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悪逆大名 梟は炎の中で嗤う  作者: 浦賀やまみち


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第05話 愛、それは茶器!




「ばっかもーんっ!」

「あん?」



 三好の兵糧庫を一暴れしたあとは、堺までひとっ走り。

 戦利品を売り払い、東大寺焼け跡の陣に戻ってきた俺を待っていたのは、親父の怒号だった。



「勝手に夜襲したことは許す!

 だが、焼かなかったのはなぜだ!」



 徹夜で走ったあとだけに、かなりきつい。

 早く自分の陣幕に帰って寝たい。



「ちっ……。うっせーなー」



 俺はたまらず舌打ちした。

 せっかくの良い気分も、親父の怒声で一気にしぼむ。



「忠高! お前が付いていながら何をしていた!」

「そ、それは……。」

「ほらよ」



 せっかく得た忠臣が責められるのは忍びない。

 俺は懐に忍ばせてあったものを、親父に向かって放る。



「むっ!?」



 親父は思わず目を見開き、右手で受け取ったそれを両手で包み込むように持った。



「こ、これは……。ふ、富士茄子ではないかっ!」

「ふーーーん……。」

「ふーーーん、ではない! 天下三茄子の1つだぞ!」

「へーーー……。」



 親父の目は輝き、茶器への愛情が抑えきれない様子だ。


 一方の俺は冷めた目で見つめるだけ。


 茶器に興味はない。

 昨夜の略奪を黙らせる材料として、三好の兵糧庫で価値のありそうな茶器を見つけ、拝借してきただけだ。



「へーーー、ではない!

 見よ、このもりっとした艶と、ぽへぽへな手触り……

 指先で滑らせるだけで、心が震える!

 はぁ……。はぁ……。素ん晴らすぃーーーい!」



 相変わらず、親父の茶器愛は気色が悪い。

 茶器を頬に当て、鼻息を荒くさせ、目を細め、まるで至福の時に浸る獣のように吠える。


 こうなると、なかなか止まらない。



「また始まったよ。とりあえず、疲れたし寝ようぜ」

「……ですな」



 疲れがどっと出てきたので、俺たちは一眠りすることにした。




 ******




「ばっかもーんっ!」

「今度は何だよ? ふじなすび、やっただろ?」



 寝たら、体が重くなり、腹も減った。

 忠高と火のそばで簡単な昼食をつついていたところに、親父の怒声が飛んできた。



「なすびではない! 富士茄子だ!」

「どうでもいいって」



 いい迷惑だ。飯がまずくなる。

 忠高は箸の手を止めたが、俺は無視を決め込み、飯を掻き込む。



「よくない! 富士茄子だぞ! 富士茄子!

 ……って、その碗は何だっ!?」



 親父が目を光らせ、俺の飯茶碗を奪い上げる。

 盛られていた飯を手で掴み、投げ捨てた。

 


「ああ、なんか飯茶碗に丁度いいと思ってな」



 その茶碗も三好の兵糧庫から拝借してきたものだ。



「ばっかもーんっ!」



 再び怒鳴り声を轟かせ、親父は袖で熱々の味噌汁鍋に浸した茶碗を丁寧に拭う。



「おい……。火傷するぞ?」



 その奇行に、俺も忠高も目を丸くする。


 だが、これだけは分かる。

 俺が飯茶碗と思っていた品は、茶器だったらしい。



「こ、これは……。い、稲葉天目ではないかっ!」

「ふーーーん……。」

「ふーーーん、ではない! 曜変天目の1つだぞ!」

「へーーー……。」



 親父の目は輝き、茶器への愛情が爆発している。


 一方の俺は冷めた目で見つめるだけ。


 所詮、茶碗は茶碗に過ぎない。

 先日割れた自分の飯茶碗の代わりに、手に収まる大きさのそれを選んだだけだ。



「へーーー、ではない!

 見よ、この闇より深い黒と、夜空を切り取ったような輝きの数々……。

 覗き込んでいるだけで、吸い込まれそうだ!

 はぁ……。はぁ……。究ぅ極っ、至高おおおおおっ!」



 一日に二度も、親父の茶器愛を見るのはきつい。

 茶碗に舌を長く伸ばし、鼻息を荒くさせながら、れろんれろんと舐め回している。



「飯を粗末にするなよな。あっちで食べようぜ」

「……ですな」



 まだ腹は膨れていない。


 だが、親父を見ながら食べる気にはならない。

 俺たちはそっと場所を変えることにした。




 ******




「ばっかもーんっ!」



 夕飯前の何をするにも微妙な時間帯。

 忠高と世間話を交わしていたら、親父の怒号が飛んできた。



「……しつこいんだよ」



 俺は思わず眉をひそめる。

 忠高も呆れたように肩をすくめた。



「まあ、一日時間を稼げたし、観念しましょう」

「そうするか」



 さすがに三度目になると諦めるしかない。

 ここで一度すっきりさせておかなければ、今夜の安眠が妨害されかねないというのもあった。



「ほれ!」



 ところが、親父は態度を豹変させた。

 眉間の皺も消え、目を輝かせ、喜色満面の笑みで両手を差し出してきた。



「うん?」



 わけが分からない。


 俺は困惑を表情に乗せた。



「ほれ、出せ! 次の名物を出せ! あるのだろ?

 富士茄子、稲葉天目ときたら……。次は、あの平蜘蛛釜が! もったいぶるな!」



 すると親父は、もはや我慢できないといった様子で、こちらに歩み寄る。

 肘で俺の胸をうりうりとつつくその力加減は、まるで子どもがおねだりをするかのようだった。



「もう、ねーよ」



 俺は呆れ果て、溜息しか出てこなかった。



「ばっかもーんっ!

 三好が持っているのは分かっているんだぞ!」

「へーーー……。」

「へーーー、ではない!

 あの、へなっと這いつくばったような形に、ひょこっとした丸いつまみ……。

 ひと目見た時から、儂は夢中だ! この戦とて、それが目的だったんだぞ!」



 挙げ句の果て、親父の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。


 将軍弑逆から始まった今回の戦い。

 松永と三好が擁立する次の将軍を巡っての争いだったはずだ。


 いや、それも確かな理由に違いない。

 だが、それ以上に、茶器の方が大事だというのか。



「……おい、みんなには内緒だぞ?」

「言えませんよ。言えるわけがない」



 隣に顔を向けると、忠高は顔を引きつらせていた。



「こうなったら、出陣だ! 派手に燃やすぞ!」

「勝手にやれよ……。」

「そろそろ頃合いです。食べに行きましょう」


 鼻息を荒くさせ、一人盛り上がる親父を放って、俺たちは歩き出した。



「……だな」



 陣地を柔らかく染める夕陽に眼差しを向け、俺は目を細める。

 堺で、新鮮な春アジを手に入れてきた。少し楽しみだ。






――第一部、完。




 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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