそるおそる補足する。
「え、えっと……つまり、その……」
ドレッドボアが、チラっとだけゆうこの胸元を見た。そして再び、すん……とした顔でそっぽを向く。あまりにも露骨な反応だった。
「今の視線なんなのよぉぉぉぉぉ!!」
ゆうこが絶叫する。
――『うーん……たぶん』
アルケラが、やけに楽しそうに結論を告げた。
――『貧乳には、やる気が出んタイプじゃな』
「神ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
森にゆうこの怒号が響き渡る。
クルスが思わず一歩後ずさった。
「い、言っちゃった……」
サクはもう完全に膝から崩れ落ちている。
「だめ、ほんと無理……!そんな理由で作戦失敗することある!?」
「あるから今こうなってんでしょうが!!」
ゆうこは顔を真っ赤にして肩を震わせた。恥ずかしさと怒りで、頭が真っ白だ。
しかも最悪なことに、ドレッドボアは完全にリラックスしている。さっきまでの殺意が嘘のように、“うーん、違うな”というテンションで鼻を鳴らしていた。
「なんで急に選り好み始めてんのよ、野生動物のくせに!!」
――『いやぁ、オスは本能に正直じゃからのぅ♡』
「お前が言うと腹立つだけなんだよ!!」
その時、サクがぴたりと笑いを止めた。ドレッドボアを見つめたまま、何かに気づいたように目を細める。
「……待って」
「何よ」
「この猪って――」
サクが、にやりと口角を上げた。
「エロ猪か!」
「最悪の気づき方すな!!」
クルスが即座に叫ぶ。
「そんな発見、人生で一回も要らないです!!」
だがサクは、むしろ手応えを感じた顔で頷いていた。
「なるほどね……そういうことなら、逆にやりやすいわ」
「やりやすい要素どこ!?」
「作戦Bよ」
サクは人差し指を立てる。その表情は、完全にろくでもないことを思いついた時のそれだった。
ゆうこは即座に顔をしかめる。
「その顔やめろ。絶対ろくでもない」
「安心しなさい。今回はちゃんと理にかなってるわ」
「お前がそう言う時が一番危険なんだよ」
サクは穴を確認し、ドレッドボアの立ち位置を見極めると、地面に指でざっと線を引いた。
「今の穴だけだと、あいつは警戒して避ける。でも――」
彼女の指が、ドレッドボアの周囲をぐるりと囲むように動く。
「逃げ道そのものを削ればいいのよ」
クルスがぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
ゆうこの目が細くなる。
「つまり」
「ゆうこ、あんたがあの猪の周りを円を描くように掘るの」
サクが不敵に笑う。
「じわじわ足場を削って、最後に真ん中だけ残す。そうすれば、あいつの周りは全部落とし穴になる」
「うわ」
クルスが思わず引く。
「発想が罠職人なんですよ……」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
ゆうこは穴と猪を見比べた。確かに、それなら一直線に誘導する必要もなく、成功率は格段に上がる。
「……悪くない」
「でしょ?」
「悔しいけどな」
サクは満足げに頷くと、次の指示を出した。
「その間、私がおとりになる」
一瞬、空気が止まる。
クルスがぽかんと口を開けた。
「えっ」
ゆうこも一拍遅れて眉をひそめる。
「……お前が?」
「ええ」
サクはさらりと言って、胸元を軽く整えた。その仕草が、やたら自然で腹が立つ。
「どうやら、あいつの“好み”はハッキリしてるみたいだし?」
「その言い方やめろ!!こっちの傷が深くなる!!」
サクは悪びれもせず、ふふんと笑った。
「適材適所ってやつよ」
「すげぇ前向きに言いやがった……」
クルスが遠い目をする。
サクはくるりと髪を払うと、ドレッドボアの正面へと歩み出た。銀髪がさらりと揺れる動きに合わせ、ドレッドボアの鼻がぴくりと動く。
「ほら、もう食いついてる」
「言い方ァ!!」
サクはわざとらしく片足を出し、腰を落として上体をしならせる。胸元を強調しつつ片手を頬へ添えるその姿は、無駄に絵になり、完成度が高く、そして最高に腹が立った。
「……っ」
ドレッドボアの目の色が、ぎらりと光を帯びて変わった。鼻息を荒くし、猛烈な勢いで前脚が地面を掻く。
クルスが青ざめた。
「うわっ、ほんとに効いてる!!」
「効いてるじゃないの」
サクが余裕の笑みを浮かべる。
「ほら、ゆうこ! 今のうち!」
「言われなくてもやるわよ!!」
ゆうこは万能シャベルを握り直し、怒りに任せて走り出した。ドレッドボアの斜め後方へ回り込み、勢いよくシャベルを振り下ろす。
ザクッ!!
土が大きくえぐれ飛んだ。
「うおっ!?」
クルスが目を見開く。
「やっぱ掘削力おかしい!!」
「今さらそこに驚いてる場合!?」
ザクッ!! ザクッ!! ザクッ!!
ゆうこは巨大なコンパスのように、ドレッドボアの周囲を円状に削っていく。万能シャベルが通るたび、地面に深い溝が刻まれていった。
「はっ、はっ……!」
腕が熱いが止まれない。今ここで掘り切らなければ、自分たちが餌になってしまう。
前方では、サクがひらりと身を翻して視線を引きつけていた。
「ほらほら、こっちよ?」
わざとらしく髪をかき上げるたび、ドレッドボアの鼻息がさらに荒くなる。
「ブギィィ……!!」
「うわぁ……めちゃくちゃ分かりやすい……」
クルスが半歩引きながら呟く。
「なんかもう、見てて複雑です……」
「安心しなさい」
サクは笑顔のまま返した。
「私も複雑よ」
「複雑で済ませるな!!」
ゆうこが叫びながら、さらに地面を削る。
ザクッ!! ザクッ!!
ドレッドボアの周囲に、円形の溝が繋がっていく。あと少し、あと少しで一周する。
ゆうこが歯を食いしばった、その時――。
ドレッドボアが、ついに我慢の限界を迎えた。
「ブギィィィィィィッ!!」
猛然と地面を蹴り、巨体が跳ねる。土が爆ぜ、ドレッドボアはサクめがけて一直線に突っ込んだ。
「サク!!」
ゆうこの叫びが響く。サクも目を見開いた。避けきれない、間に合わない。
そう確信した、その瞬間だった。
「――させないッ!!」
クルスが鋭く叫んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は――作戦B、発動でした。
・神の余計な一言
・まさかの作戦A崩壊
・ドレッドボアの“好み問題”発覚
……いろいろ間違ってる気もしますが、戦術としては成立しています。たぶん。
そしてラスト――
クルス、参戦。
いよいよ「ポコちん」が本格的に動き出します。
名前は最悪ですが、性能はガチです。
「作戦が毎回ひどい」
「サクが強すぎる」
「ゆうこが一番苦労してる」
「でもなんか勝てそう」
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なお、今回の敗因は“好み”です。




