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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第058話:関東の防波堤(外部顧問)と、出張(デリート)への決裁

 


 1.絶対零度の廊下と、氷室冴香の決意


 東京ドーム特設ダンジョンの通路。

 コンクリートの床が、トールが歩みを進めるごとに蜘蛛の巣状に砕け、微細な氷の結晶となって弾け飛んでいた。レベル131の魔力が、彼自身の感情――有栖の家族を傷つけられたという「静かな激怒」によって完全にコントロールを失い、空間の物理法則を暴力的に歪めているのだ。


「……待ちなさい、佐藤通!」


 その絶対零度の殺意が渦巻く通路に、必死の声が響いた。

 帝都探索者学院の生徒たちやギルドの大人たちが恐怖で身動き一つ取れない中、ただ一人、震える膝を必死に押さえつけながらトールを追いかけてきた少女。

 渋谷代々木学園生徒会長、氷室冴香ひむろ・さえか


 トールは立ち止まり、冷たいガラス玉のような瞳だけを背後に向けた。

「……生徒会長。俺の業務に口を挟むつもりか? 今の俺は、極めて『納期』に追われている」

「口を挟むわよ! あなた、本気で関西の最大派閥『芦屋シンジケート』を潰しに行く気!?」

 冴香は、トールから放たれる凍てつくような魔圧に呼吸を乱しながらも、一歩前へ踏み出した。

「彼らは関東のギルドや獅子王権とは違う。裏社会のネットワークと巨大な資本を持つ、文字通りのマフィアよ。……それに、あなたが関東を留守にすれば、今日恥をかかされたギルド本部が、この隙を突いてオープンしたばかりの『レギュレーター・タワー』を差し押さえに来るかもしれないわ!」


 冴香の指摘は、極めて論理的だった。

 阿部や神代煌は、この大会の残務処理(後片付け)と、トールの後を追って関西へ向かう準備がある。

 タワーに残されるのは、泣き崩れた神崎有栖と、三木怜や影森蛍たちバックオフィスの面々のみ。彼女たちは有能だが、国家権力であるギルド本部の「法的な強権発動」を正面から跳ね返す物理的・政治的な防壁にはなり得ない。


「……なるほど。確かに、フロント不在のヘッドクォーターを無防備にするのは、経営者として三流の采配だな」

 トールの左目、深紅と漆黒が混じり合った『深淵のモノクル』が、冷ややかに明滅した。

「生徒会長。……いや、氷室冴香。君の政治力と、学園およびギルド上層部へのコネクションは、俺の組織に足りていないピースだ」

「……え?」

「君を、クラン『レギュレーター』の外部顧問コンサルタントおよび渉外担当として、今この場で『契約』する」


 トールは、空間からアビス・カーボン製のカードキー――レギュレーター・タワーの最高権限アクセスパスを一枚具現化させ、冴香の前に提示した。

「俺が関西を『更地フォーマット』にして帰ってくるまでの数日間。ギルド本部や関東のレガシー企業による不当な干渉を、法と政治の力で完全にシャットアウトしろ。……君が関東の防波堤ファイアウォールになれ」


 冴香は、差し出された漆黒のカードキーをじっと見つめた。

 彼女はこれまで、トールの底知れない力に惹かれながらも、彼を「自分の支配下」に置こうとする野心を捨てきれずにいた。だが、この男が愛する少女(有栖)のために見せた本気の怒りを前にして、自分のちっぽけなプライドなど吹き飛んでいた。


(……この人の「内側(組織)」に入れる。……三木怜や神代煌が出入りしている、あの聖域に)

 冴香の氷のような瞳に、野心と、一人の女としての強烈な熱が宿る。

「……いいわ。ギルドの老害たちの相手は、私の得意分野よ。あなたのタワーには、指一本触れさせない」

 冴香はカードキーを受け取り、不敵に微笑んだ。

「その代わり、この契約の『報酬』は高くつくわよ。私にも、あのタワーの最上階で、あなたの『隣の席』を競うコンペティションへの参加権……永続的なフリーパスをもらうわ」

「……構わない。結果リターンを出すアセットには、正当な待遇ポジションを約束しよう」


 契約は成立した。

 これで、氷室冴香という新たな駒が、レギュレーターのバックオフィスに正式に組み込まれた。

 ヒロインたちによる「過熱する社内派閥争い(修羅場)」の舞台装置が、ここに完全に整ったのだ。


 2.親会社との『垂直統合(経済封鎖)』


 トールは冴香をその場に残し、ドームの地下駐車場へと向かった。

 歩きながら、自らのスマートフォン――完全に暗号化された社内回線を起動し、父・一真へと発信する。


『……珍しいな、通。お前の方から通信をかけてくるとは。大会は……どうやら予定とは違う形で「クローズ」したようだな』

 通信の向こう側、アーク・フュージョンの影のCEOである佐藤一真の声は、すでに事態の異常を察知していた。


「親父。商談アジェンダの変更だ。……ギルド本部の完全子会社化は後回しにする。……関西の『芦屋シンジケート』が、俺のメイン・ベンダーの『聖域』を物理的に荒らした」


 トールの声のトーンに、一真は一瞬の沈黙を落とした。

 息子がどれほど冷徹に世界をデバッグしようと、これほどの「静かなる殺意」を漏らしたことはない。


『……なるほど。有栖くんの父親がやられたか。……で、俺の「業務」はなんだ』

「俺はこれより、阿部たち実行部隊を連れて関西へ出張(出撃)する。芦屋の本部ビル、および彼らが牛耳る梅田地下大迷宮を、物理的に完全にデリートする」

 トールは、地下駐車場の冷たい壁に触れ、そのコンクリートを無意識に粉砕しながら告げた。

「親父には、経済的マーケットな包囲網を頼みたい。アーク・フュージョンの全資本を使い、芦屋シンジケートに関連する関西エリアの魔石流通ルートを完全にショートさせろ。彼らの持つフロント企業の株を空売りし、一円の資金も動かせないように『経済的息の根』を止めてくれ」


『……ハハハッ! 息子に西日本経済の崩壊を指示されるとはな!』

 一真が、通信越しに獰猛な肉食獣のような笑い声を上げた。

『任せておけ。芦屋の老害どもに、現代資本主義の真の恐怖というものを叩き込んでやる。……お前は現場のマネジメントに集中しろ。……有栖くんの親父さんの仇、しっかりと取ってこい』


「ああ。……行ってくる」


 通信を切る。

 物理的な圧倒的蹂躙と、経済的な完全破産。

 最強の親子による「垂直統合型」の敵対的買収(M&A)が、西の覇者へ向けて完全にロックオンされた。


 3.無自覚な魔力感染と、帰還の約束


「……トールくん……!」


 地下駐車場のVIP用出入り口。

 三木怜や影森蛍に付き添われながら、神崎有栖が泣き腫らした目で立っていた。

 父親が血の海に倒れる映像を見せられ、彼女の心は恐怖と自責の念でズタズタに引き裂かれていた。


「ごめんなさい……私のせいで……。私が、トールくんに無理してお弁当なんか作ってたから、パパが……!」

 有栖は、トールの胸に飛び込み、その漆黒のハーフコートを強く、強く握りしめた。


 トールは、有栖の震える細い背中を、そっと抱きしめた。

「……謝るのは君ではない。……俺だ。……俺が君を『世界最高のベンダー』にまで引き上げておきながら、そのセキュリティ(家族の護衛)を怠った。……すべては、俺の経営ミスだ」


 トールは、有栖の頭を優しく撫でた。

 その時、トールは微かな「違和感」を覚えた。

 有栖がトールのコートを握りしめる指先。そこから、トール自身の『レベル131の雷魔法の波形』と完全に一致する微弱な魔力が、パチパチと静電気のように火花を散らしていたのだ。


(……解析。神崎有栖の魔力回路。……俺の極高密度マナと日常的に接触し続けた結果、彼女の細胞が俺の魔力を『吸収・変質』させ始めている。……この肉体のステータス、すでに非戦闘員の枠を逸脱し始めているな)


 だが、有栖本人は、自分の指先から火花が散っていることに全く気づいていない。ただひたすらに、愛する男の胸の中で泣きじゃくっている。


「……有栖。聞いてくれ」

 トールは、彼女の涙を指先で拭い、その目を真っ直ぐに見つめた。

「お父さんは、俺が必ず無事で連れ帰る。……芦屋の連中が提示した交渉テーブルになど、着く必要はない。俺が彼らのテーブルごと、この世界から消し去ってくる」


「……トールくん……。でも、相手は関西の……すごく怖い人たちなんでしょ……?」

「俺より恐ろしい存在など、この世界にはいない。……心配するな」


 トールは、有栖の唇に軽く触れるかのようなキスを落とした。

「……俺が留守の間、この『レギュレーター・タワー』はお前たちの家だ。三木部長、蛍、そして外部顧問として契約した氷室冴香が、君を完璧に守る。……だから、安心して待っていてくれ」


「……うん……。待ってる。私、トールくんが帰ってきたら……世界で一番美味しい、無事に戻ったお祝いのご飯を、パパとトールくんのために作るから……!」


 有栖が、ようやく涙を拭って力強く頷いた。

 その笑顔こそが、トールにとって、この世界で最も重い「絶対必達のKPI」だった。


 4.出撃デプロイ


「……ボス。実行部隊の準備、完了しました」


 背後から、阿部大輝の声が響いた。

 見れば、漆黒の『アビス・カーボン』を纏った十五名の沈黙の騎士団と、極彩色のオーラを抑え込んだ神代煌が、凄まじい殺気を隠しきれずに整列している。

 彼らもまた、自分たちの「聖域」である有栖を泣かせた敵を、絶対に許すつもりはなかった。


「……阿部、煌。関東の残務処理を一任したはずだが。命令違反はコンプライアンスに反するぞ」

 トールが冷徹な視線を向けるが、阿部たちは一歩も退かなかった。

  「ペナルティは後でいかようにもお受けします! だが……俺たちの『聖域メイン・ベンダー』を泣かせた外道どもを、俺たちにデバッグさせないのは、組織としての『品質』に関わります!」

  煌も大鎌を握りしめ、極彩色の殺意を放つ。

「私が女王として、あの泥棒猫どもを切り刻むわ。……連れて行きなさい、ボス」

  トールは、命令に背いてでも忠誠と怒りを示す彼らの瞳を見つめ、微かに口角を上げた。

「……よろしい。この熱量バグは、今回に限り例外として承認アプルーブしよう」


「……留守は任せたぞ、三木部長。……氷室顧問とうまく連携し、タワーの防衛を頼む」

「ええ。……関西の出張、お気をつけて。……帰ってきたら、山のような決裁書類(事後処理)が待っていますからね」

 三木怜が、心配を隠すようにあえて事務的に微笑んだ。


「――全社、出撃デプロイだ」


 トールの号令と共に、空間が歪む。

 彼らはギルドの交通網など使わない。トールのレベル131の魔力が、空間そのものをこじ開け、東京から大阪・梅田の地下深層へと直結する「専用のバイパス」を構築したのだ。


 最強の帰還者と、その狂信的な社員たち。

 西の空を覆う絶望の雷雲が、今、芦屋シンジケートという巨大な「不良債権」を完全に消去するために、その猛威を振るおうとしていた。




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