第10話「ポコちん、発動」
スキル【ポコちん】発動。
・身体能力を爆発的に上昇させる。
「なんで今それが来るんだよおおおおおお!!」
悲鳴と同時に、クルスの身体が信じられない速度で横に跳んだ。ドレッドボアの突進が紙一重で空を切り、轟音とともに背後の木に激突する。
ドゴォンッ!!
幹が大きく揺れ、葉がばさばさと降ってくる光景にゆうこは目を見開いた。
「……今の動き」
サクの口元がにやりと吊り上がる。
「出たわね。クルスの“生き汚さ特化”」
クルス本人だけが、着地した姿勢のままガタガタと震えていた。
「い、今の俺、何をしたんですか……!?」
「たぶん本能で避けたのよ」
「説明が雑!!」
だが、ドレッドボアはまだ倒れていない。木にぶつかった怒りで、さらに凶暴そうな唸り声を上げる。
「今のうちよ!掘って!!」
サクの声に、ゆうこは即座に我に返って透明なスコップをひったくった。
「言われなくても!!」
ゆうこはドレッドボアの進路になりそうな場所へ駆け込み、地面に突き立てる。
ざくっ、と意外なほど柔らかく土が割れた。
「……ほんとに掘れる!」
「だから言ったでしょ!」
サクも加わり、二人は夢中で土をかき出した。
ざくっ、ざくっ、と土が飛ぶ。
「なんで私が……っ、医者なのに……っ、落とし穴を……!!」
「今は外科じゃなくて土木よ!」
「診療科目が増えてんのよ!!」
医療行為の延長みたいな顔で穴を掘りながら、ゆうこは理不尽に叫んだ。
その横で、クルスが距離を取りながら必死に息を整える。
「次、来ますか!?」
「来るに決まってるでしょ!その顔見れば分かるわよ!!」
ゆうこが叫んだ先では、真っ赤な目のドレッドボアが、完全にキレた様子で地面を掻いていた。
「クルス!今度はこの穴の正面に立って!」
サクの叫びに、クルスが慌てて位置を取る。
「はい!」
ゆうこは最後のひと掘りを叩き込み、浅いながらも足を取るには十分な大穴を完成させた。
「……いける、たぶん!」
「その“たぶん”やめて!!」
クルスが涙目で叫んだ瞬間、ドレッドボアが再び地を蹴った。
土煙を巻き上げながら一直線に突っ込んでくる――が、途中で獣の鼻先がぴくりと動く。
ズドドドドドッ!!
「はあああああああ!?!?」
ドレッドボアは、そのまま落とし穴を完璧に避けて駆け抜けた。
ゆうこの絶叫が響く中、クルスも半歩遅れて飛び退く。またしても紙一重で回避したドレッドボアは、今度は岩にぶつかってよろめいた。
「なんで避けたのよ!!」
「いや俺に言われても!!」
「なんで穴の横だけピンポイントで通るの!?」
サクも目を丸くして呟いた。
「……あれ、思ったより賢いかも」
「最悪の情報更新やめて!!」
ドレッドボアは鼻先をひくひくさせ、地面の違和感を探るように唸る。
「もしかして……掘り返した土の匂いで気づいてる?」
ゆうこは顔を引きつらせた。嗅覚が鋭いなら、当然地面の変化にも敏感なはずだ。
「うわ、最悪……!ただの脳筋じゃなかった!」
サクが頭を抱え、クルスはふらふらと立ち上がった。
「……じゃあ、どうします?」
三人の間へ、一瞬だけ重い沈黙が落ちた。
せっかくの穴はただの“努力の跡”となり、ドレッドボアは距離を取りながらじりじりと回り込み始めた。
サクが、じり、と後ずさる。
「……作戦B、必要かも」
「最初から用意しとけ!!」
その時、またしてもクルスの腹が
ぐうぅぅぅぅぅ……と切実な音を立てた。
ゆうことサクが同時に彼を見ると、クルスは青ざめた顔でぽつりと呟いた。
「……俺、あいつが穴を避けたの、なんとなく分かるかもしれません」
その目は、先ほどまでの怯えだけではない妙な確信を帯びていた。
その時、三人の頭の中に場違いに陽気な声が響く。
――『おーい、聞こえておるか〜?我が愛しの人の子どもたちよ〜♡』
「うわっ!?」「きゃっ!?」「ひぃっ!?」
三人が同時に変な声を上げ、ドレッドボアですら一瞬動きを止めた。
――『我が名はアルケラ!酒と欲望と、ついでに勢いでだいたい何とかすることを司る神じゃ』
「出た!!」
即座に叫ぶゆうこ。
「絶対、空気を読まないタイミングで出てくる神!!」
――『なんじゃ失礼な。今まさに“うわ〜これ詰んだかも〜”って空気じゃろ?』
「読めてるなら、もっとマシな登場しろ!!」
サクだけがぱっと顔を輝かせた。
「アルケラ様!?久しぶりじゃない!」
――『おお、サクちゃん!相変わらず元気そうじゃのぅ!また楽しそうな修羅場におるではないか!よいよい♡』
「ありがとうございます!」
「そこ褒められてると思うな!!」
クルスは辺りをきょろきょろと見回した。
「え、えっと……これ、僕たちだけに聞こえてるんですか?」
――『そうじゃよ〜。安心せい。今のお主、外から見たら“森の中で急に虚空に怯え出した限界社畜”なだけじゃ』
「安心できる要素が一個もない!!」
苛立ったドレッドボアが低い唸り声を上げる中、ゆうこは眉をひそめた。
「で、何の用よ。まさか観戦しに来ただけじゃないでしょうね」
――『まっさかぁ♡せっかくの“ぽしゃけ医”候補が、猪に轢かれてぺしゃんこエンドでは絵面が弱いからのぅ』
「命を配信映えで語るな」
その瞬間、空の上からひゅるるるるるる――と何かが落ちてきた。
ズドン!!
ゆうこの目の前に突き刺さったのは、一本の巨大なシャベルだった。
柄は異様に長く、先端はやたらと美しく磨かれていて、どこか神々しくも方向性がズレている。
――『それ、万能シャベルじゃ♡』
「シャベル!?普通こういう時はさ!剣とかマシンガン出すでしょ!?」
――『ない、もういい?』
サクが肩を震わせながら吹き出した。
「『このTシャツのLサイズありますか?』
――"ない、もういい?”みたいな、どこぞの服屋の店員ノリやめて!!」
――『話は戻すが、この万能シャベル掘ることにかけては、なかなかやりおる神具じゃ。土でも砂利でも粘土でも、ノリノリで掘るぞい』
「ノリノリで掘るな!!」
――『あと、たまに“今じゃ!!”みたいな空気を出す』
「道具に意思を持たせるな!!」
「いいじゃない!穴を掘るならちょうどいいわ!」
サクが期待に目を輝かせるが、ゆうこは即座に首を振る。
「ちょうどいいの概念が壊れてるのよ!」
だが、猶予はない。
ドレッドボアが再び前脚で地面を蹴り、荒い鼻息を吐き出す。
「来ます!たぶん今度はさっきより本気です!!」
クルスが半泣きで叫ぶ。
「さっきも十分本気だったでしょ!?」
ゆうこが勢いよくシャベルの柄を握りしめた。
――その瞬間。
「……え?」
驚くほどに、軽い。
しかも、握っただけで"ここをこう掘ればいい"と教えられるかのように手に馴染む。それは、かつて医療器具を持った時の感覚に近かった。
「ちょっと何これ……」
困惑しながらも、ゆうこが一気に振り下ろす。
ザクッ!!
次の瞬間、信じられない量の土が一気に抉れ飛んだ。
「えっ」
もう一度。
ザクッ!!
またしても大量の土が消し飛ぶ。
「ちょ、待って、何これ!?」
――『ほれ見い。めちゃくちゃ気持ちよく掘れるじゃろ?ちょっとクセになるタイプのやつじゃ♡』
「変な中毒性を付与するな!!」
「すごっ!掘削力がバカ!」
サクが歓声を上げる横で、ゆうこは自分の変化に絶望する。
「医療スキルより先に土木適性が開花してるんだけど!?」
「先生、ショベルカーみたいになってます!!」
「嬉しくないわよ!!」
クルスが目を見開いて驚愕するが、とにかく掘れる。めちゃくちゃ掘れるのだ。
ゆうこは半ばヤケクソでシャベルを振るった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ!!
数秒後。
そこにはもう、人ひとりどころかドレッドボアすら飲み込めそうな、深く巨大な穴が口を開けていた。
「……できた」
「できちゃったわね」
「できましたね……」
三人が一瞬、ぽかんと穴を見下ろす。
――『どうじゃ?我、なかなか有能じゃろ? もっと崇めてもよいぞ?』
「今のところギリ便利な酔っ払い神でしかないわよ!」
だが、真の問題はここからだった。
ドレッドボアは怒り狂っている反面、妙に警戒心が強い。
大穴の位置を察したのか正面からは近づこうとせず、左右に回り込みながら鼻を鳴らして威嚇を続けている。
「だめね。あれ、思ったより賢いわ」
サクが忌々しげに舌打ちし、クルスが顔を引きつらせる。
「“思ったより”の時点で嫌な予感しかしないんですが」
ゆうこも穴とドレッドボアを交互に見比べ、覚悟を決めた。
「……誘導が必要ってことね」
――『そういうことじゃ♡』
アルケラの声が、妙に弾んだ。
――『じゃから、ここはゆうこ、お主の出番じゃな』
「は?」
嫌な予感しかしない。神が楽しそうな時は、決まってろくなことがない。
――『雄のドレッドボアはな、非常〜〜〜に分かりやすい生き物なのじゃ』
「その説明の入り方、もう嫌」
――『強い刺激に弱い。派手な動きに弱い。そして――』
ほんの一拍、意地悪な間があった。
――『おっぱいっぽいものに、めちゃくちゃ弱い♡』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに――初戦闘、開幕です。
全部が一点に集まったとき、あのスキルがどう動くのか。
そしてゆうこは本当に間に合うのか。
サクの作戦は成立するのか。
そもそも初心者向けとは何なのか。
「腹の音で死ぬな」
「スキル名だけがノイズすぎる」
「でもちょっと熱い展開かもしれない」
と思っていただけたら、
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あなたの一押しが、クルスの生存率をほんの少しだけ上げます。
感想も大歓迎です。
なお、今回の敗因はほぼ空腹です。




