28話 正解
「あなたは、朽木琴音でも静香さんでもない」
知らず、語尾が強くなる。
もし違っていれば、僕は永遠にこのままだ。
「じゃあ私はだれなの?」
「だから、あなたは……」
目の前に立つ女性は、僕の目を見ていた。
リアクションはない。
正解なのか、失敗したのか。
足音がドアの前で止まる。
「うん。やっぱり気づく人だった。凄いね、相沢太郎くん」
ガチャ。
背後でドアが開いた。
そして、斎藤先生が同じ調子で僕たちに注意する。
「間に合ったかい?」
僕は考えるより先に、体が勝手に後ろを向いていた。
目が合うと、やさしく微笑み返した。
「どうして、笠井ばあちゃんが……」
「太郎ちゃんの驚いた顔、まだ説明が終わってないみたいだね」
「うん。ちょっと長引いてさあ。でも、彼。正解を出したよ」
「へーそうかい」
僕を無視して会話を続ける二人に、僕の視線は定まらなかった。
「な、なにが起きてるんですか?」
そういうのが精一杯だった。
「じゃあ、説明するね」
先輩、いや、彼女はふらっと絵の前に立ち、指を指した。
「はじまりは、この絵だったの」
黒板の上、ドアの近くに飾られた絵。
題名は、根を張った巨大な地球儀だった。
台座から植物の根が伸び、床を突き破って大地と一体化した古い地図の球体。
地球儀の凹凸がリアルで、陸地や山脈が浮き出て見える。
「1989年。この絵を作ったのが、笠井ばあちゃんのお孫さんだったの」
彼女は、少し憂いを帯びた表情を浮かべる。
「ちょっと変わった子だったみたいで、自分の爪を使って作ったらしいんだけど、それがすごく評価されて、役場で飾られることになったらしいんだけど」
「そんなに遠慮しなくてもいいわよ。正直に言ってあげなさい。その方が太郎ちゃんも納得するだろうから」
彼女は、笠井ばあちゃんを見て、小さく頷いた。
少し呼吸を整えるのように息を吸う。
「手短に言えば、気持ち悪がられたの。理由は言わなくてもわかるでしょ? だって、ね?」
僕は、肯定も否定もしなかった。
それが通じたのか、彼女は話を続けた。
「役場にクレームが入って、すぐに引き上げられて、噂になったの。そしたら学校で虐められるようになって。それでも彼女は自分の作品に自信があったみたいで、どこかのコンテストに出展しようとしたみたいなんだけど。それが彼女の最後の希望だった」
「だった?」
「ええそう。町からこんな気持ち悪いものを出させるわけにはいかないって、燃やされたの」
僕は唾をゴクリと飲み込んだ。
説得ではなく、燃やされた?
確かに気持ち悪いかもしれないけど、燃やすことはないだろう。
握った拳に力が入る。
「それが原因で、自殺。どこかで聞いたような話だけど、これが真実なの」
そう言って、彼女は笠井ばあちゃんに寄り添った。
「絵は? 燃えたんじゃないの?」
僕の質問に、彼女は首を横に降った。
「燃えたわよ。でも、次の日には教室に戻っていたの」
「はぁ? うそでしょ?」
考えもなしに声が出た。
怪談?
怪奇現象?
どっちでもいい。
燃えた絵が、次の日には戻ってる?
騙すにしても、もっとましな話はなかったのか。
「なら、今の世界はどう? これも嘘だと思う?」
言葉が継げなかった。
一瞬でも、僕はこの世界の矛盾を忘れていた。
繰り返される会話。
役場のサポート。
誰も気にしない爪の絵。
心臓の鼓動が波打つみたいに、激しくなった。




