表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/74

第056話:聖域の調達網(サプライチェーン)と、忍び寄る西の敵対的買収(M&A)

 


 1.西のアナリストによる身辺調査デューデリジェンス


 時計の針を、東京ドームでの『強制解放オープン・アーキテクチャ』が炸裂する数日前に戻す。

 五月某日。関東の旧体制が『全国大会』という名の罠を編み上げることに腐心していた裏で、西日本を牛耳る巨大クラン『芦屋シンジケート』は、すでに冷徹な情報戦インフォメーション・ウォーを開始していた。


「……ターゲット、神崎有栖かんざき・ありす。……渋谷代々木学園高等部一年。……現在、恵比寿中央市場にて『仕入れ』を行っている模様」


 市場の入り口付近に停められた黒塗りのバンの中で、芦屋シンジケートの情報部員が、超小型の魔導ドローンから送られてくる映像を睨みつけていた。

 通信の向こう側、大阪・中之島の本社ビルにいる情報分析部門トップ・水無月みずなきから、無機質な声が届く。

『……監視を継続しろ。佐藤通という怪物を限界突破オーバーロードさせる「特級のバフアイテム」。その製造プロセスの秘密は、彼女の『調達網サプライチェーン』に隠されているはずだ。いかなる魔導錬金術を駆使しているのか、すべて記録レコードしろ』

「了解しました。……しかし、水無月様。ターゲットの周辺警備が、予想以上に強固セキュアです」

 工作員が、モニターに映る映像を拡大する。

 そこには、買い物かごを下げる一人の可憐な女子高生――有栖を中心に、完璧なフォーメーションで周囲を警戒する、複数名の少女たちの姿があった。


 2.完璧な兵站ロジスティクスと、鉄壁のバックオフィス


 恵比寿中央市場。

 かつては下町の風情を残す活気ある商店街だったが、大発生グランド・エマージェンス以降、魔力の影響を受けて進化した「高栄養価・高魔力食材」が取引される、都内有数の高級市場へと変貌していた。

 その喧騒の中を、クラン『レギュレーター』の広報兵站部長・三木怜みき・れいは、左腕の『Manager』の腕章を揺らしながら、鋭い眼光で周囲を牽制していた。


「……遥、十二時方向の不審な視線、遮断ブロックして。理奈はドローンの死角をカバー。……ボスの命綱である『メイン・ベンダー』に、不確定なノイズを近づけさせないで」

「了解、怜っち。……完璧にマスキングするよ」

「栄養管理も抜かりないわ。今日の有栖さんの献立プラン、必要な魔力値とカロリーの計算は私の端末に同期済みよ」


 S.G.サポーターズ・プレミアムの精鋭たちが、インカムを通じて秒単位の連携を見せる。

 彼女たちにとって、有栖の「お買い物」は単なる日常ではない。クランのCEOである佐藤通のコンディションを最高値ピークに固定するための、最も重要な『兵站任務ロジスティクス・ミッション』なのだ。


「……三木さん、遥ちゃん。いつも重い荷物持ってもらって、ごめんね。SPみたいで、なんだか申し訳なくて……」

 有栖が、申し訳なさそうに眉を下げる。

「気にしないで、有栖さん。私たちは『組織のバックオフィス』として、当然の業務タスクを遂行しているだけよ。それに、ボスから支給されている『ランチ・レギュレーションの経費』は潤沢すぎるわ。最高の食材を、最高の鮮度でタワーに持ち帰るのが私たちの使命だから」

 怜は完璧な営業スマイルで応えつつ、周囲の不審な気配――芦屋シンジケートの工作員の視線を、的確に牽制していた。


 3.無自覚な目利きと、ホーム・マーケットの温もり


「あ、八百屋のおじさん! こんにちは!」

 有栖が、行きつけの八百屋の店先に駆け寄る。

「おお、有栖ちゃん! 今日も友達連れて、大所帯だねぇ。……どうだい、今朝採れたばかりの『魔力特化型の春キャベツ』。甘みが強くて最高だよ!」

 店主が、ほんのりと緑色の燐光を放つ立派なキャベツを差し出す。

 だが、有栖はそれをじっと見つめ、少しだけ首を傾げた。


「うーん……おじさん、こっちの奥にある『魔力が少し暴れてる』お野菜の方をもらってもいいかな? トールくん……あっ、私がご飯を作る相手は、すごく強い雷の魔法を使うから、これくらいパンチがある食材の方が、彼の魔力と綺麗に混ざり合うと思うの」


「ほう! 相変わらず、恐ろしいほどの『目利き』だねぇ。一流の魔導調合師でも、そこまで食材の波長は読めないよ!」

 八百屋の店主が舌を巻く。

 有栖は、自覚していなかった。

 彼女が「トールくんのお口に合うように」と無意識に選んでいる食材は、すべてトールの『レベル131の雷魔法の波形』に完全にシンクロする、極めて特異な魔力特性を持ったものばかりなのだ。愛という名の絶対的なチューニングが、彼女を『特級のバフアイテム製造機』へと引き上げていた。


 続いて魚屋。

「今日は立派なブリが入ってるよ! ギルドの連中が買い占めようとしたヤツを、有栖ちゃんのために取っておいたんだ!」

「わぁ、ありがとう! ……じゃあ、このブリと、お肉屋さんで和牛を……。三木さん、経費おさいふ、大丈夫かな?」

「問題ないわ。ボスのブラックカード(経費枠)の限度額は、この市場を丸ごと買い取れるくらいあるから」

 怜がタブレット端末で、スマートに電子決済チェックアウトを完了させる。


 商店街の人々は、有栖を「いつも笑顔でたくさん買ってくれる良い子」として、そして彼女の背後にいるクラン『レギュレーター』を「この市場の経済を潤してくれる最高の顧客」として、家族のように温かく迎え入れていた。

 この日常の温かな交流と、良質な食材の供給網。

 それこそが、トールが何よりも重んじ、守り抜こうとしている『聖域ホーム・マーケット』だった。


 4.過保護な防壁ファイアウォールと、資本の暴力


 その様子をバンの中から監視していた工作員は、歯噛みしていた。

「……ダメです、水無月様。あの少女自身は無警戒ですが、周囲の護衛バックオフィスの警戒が厳しすぎます。それに、彼女の『目利き』の基準が全く読めません。あれでは、拉致して製造法を吐かせたところで、我々には再現不可能です」

『……ならば、兵站そのものを物理的に断ち切るまでだ』

 通信越しの水無月の声が、絶対零度の冷酷さを帯びる。

『彼女が利用している仕入れルート、あの市場の仲卸業者をすべてリストアップしろ。我が芦屋シンジケートの全資本を投じ、市場の流通経路に圧力をかけ、彼女が一切の食材を買えないように市場を干上がらせる(ショートさせる)。……あるいは』


 工作員が、ゴクリと唾を飲み込む。

『護衛の隙を突き、彼女の家族――身内を人質に取り、彼女を我々の専属ベンダーとして強制的に「敵対的買収(M&A)」する』

「……りょ、了解しました。今、彼女の背後に隙が……」


 工作員が、市場の裏路地を歩く有栖の背後へと、気配を殺して接近しようとした、その時だった。


「――おーい! 有栖ゥゥゥッ!!」


 ズシンッ!!

 地響きと共に、工作員の目の前に巨大な「壁」が降り立った。

「……な、なんだ貴様は!?」

 工作員が後ずさる。

 そこに立っていたのは、身長二メートル近い筋骨隆々の大男。両手に巨大なエコバッグを抱え、ピンク色のフリルエプロンを纏い、段ボール製の不格好なモノクルを装着した男――神崎有栖の父、神崎剛かんざき・ごうだった。


「パ、パパ!? どうしてここに!?」

 有栖が驚いて振り返る。

「フンッ! 愛娘の重大な仕入れ任務おかいものに、この神崎剛が同行せんでどうする! その細腕で、愛する男(敵)への重い弁当を持たせるわけにはいかんからなァッ!」

 剛は、凄まじい大声で吠えながら、有栖の荷物を軽々と奪い取った。

 その瞬間、彼から無自覚に放たれた『娘を想う過保護なオーラ(Aランク級の威圧感)』が、接近しようとしていた工作員を物理的に壁まで吹き飛ばした。


「……ぐ、はっ……!? なんだこの化け物は……!? 護衛の少女たちだけじゃない、親父まで規格外なのか……!?」

 工作員は、気絶寸前の意識の中で、芦屋の計画が容易ではないことを思い知らされていた。


「……チッ。逃げられたか。でも、パパさんの威圧バグのおかげで、不審なノイズは排除できたわね」

 怜が冷ややかな視線で、裏路地へと逃げ去る工作員の影を睨みつける。

 彼女はタブレットを取り出し、トールへの日報レポートに一行を追加した。

『――関西方面からの不当な市場介入の兆候あり。メイン・ベンダーの保護レベルを、さらに一段階引き上げます』


 5.崩壊する結界と、迫る次期決算


 そして、時間は現在――六月の『全国高校生探索者大会』、東京ドーム特設ダンジョンへと戻る。


「雷魔法:極位――『強制解放オープン・アーキテクチャ』」


 トールの指先から放たれた極小の雷光が、ドームの天井を覆っていたギルドの『デッドゾーン』の隔離結界を、ガラスが砕け散るような轟音と共に完全に粉砕した。


「な、なんだとォォォッ!?」

 VIP席のギルド本部長・御堂島と、獅子王凱が絶叫する。

 彼らが「確証バイアス」に塗れて用意した絶対的な処刑場は、トールの圧倒的な『品質証明ストレステスト』の前に、わずか数分で無残に解体された。


「……さて。空気の換気デバッグは済んだ。……阿部、業務を再開リジュームしろ。ギルドの用意した『不正な資産バグ』を、すべて差し押さえるぞ」

「「「御意アプルーブ!!!」」」


 漆黒のアビス・カーボンを纏う十五名の騎士たちが、圧倒的な蹂躙を再開する。

 その傍ら、安全なVIPルームでは、有栖が空になった重箱を抱え、トールの戦う姿を祈るように見つめていた。

 彼女はまだ知らない。

 自らの純粋な愛情が生み出した「特級の弁当」が、トールを無敵の王たらしめる最大の原動力であり、同時に、西の覇者『芦屋シンジケート』が全資本を投じてでも奪い取ろうとする、次なる巨大な「企業戦争」の火種となっていることを。


 血を流さぬ企業戦争。

 関東の旧体制レガシーが崩壊の音を立てる中、最強の帰還者の聖域サプライチェーンを巡る、最も過酷で、最も冷徹な「次期決算」の足音が、西の空から静かに、だが確実に迫っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ