2-4.アランとの破局
私が日本に帰国して、冬休みも終わり、今までと同じ日常に戻った。
アランとも毎日のビデオ通話を再開して、私は幸せだった。
私が主演のミュージカル映画の完成披露試写会をしたり、その映画も、映画の主題歌で私が歌った客も大ヒットしたり、レコーディング、ライブ、テレビ出演と忙しく過ごしていた。
2月はアランのエスコートでグラミー賞に出演して、今年も賞をもらった。
スティーブは私に話しかけたそうにしていたけど、アランがいるから話しかけられない様子で、私からもスティーブには話しかけないで終わった。
去年も一昨年もグラミー賞に出演する時は、スティーブのエスコートだったのに、アランにエスコートされるのは少しいつもと違う感覚だった。
私たちにあえて、「スティーブ」と言ったり、アランの元カノの名前を言ってくる観客たちもいたけど、聞こえないふりをした。
3月はアラン主演でヒロイン役でした映画と、私が主演のミュージカル映画がアカデミー賞にノミネートされたから、アランのエスコートでレッドカーペットを歩いた。
アラン主演の映画は作品賞を、私は主演女優賞、アランは主演男優賞を受賞して大きな話題になった。
アカデミー賞でも賞をもらえた事が嬉しかった。
私とアランの交際は、また順調に進んで幸せだった。
それなのに、3月に入り、毎日の日課のビデオ通話をすると、浮かない顔のアランが出た。
突然
「ごめん、別れて欲しい」
と言われて理解ができなかった。
「え」
と固まっている間に
「女優のカーラが妊娠して妊娠4ヶ月だから、結婚するんだ。」
「え」
「本当にごめん。」
その後の事は覚えていない。
「ソフィアの事は愛してるけど、責任を取らなければいけない。」
と言われた事だけ覚えてる。
流石に子供がいる相手に結婚しないでなんて私が言えるはずもないし、アランがカーラと結婚しなかったとしても、子供のいるアランと私が交際を続けることなどできない。
私の初恋、初めての恋愛は、交際1年を目前にして、あっけなく終わった。
まさか、こんな事になるだなんて思ってもいなかった。
私は全てを話している綾に泣きついて、たくさん慰めてもらった。
由奈にも今までの事を全部話して、綾と由奈には春休みに京都で私の傷心旅行に付き合ってもらった。
傷心旅行で由奈に彼氏ができたと言う話を聞いて、彼氏いないの私だけってなった。
スティーブ、三条、清田、石井も私の事を心配してくれていたけど、「アランと別れたから、女の子に癒してもらう。心配してくれてありがとう。」とだけ言って旅行に出かけた。
私とアランはお互いのSNSに、「私(僕)達は、恋人から友人に戻る事にしたよ。今まで、私(僕)達の恋を応援してくれてありがとう。」と投稿した。
アランにはカーラと新しい命を大切にして、幸せになってと伝えた。
4月後半になるとアランとカーラの婚約、妊娠の記事が世界中に流れた。
妊娠5ヶ月で、出産予定日は8月だ。
スティーブと三条は、私と話をしたがったけどその度に「ごめん、今は男性とあまり話をしたいと思えない。」と言うと、それ以上追求はされなかった。
私の事を好きでいてくれるのに、私の気持ちを最優先してくれるのがありがたかった。
5月はアランとカーラが、結婚した。
音楽で自分を表現する私は、失恋ソングを発売してそれもヒットした。
スティーブが私への失恋ソングを出した8ヶ月後に、私がアランへの失恋ソングを出したから、長年スティーブと私の恋を応援していたファン達からはまた、「スティーブとソフィアはお似合い、スティーブと付き合って今度こそソフィアに幸せになって欲しい」とコメントが多くあった。
メアリーに私が作った曲を一緒に歌ってくれないか打診して、メアリーも快く受け入れてくれたテンポのいいコラボ曲は世界中で大ヒットを記録した。
インターネットでは私とアランの事を面白おかしく書いていたり、私に同情的だったり、たくさんのコメント、記事で溢れていた。
私は今まで以上に曲作りに没頭した。
7月になり、私は少しずつスティーブ、三条、清田、石井と以前のように話すようになった。
時間が心の傷を癒してくれるのは本当のことだなと思った。
高校2年の夏休みはワールドツアーライブをして、世界中を飛び回った。
ワールドツアーライブの合間に、私が主演のミュージカル映画の試写会をしたりと大忙しだった。
スティーブとのコラボ曲では、お互いのライブにゲスト出演した。
その間にカーラとアランの子供が生まれたニュースがあったけど、SNSに「おめでとう!お幸せに!」とコメントできるくらいには、気持ちが前向きに戻っていた。




