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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第059話:メイン・ベンダーの無自覚な規格外(バグ)と、留守を預かる役員陣

 


 1.CEO不在のヘッドクォーター


 二〇二四年、六月。

 最強の帰還者・佐藤通トールと、阿部大輝ら『沈黙の騎士団』、そして極彩色の死神・神代煌が、西の覇者『芦屋シンジケート』を完全にデリートすべく空間転移で出撃した直後のこと。

 完成を間近に控えた渋谷宮下公園前『レギュレーター・タワー』の最上階。

 本来ならCEOが座るべき革張りのチェアは空席のまま、仮設指令室には三人の少女が残されていた。


「……さっそく、ギルド本部から探りの通信アクセスが来ているわね。トールが東京ドームの演習場から姿を消したことで、彼らも事態の異常性に気づき始めたようよ」

 冷徹な声と共にホログラムモニターを操作するのは、新たにクランの『外部顧問コンサルタント』として契約を交わした氷室冴香ひむろ・さえかだった。彼女の瞳には、関東一帯のギルドと各校の動向がリアルタイムで投影されている。

「安心して。ギルドの政治的圧力や法的な監査権限は、私の家のコネクションと裏帳簿ブラック・データを使って完全にシャットアウト(リジェクト)するわ。……彼らがこのタワーの敷居を跨ぐことなんて、絶対にあり得ない」

 冴香が自信に満ちた笑みを浮かべる。


「頼もしいことね、氷室顧問。……でも、ここは私たちの『本社ヘッドクォーター』よ。外部の政治力に頼らなくても、物理的な防衛網は私が完璧に構築しているわ」

 その言葉を冷ややかに受け止めたのは、広報兵站部長・三木怜みき・れいだった。彼女の左腕には『Manager』の腕章が輝いている。

「タワーの周辺には、すでに『S.G.サポーターズ・プレミアム』の精鋭を配置済み。さらに、タワーの魔導サーバーを管理する『ホムル』が、不認可個体の侵入を100%阻止するわ。……あなたはおとなしく、デスクワーク(政治交渉)に専念してちょうだい」

 怜の言葉には、明確な「牽制」が混じっていた。

 彼女にとって、冴香は昨日まで他校の生徒会長であり、トールのクランを狙うライバルだった。それが突然、トールの「契約」によって組織の中枢へ入り込んできたのだ。派閥の主導権を渡すわけにはいかない。


「ふふっ、広報部長さん。頼もしいけれど、物理的な防衛なら私の方が専門よ」

 部屋の影から、音もなく姿を現したのは、情報セキュリティ部兼特務調査員の影森蛍かげもり・ほたるだ。

「ギルドの隠密部隊や、関西の残党が空間転移で侵入してきた場合、サポーターズの少女たちでは対処不能です。……タワーの死角は、すべて私の光学迷彩と特A級の殺意でカバーします。……ボスの留守を汚すバグは、一匹残らずデリートします」

 蛍の暗緑色の瞳が、危険な光を放つ。

 怜、冴香、そして蛍。

 トールの圧倒的な力とカリスマに惹かれ、彼の一部として機能することを至上の悦びとする有能なバックオフィス陣。彼女たちの間には、共通の「敵」に対する連帯感と、同時にトールの「隣の席」を巡る、静かで苛烈な社内派閥争い(修羅場)の火花が散っていた。


「……まあいいわ。私たちでこのタワーを守り抜く。それが、ボスからの絶対必達の業務命令タスクなんだから」

 怜が溜息をついてタブレットを切り替えた。

「それよりも、今の最優先保護対象は、階下にいる『メイン・ベンダー』よ。……お父様をあんな目に遭わされて、彼女のメンタルがショートしていないか心配だわ」


 2.聖域キッチンの異常な光景


 タワーの居住区画に併設された、最新鋭のプロ仕様キッチン設備。

 モニター越し、あるいは直接視察に降りた怜、冴香、蛍の三人が目にしたのは、涙に暮れて崩れ落ちる少女の姿――ではなかった。


「……うん。このお出汁の温度、完璧。……パパは少し濃い味が好きだから、醤油をもう一滴……。トールくんは、疲れて帰ってくるはずだから、お肉は一番柔らかい部位を……」

 神崎有栖かんざき・ありすは、淡いピンク色のエプロンをきつく締め直し、ものすごい集中力で巨大な厨房を立ち回っていた。

 彼女の目は赤く腫れ上がっている。父親が血の海に倒れる映像を見た恐怖と悲しみは、完全に消えたわけではない。

 だが、それ以上に彼女の心を占めていたのは、トールが残した「お父さんは俺が必ず連れ帰る」という約束と、出撃前に彼と交わした、重力なき聖域での深く熱烈な口づけの記憶だった。


(……トールくんは、絶対にパパを助けてくれる。……だから私は、二人が帰ってきた時、世界で一番美味しい『快気祝い』のご飯を作って待っていなきゃ……!)

 有栖の全身から、悲しみを塗り潰すほどの強烈な「愛情」という名の感情エネルギーが溢れ出し、厨房の魔力濃度を異常なレベルまで押し上げている。


「……有栖さん、すごい気迫ね。でも、少し無理をしているんじゃないかしら」

 冴香がガラス越しに呟いた時だった。

 厨房の勝手口から、タワーの兵站をサポートする業者が、息を切らしながら台車を押して入ってきた。

「お、お待ちどうさまです! 発注いただいていた、丹波産・特A級の『魔力圧縮米』です! 一袋で80キロあるんで、台車のまま置いておきますね……!」

 魔力の影響を受けて異常進化したその米は、一粒一粒が鉄のように重く、高密度のエネルギーを内包している。プロの肉体労働者でも、数人がかりで運ぶのがやっとの超重量級の食材だ。


「あ、ありがとうございます! ……ええと、お米はそこの保管庫に入れたいんですけど……」

 有栖が小首を傾げる。

「いや、有栖さん、それは流石に重すぎて……私たちサポーターズを呼びますから……」

 傍らで栄養管理をしていた工藤遥が止めようとした、その瞬間だった。


「大丈夫! 私、やりますね。よいしょっと」

 有栖は、何の気負いもなく、右手一本で80キロの米俵の紐をヒョイと掴んだ。

 そして、まるでスーパーで買ってきた食パンでも持ち上げるような軽やかさで、その巨大な米俵を片手で持ち上げ、軽快なステップで保管庫へと運んでいった。

 ドスン、という重い音が保管庫から響く。


「……え?」

 工藤遥の目が、点になった。

 ガラス越しに見ていた怜、冴香、蛍の三人も、完全にフリーズした。


「……ちょっと、今、有栖さん……80キロの特級魔力米を、片手で……?」

 怜が震える指で、自らの目をこする。

「……待って。それだけじゃないわ」

 冴香が、信じられないものを見るように厨房の中央を指差した。


 有栖は米を運んだ後、コンロの上でグラグラと沸騰している巨大な寸胴鍋――特A級の魔物の骨から数時間かけて出汁を取っている、超高温のスープ――に向かった。

「あ、このお鍋、もう火から下ろさなきゃ」

 有栖は、鍋掴みもタオルも使わず、素手で、その煮えたぎる寸胴鍋の金属の取っ手をガシッと掴んだ。

「っ!? 有栖さん、ダメっ! 火傷するわ!!」

 怜が思わず悲鳴を上げて厨房に飛び込んだ。

 だが、有栖は「へいっ」という掛け声と共に、総重量数十キロ、表面温度百数十度に達しているであろう巨大な鍋を、素手で平然と持ち上げ、隣の冷却台へと移してしまった。

 ジュゥゥゥゥ! という音と共に、湯気が上がる。


 有栖の手のひらは、赤くすらなっていない。

「あ、三木さん。どうかしましたか?」

 有栖が、不思議そうにパチクリと瞬きをした。

「あ、有栖さん……。あなた、そのお鍋、熱くなかったの……!? 素手で触るなんて……!」

「え? 熱い? ……うーん、全然? 最近、なんだかすごく体が軽くて、冷え性も治ったみたいなんです。お鍋を持っても、ぽかぽかして気持ちいいくらいで……」

 有栖は、自身の指先を不思議そうに見つめる。

「トールくんにもらった、このヘアクリップのおかげかなぁ?」

 彼女の首筋では、昨日トールが残した『聖域の刻印プロテクション・マーク』が、脈動するように微かな桜色の光を放っていた。


 3.無自覚なアセット覚醒


 厨房に駆け込んできた蛍が、自らの眼帯型デバイスで有栖のバイタルデータをスキャンした。

「……解析結果が出ました。三木部長、氷室顧問」

 蛍の暗緑色の瞳が、驚愕で震えている。

「有栖さんの現在の基礎ステータス(筋力・耐久力・熱耐性)……。Aランクの『物理防衛特化型探索者』の数値を、完全に凌駕しています。……皮膚の表面には、ボスの雷魔法と同質の、極めて強固な絶対防衛膜バリアが常時展開されています」

「Aランクの物理防衛特化……!? ただのご飯を作っている女子高生が!?」

 冴香が、信じられないというように叫ぶ。


「……どういうことよ、蛍。ヘアクリップの魔法効果だけじゃ、そんな基本スペックの異常な底上げは説明がつかないわ」

 怜の問いに、蛍はゴクリと唾を飲み込んだ。

「……恐らく、ボスのレベル131という規格外の極高密度マナと、日常的に『濃厚接触』し続けた結果です。……この一ヶ月間、ボスは有栖さんと定期的に、かなり長時間の……その、ディープな『魔力同期キス』を行ってきたと推測されます。加えて、ボスの魔力波形に合わせたお弁当を作り続けたことで、有栖さんの細胞そのものがボスの魔力に耐えうる規格へと『強制アップデート(バグ化)』されているのです」


「……っ!!」

 怜と冴香の顔が、同時に真っ赤に染まった。

 濃厚接触。キス。

 怜は、土曜日の夜にトールと交わした口づけの熱を思い出し、それ以上の「魔力同期」を日常的に受けている有栖の存在に、強烈な嫉妬と戦慄を覚えた。


「私はただ、トールくんが安心してご飯を食べられるように、お料理の練習をしているだけで……怪力なんて、そんな……」

 有栖はオロオロとしながら、自分の手を見つめている。彼女には、自分が物理法則を無視した「バケモノ」になりつつあるという自覚が一切ないのだ。


(……なんてこと。料理ができて癒やし枠の、非戦闘員ヒロインだと思っていた正妻メイン・ベンダーが……。実は、物理的な防衛力でも、私たちを凌駕するスペック(資本)を持ち始めているというの……!?)

 怜の脳内で、組織内のカースト図がガラガラと崩れ去っていく。

(……このままでは、ボスの『隣の席』を、物理的にも精神的にも完全に独占されてしまう……!)

 冴香もまた、氷の瞳に激しい焦燥の炎を灯していた。

「……冗談じゃないわ。私が外部顧問としてデスクワーク(政治工作)をしている間に、彼女が『物理的な最強の盾』になるなんて……。私の商品価値バリューが下がってしまう!」


 平和なはずのレギュレーター・タワーの厨房で。

 無自覚に強すぎる「正妻」を中心として、ヒロインたちの社内派閥争い(修羅場)は、かつてないほどの激しさと危機感を伴って、その火蓋を切ろうとしていた。


 4.関西での『事務処理ショートカット


 同じ頃。

 東京から四百キロ離れた、大阪・梅田の地下大迷宮。

「オラァァァッ! 侵入者や!! 関東のガキども、皆殺しにしたれェッ!!」

 西の覇者『芦屋シンジケート』の精鋭部隊数百名と、彼らが使役するAランク魔物の群れが、空間の歪みから現れた漆黒の集団へと殺到していた。

 怒声と殺気が、広大な地下空間を震わせる。


 だが。

「――阿部。煌。……納期タイムリミットは五分だ。残業は認めない」

 佐藤通は、降り注ぐ魔法と凶器の雨の中を、ブレザーのポケットに両手を突っ込んだまま、ただ静かに歩いていた。

「「「御意アプルーブ!!!」」」

 阿部大輝ら沈黙の騎士団と、極彩色の死神・神代煌が、圧倒的な機能美と暴力で芦屋の群れを「事務的に」解体していく。


 その最中、通の左目の『深淵のモノクル』に、タワーの管理AI『ホムル』からの定期レポートがポップアップした。

『――マスター。レギュレーター・タワーの防衛、異常なし。……補足:メイン・ベンダー(神崎有栖)の基礎ステータスが、Aランク閾値を突破しました。現在、熱湯の寸胴鍋を素手で運搬中です』


「……ぶっ」

 飛びかかってきた敵の幹部の顔面を裏拳で粉砕しながら、通は思わず吹き出しそうになった。

(……おい。俺の魔力に当てられすぎて、有栖の基本スペックが完全にバグってきているな。……鍋掴みくらいは経費で買ってやったはずだが)

 通は内心で盛大にツッコミを入れつつも、微かに口角を上げた。

(……まあいい。俺が不在のタワーにおいて、彼女自身が物理的な『最強のセキュリティ』として機能しているなら、これ以上の安心材料(担保)はない)


「――さて。……西の不良債権ども。俺の大切な『聖域』を脅かした罪……。その組織システムごと、完全にフォーマットしてやる」

 通の右手に、かつてない密度に圧縮された青紫色の雷光が収束する。

 愛する少女の「無自覚な規格外バグ」という朗報をエネルギーに変え、最強の帰還者の冷徹な蹂躙は、西日本の地下を完全に沈黙させるべく、さらにその速度を上げていった。


 一方、レギュレーター・タワーでは。

「……私たちも、負けていられないわね。氷室顧問、蛍。……有栖さんに『防衛』を任せるわけにはいかないわ。私たちが、このタワーの業務セキュリティを完璧に遂行するのよ!!」

 三木怜の号令のもと、ヒロインたちの「トールへの猛烈なアピール合戦(社内プレゼン)」が、誰も知らない場所で静かに、そして苛烈に過熱していくのだった。




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