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3-17.プロポーズ、結婚、そしてその後

スティーブルートはこれでおしまいです。

ご都合主義満載です。

三条は私と違う大学に行くなら、世界ランキング一位の大学を目指すと言って、本当にアメリカにある世界ランキング一位の大学へ進学した。


私が進学した大学から飛行機を使って6時間かかる大学だ。


三条はスティーブに連絡を取って、よく私達が住んでる家に遊びにきた。


私は大学の進学とともにスティーブの家に引っ越して、同棲を始めた。


スティーブもキスの一件が嘘のように、今まで通りで、三条とも仲のいい友人として接してくれたし、私に対しても、キスの一件など無かったように接してくれた。



私は無事に第一志望のスティーブの家からも違い最難関大学に進学した。


私はそこで主に起業、映画、芸術について学んでいた。


大学受験も終わり、休んでいた芸能活動を学業優先だけど再開した。



19歳の私の誕生日、スティーブが私の誕生日パーティーを家ですることを企画してくれた。


日本の友達、家族、フランスの祖父母、アメリカの友人、みんな呼んでくれて、みんなが来てくれた。


スティーブは誕生日パーティーの様子を撮影したいと、カメラマンにも撮影を依頼していた。


久しぶりに会う大切な人たちに囲まれて、私は凄く幸せだったけど、更に幸せな事が起きた。



スティーブが「今日は来てくれてありがとう。」と来てくれたみんなに挨拶したと思ったら、私に向かってみんなの前で片膝をついて私に指輪を差し出した。


「僕と結婚してくれる?」


もちろん、私の答えは「はい」。


私は嬉しすぎて大号泣して彼に抱きついた。


そのままキスをして、みんなに祝福された。


スティーブと付き合って2年3ヶ月、出会って5年3ヶ月、最高に幸せな瞬間だった。



私達はSNSで婚約を発表して、世界中から祝福の声をもらった。



1年後の20歳の誕生日には、結婚式を挙げて、私達は夫婦になった。


19歳の私と、20歳のスティーブの婚約は、若すぎると

とても驚かれたけど、20歳と21歳で結婚した事は、更に世間を驚かせた。


1年前と同じように、みんなが結婚式に集まってくれて、最高の結婚式になった。



私は在学中に共同で会社を立ち上げて、会社経営にも力を入れるようになった。


その会社は大学卒業後も、どんどん大きくなり、事業の幅も広げて、世界的起業に成長していった。


それに伴い、慈善事業にも力を注いで、三条も私たちの慈善事業に賛同して多額の寄付をしてくれた。


大学在籍中も、学業、会社経営に励みながら、ヒット曲、ヒット映画を作り、ワールドツアーも行った。


大学を卒業したら、更に歌手、女優としての活動を積極的に行なって、スティーブとともに歴史に名を残す程の大スターとなった。



結婚当初は、学業、会社経営、歌手、女優として忙しすぎて、子供についてはまだ考えられなかったけど、子供は欲しいという気持ちはあった。


22歳で大学を卒業して、私はスティーブに子供が欲しいと伝えると、「僕もずっとソフィアとの子供が欲しいと思っていた。」と嬉しそうにしてくれた。



23歳の時に娘を出産した後に、合計5人の子供にも恵まれた。


私達は、忙しくても家族の時間をとても大切にした。


子供達には愛情をもって接したけど、甘やかすことはしなかった。


小さい頃から多くのお金を渡す事はしないようにして、マネーリテラシーを教えた。


メアリー夫妻、ロバート夫妻の子供達が、私たちの子供達と同じくらいの年頃だったので、幼少期からの仲のいい友人になった。


中には大人になってから結婚する子供同士もいて、お互いに心の支えとなった。


子供達は歌手、女優として活躍する子、歌手として活躍する子、慈善事業に専念する子、会社経営に専念する子と、みんな立派に成長してくれた。



スティーブは愛妻家な上に子煩悩で、理想の夫、私達はとても幸せな人生を歩む事ができた。


スティーブは歳をとっても「愛してる、ソフィアと一緒にいられて幸せ」とずっと言い続けてくれて、とても幸せだった。


私達は最後までお互いを愛し続けた。



三条とは、仲のいい友人として、ビジネスでもいい取引先として、ずっと交流を続けた。


三条財閥は三条が後を継ぐと、更に成長して世界2位の企業にまで登り詰めた。


ソフィアは僕の全て、ソフィア以外を好きになれない、ソフィアと会える事が僕の幸せだと言う言葉を、生涯貫き通した。


三条は自分の姪、甥を我が子のように大切にして、姪、甥からも父親のように慕われ、甥が三条財閥を継承した。


三条は私の子供達のことも、すごく可愛がって大切にしてくれて、私の子供達からもとても慕われていた。


若々しく、かっこよくて、優しい三条は長女の初恋の相手だったが、その恋は実らなかった。


私もたまに三条に見惚れて、三条は嬉しそうにして、スティーブからは怒られていた。


三条が88歳で、彼の命が長くないと分かった時に、スティーブと子供達と一緒にお見舞いをした。


三条は「最後の時もソフィアに見送ってもらえるだなんて、幸せだ。ソフィアに出会えて、友人として一緒にいられた事が、僕の人生で一番の幸せな事だった。ありがとう。泣かないで笑って、ソフィアの幸せは僕の幸せなんだ。僕は先に行くよ。愛してる。」と言って、旅立っていった。


三条の旅立ちはとても悲しくて、幸せそうな表情で安らかに眠る彼を私は抱きしめた。


出会ってから76年間、私を支えて、私を想い続けてくれていた彼の死は、心に大きな穴が空いたようだったし、スティーブの事を心から愛していても、彼のことを好きだったのだと改めて思った。


スティーブの旅立ちは出会って80年が過ぎ、スティーブが96歳の時だった。


「愛するソフィアと人生を歩めて、愛する子供達にも恵まれて、僕は本当に幸せだった。いつまでもずっと愛してる。ありがとう。」


「私もスティーブと人生を歩めて、愛する子供達にも恵まれて、本当に幸せよ。こちらこそ、ありがとう。いつまでもずっと愛してる。」


最後は幸せそうに笑って、翌日に私達家族が見守る中、天国へ旅立っていった。


愛するスティーブの死に、私はこれ以上無い悲しみと寂しさを感じて、もうこれ以上この世に未練も無いと感じた。



私の最後はその半年後、95歳で愛する孫と子供達に見送られ旅立った私の人生は、本当に幸せだった。

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