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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第051話:血統という名の不良債権と、悪条件下の品質証明(ストレステスト)

 


 二〇二四年、五月。

 新興クラン『レギュレーター』による渋谷ダンジョンの完全買収から数日が経過し、世界中の探索者市場がその一挙手一投足に熱狂していた頃。

 東京都心の一等地に聳え立つ、重厚な石造りの高層ビル――国内最大派閥の財閥系クラン『獅子王権ライオンハート』の総本山。その最上階にある豪奢な修練場では、一人の若き獅子が、大理石の床に深い亀裂を刻み込んでいた。


「……一ノ瀬の奴め。我が帝都探索者学院の面汚しが。たかがポッと出のベンチャー企業の小細工に遅れを取るとはな」


 獅子王 ししおう・がい

 獅子王権の次期トップにして、帝都探索者学院の生徒会長。レベル48という、十代としては破格の数値を誇る天才エリートである。彼は自慢の黄金の魔剣を無造作に鞘に納め、傍らに控える側近たちを冷ややかに見下ろした。

「だが、奴が合同演習で後塵を拝した理由も分からなくはない。あの佐藤通とかいう男……いや、その背後にいる『アーク・フュージョン』の技術力は、確かに厄介だ」


 凱は、ホログラムモニターに映し出された『沈黙の騎士団』の動画を忌々しそうに睨みつけた。漆黒の繊維を纏い、一糸乱れぬ動きで魔物を屠る阿部たちの姿。

「あの『アビス・カーボン』のような防護服と、魔力を強制的に変換する警棒。あれは明らかに、軍事レベルの魔導兵器だ。奴らの圧倒的な戦果は、ひとえにあのハードウェアの性能と、ダンジョンの空間データをハッキングするシステムによるものに過ぎん」


 凱の言葉に、側近たちも深く頷く。彼らは皆、古くから続く名家の血筋であり、「探索者の強さとは、血統に裏打ちされた純粋な魔力と、幼少期から鍛え上げられた武技にこそ宿る」という強固な信念――という名の確証バイアス――に囚われていた。

「親父……獅子王烈代表からも、来月の『全国大会』におけるギルドとの連携については聞いている。ギルド本部は、奴らレギュレーターを特別枠として招待し、我々にとって最も有利な『レギュレーション』を用意してくれている」


 凱の口元に、残忍な笑みが浮かんだ。

「大会の舞台は、我々とギルドが完全に空間を掌握した東京ドーム特設ダンジョン。そこでは、奴らの小賢しいハッキングなど通用しない。純粋な『個の暴力』と『血統』の差を、全世界のメディアの前で突きつけてやる。……そして、奴らの纏っている最新技術アセットは、我々獅子王権が戦利品として正当に吸収(M&A)するのだ」


 彼らは疑っていなかった。

 画面の中で、物理法則をあざ笑うかのように特Aランクを蒸発させる雷光が、単なる「CG加工されたフェイク」であり、自分たちの絶対的な武力の前に、レギュレーターが這いつくばる未来を。


 ***


 同時刻。渋谷宮下公園前、『レギュレーター・タワー』の仮設指令室。

 防音ガラス越しに広がる渋谷の夜景を背に、クラン・プレジデントである佐藤通トールは、静かにコーヒーのカップを置いた。


「……なるほど。これが、ギルド本部と獅子王権が交わした『裏契約』のエビデンスか」


 トールの手元のタブレットには、情報セキュリティ部兼特務調査員の影森蛍かげもり・ほたるが、ギルド本部の最深部サーバーから音もなく抜き取ってきた極秘データが並んでいた。

「はい、ボス」

 トールの影から半身を現した蛍が、淡々と報告する。その暗緑色の瞳は、任務を完遂した有能な部下としての誇りに満ちていた。

「来月の全国大会における、レギュレーターへの『特別ルール(不当労働要請)』の全容です。まず、我々の初期配置は、環境マナが極端に希薄化され、かつ強力な魔物が密集する『デッドゾーン』に設定されています。さらに、我々が魔物を討伐した際のポイント加算率は、他クランの十分の一。逆に、被弾した場合のペナルティは十倍という、極めて非論理的なスコアリング・システムが適用されます」


「ちょっと、何それ! 完全に嫌がらせじゃないの!」

 傍らでデータを見ていた広報兵站部長の三木怜みき・れいが、完璧にプレスされた腕章を揺らして憤慨した。

「どんなに実力があっても、スタート地点でリソースを枯渇させられ、利益率ポイントを強制的に下げられれば、組織は立ち行かなくなるわ。こんな不当なコンプライアンス違反、すぐにでもメディアにリークして……!」


「待て、三木部長」

 トールは、焦る怜を左手で制し、モノクルの奥で冷徹な笑みを深めた。

「メディアへのリークは、最後の『トドメ』に使う。……相手がこれほど理不尽なハンデ(負荷)を用意してくれたんだ。逆に言えば、我々がその最悪の条件下で、彼らのエースチームを事務的に蹂躙してみせれば、市場マーケットはどう反応する?」


「……あっ」

 怜が息を呑む。

「悪条件であればあるほど、我々の『品質クオリティ』の異常性が際立つ。……株価を天文学的に引き上げるための、最高の演出装置ストレステストになるということね……!」


「その通りだ。……蛍、獅子王権の財務状況と経営実態の『デューデリジェンス(企業調査)』の結果は?」

「分析完了しています」

 蛍がタブレットの画面をスワイプする。

「彼らの主力部隊は、伝統という名目に縛られ、過剰な装飾と高コストな重武装に依存しています。討伐効率は我々の沈黙の騎士団の三割以下。実態としては、ギルドからの莫大な補助金と市場の価格操作カルテルによって利益を偽装しているだけの、完全な『不良債権』です」


「血統という名の不良債権、か。……レガシー企業が陥る典型的な末路だな」

 トールは指先でデスクを叩いた。

「彼らのメッキは、大会の場で完全に剥がす。……だが、それだけでは足りない。彼らの経営そのものを、根底から『デリート』する必要がある」


 ***


 トールは、デスクのセキュア回線を開き、父・一真へと通信を繋いだ。

 ホログラムモニターに、アーク・フュージョンの影のCEOである佐藤一真の、不敵な笑みを浮かべた顔が映し出される。

『どうした、通。またどこかの地下で「散歩」でもして、山を崩してきたのか?』


「いや、今日は純粋な『ビジネス(商談)』の話だ。……親父、来月の全国大会に向けて、ギルド本部と獅子王グループが結託し、我々を潰しに来る」

 トールが蛍の集めたデータを転送すると、一真はそれを瞬時に読み込み、獰猛な肉食獣のような瞳を細めた。

『……なるほどな。ルールを捻じ曲げてでも、お前たちの技術アセットを吸収したいというわけか。浅ましいことだ』


「俺たちは、大会の現場で彼らのエースを物理的に粉砕する。……親父には、市場マーケットでの『トドメ』をお願いしたい」

『空売り(ショート)だな?』

 一真は即座に息子の意図を理解し、ウイスキーのグラスを揺らした。

『獅子王グループの関連株、および彼らが独占している魔石ルートのCFレート……。今から徹底的に空売りを仕掛けておく。彼らが大会で無様に敗北し、その不正が全世界に暴かれた瞬間、彼らの株価は紙屑になる。……その莫大な暴落利益は、すべてアーク・フュージョンとレギュレーターで美味しく頂くという寸法だ』


「ああ。物理的にも、経済的にも、彼らの組織を完全子会社化(TOB)する。……親会社との『垂直統合』の力、見せてもらおうか」

『任せておけ。お前は現場のマネジメントに集中しろ。……獅子王の老害どもに、現代の「資本主義の恐怖」を教えてやるさ』

 通信が切れる。

 物理、情報、そして経済。

 三つの矢が、旧態依然とした巨大権力を完全に包囲しつつあった。


 ***


 翌朝、午前四時三十分。

 代々木公園北側、『深緑の廃墟エメラルド・ルイン』の最深部に構築された専用演習場。

 そこには、漆黒のアビス・カーボンを纏った阿部たち『沈黙の騎士団』十五名と、最高執行責任者代理(COO)の神代煌、そして幹部候補の佐伯陽向と鉄凛が整列していた。


「――全員、注目。本日のアジェンダは、来月の全国大会に向けた『全体最適化フル・シンクロナイゼーション』だ」

 トールが、銀のモノクルを冷ややかに輝かせながら静かに告げる。

「大会では、極端なマナの希薄化と、圧倒的な物量による不当なハンデが課される。……だが、それは言い訳にはならない。我々に求められるのは、ただの勝利ではない。相手のプライドと戦意を根底からへし折り、二度と立ち上がろうと思わせないほどの『絶対的な絶望デモラリゼーション』の提供だ」


 トールの言葉に、阿部が狂信的な光を宿した瞳で頷く。

「想定内の負荷です、ボス! 毎朝の10Gの重力訓練に比べれば、マナの希薄化など、そよ風のようなものです!」

「その通りだ。……だが、今回は『個の暴力』と『組織の機能美』を融合させる」

 トールは、プラチナブロンドの髪を靡かせる煌へと視線を向けた。

「神代COO。君の極彩色の魔力による広範囲殲滅を『メイン・プロセス』とする。……阿部、佐伯、鉄。君たちは煌の光を『目隠し(ヘッジ)』として利用し、その死角から敵の指揮系統を無音で切断しろ。……派手な看板の裏で、事務的な殺戮を遂行する。それが我々の『最適解』だ」


「……ふふっ、私を囮に使う気? 面白いわね」

 煌が大鎌『グロリアス・オーディット』を具現化させ、虹色の魔力を空間に溢れさせた。

「女王の光の影で、私が風で敵の視界を削ぎ落とします。……最高の『ホスピタリティ』をお約束しますよ」

 佐伯が爽やかに微笑み、見えざる風の刃を指先に纏わせる。

「……熱損失ゼロ。無駄なモーションの敵は、すべて氷結デバッグします」

 鉄が地面に触れ、絶対零度の監査領域を展開した。


「……よろしい。では、シミュレーションを開始する。……俺が敵の『ギルド連合軍』の動きをエミュレートする。……死ぬ気でかかってこい」


 トールが指を鳴らした瞬間。

 レベル131の圧倒的な魔力が、擬似的な「敵軍」となって演習場を埋め尽くした。

 極彩色の死神が舞い、沈黙の騎士団がその影から無慈悲な一撃を放つ。

 世界はまだ知らない。彼らが「学生の大会」に向けて、いかなる恐るべき『暴力の芸術』を完成させようとしているかを。


 旧体制のレガシー企業たちが仕掛けた滑稽な罠は、最強の帰還者とその精鋭たちによって、完璧に「想定内のリスク」として処理されていた。

 血を流さぬ企業戦争――その最終決算の舞台となる全国大会へ向けて、クラン『レギュレーター』の静かで、圧倒的な進軍は止まらない。




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