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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第二章:市場独占と組織のデバッグ

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第052話:理不尽な規約(レギュレーション)と、黄金株(ゴールデン・シェア)の提示

 


 1.官製マーケットの全容


 二〇二四年、五月。

 新緑が目に鮮やかな季節を迎えても、探索者業界の熱気は冷めるどころか、かつてないほどの沸点を記録していた。

 その中心にあるのは、探索者ギルド本部が主催する『全国高校生探索者大会ナショナル・カンファレンス』の開催発表である。


 本来、この大会は各校の有望な新人を発掘し、既存のクランや企業が青田買いを行うための、いわば「合同就職説明会ジョブ・フェア」のような健全なイベントだった。

 しかし、今年の大会は違った。

 ギルド本部の最上階、重厚なマホガニーの円卓から発せられた一つの「特例」が、世界中の探索者市場を震え上がらせたのだ。


『――本大会の優勝クランには、特例として探索者ギルド本部の重要意思決定に対する拒否権――すなわち、理事会における【黄金株ゴールデン・シェア】に相当する特権を付与する』


 世界中のメディアが、この発表に飛びついた。

 ギルド本部の意思決定権。それは、日本のダンジョン利権を左右する莫大な権力だ。魔石の流通価格、新規ダンジョンの採掘権、さらには国家予算をも凌駕する補助金の分配。それらを自由にコントロールできる「黄金株」が、たかが学生の大会の賞品として提示されたのだ。


「……本部長。いくらなんでも、やりすぎではありませんか?」

 ギルド本部の記者会見場。カメラのフラッシュを浴びる御堂島宗厳みどうじま・むねよし本部長の背後で、秘書官が震える声で囁いた。


「黙れ」

 御堂島は、顔に貼り付けた温和な笑みを崩さずに小声で返した。肥え太った指に嵌められた特A級魔石の指輪が、フラッシュの光を反射して毒々しく輝く。

「これは、あの小賢しいガキども――クラン『レギュレーター』を確実に誘い込むための、極上の『餌』だ。奴らが手に入れた渋谷の利権、そして軍事レベルのハッキング技術。それらを合法的に我々が没収(M&A)するためには、奴らが絶対に断れない舞台を用意してやらねばならんのだよ」


 御堂島はマイクの前に立ち、鷹揚に語り始めた。

「皆様、ご存知の通り、今年は非常に『優秀な』新興クランが誕生いたしました。渋谷・代々木地区のダンジョンを独自のシステムで管理する、クラン『レギュレーター』です。彼らの技術と実力は、我がギルドも高く評価しております。ゆえに、本大会への『特別招待』を決定いたしました」


 記者たちから、どよめきが上がる。SNSで神格化されている「渋谷の亡霊」が、ついに公の場に姿を現すのか。


「ただし」

 御堂島は、口角を意地悪く釣り上げた。

「彼らの実力は、既存の学生の枠を大きく逸脱しております。大会の公平性フェア・プレイを保つため、レギュレーターには『特別ルール』を適用させていただきます。……彼らの初期配置は、マナが極端に希薄化された最下層の『デッドゾーン』。魔物討伐のポイント加算率は他校の十分の一。そして、被弾時のペナルティ(減点)は十倍とします。……これこそが、彼らの圧倒的な力に対する、適切な『ハンディキャップ』であると、我々は結論づけました」


 表向きは「公平性」を装いながら、その実態は完全な「不当労働要請」。

 スタート地点でリソースを枯渇させ、利益率を十分の一に下げ、少しのミスで致命的な損失を負わせる。

 それは、レギュレーターを社会的に抹殺し、その資産を吸収するための、完璧に合法的な公開処刑の宣言だった。


 2.最高の企業買収(TOB)宣言


「……ふざけないで! 蛍の抜いてきたデータを、いけしゃあしゃあと『公平性を保つためのハンディキャップ』ですって!?」

  渋谷宮下公園前、完成を間近に控えた『レギュレーター・タワー』の仮設指令室。 防音ガラスの向こうに広がる都市の喧騒を背に、広報兵站部長の三木怜みき・れいが、タブレットをデスクに叩きつけた。彼女の怒りで、完璧にプレスされた『Manager』の腕章が震えている。

  「ポイント十分の一!? 被弾ペナルティ十倍!? ……裏で仕掛けた不当なコンプライアンス違反を、黄金株という特大の餌を使って、公のルール(レギュレーション)として正当化してきたわ! これじゃあ、私たちから出場を辞退する逃げ道まで塞がれたも同然よ! ボス、今すぐギルドを提訴して……!」


「落ち着け、三木部長。感情的な判断は、投資の目を曇らせる」

 デスクの奥。革張りのチェアに深く腰掛けるクラン・プレジデント、佐藤通トールの声は、絶対零度のように冷たく、そして凪いでいた。

 彼は左目の『深淵のモノクル』を指先でなぞり、ホログラムモニターに映し出されたギルドの記者会見の映像を、値踏みするように見つめている。


「相手がこれほど分かりやすい『不当なレギュレーション』を敷いてきた意味を考えろ。……彼らは、自分たちの設定したルール内であれば、絶対に我々をコントロールできると確信(確証バイアス)している」

 トールは、コーヒーのカップを静かに置いた。

「だが、俺が注目しているのはそこではない。……『黄金株ゴールデン・シェア』だ」


 トールの言葉に、室内に控えていた幹部たち――阿部大輝、神代煌、影森蛍、佐伯陽向、鉄凛の視線が集中する。

「ギルドの重要意思決定に対する拒否権。……これまでは、俺たちがいくらダンジョンを制圧しようと、法的な権限はギルド本部にあった。だが、この大会で優勝すれば、俺たちは合法的にギルド本部の『経営権の過半数』を握ることになる」

 トールの左目が、七色の燐光を放ち始める。

「これは罠ではない。……無能な経営陣が、自らの首を絞めるためのロープと、自社の権利書を、丁寧にラッピングして俺たちに差し出してくれたんだ。……これほど美味しい『敵対的買収(TOB)』のチャンスを、見逃す手はない」


「……ふふっ。あはははは!」

 プラチナブロンドの髪を揺らし、最高執行責任者代理(COO)の神代煌が、堪えきれないというように笑い出した。

「最高ね、ボス。老害どもが必死に考えた処刑場を、そのまま彼らの墓場デッド・エンドにしてあげるってわけね。……私の大鎌で、その不当なルールごと、全部切り刻んであげるわ」


「想定内の負荷です、ボス!」

 阿部大輝もまた、魔力反応警棒を握り締め、狂信的な瞳で吠えた。

「毎朝の10Gの重力訓練に比べれば、マナの希薄化などそよ風に過ぎません! ポイントが十分の一なら、他校の十倍、百倍の速度で魔物を事務的に処理デバッグすればいいだけのこと!」


 佐伯陽向が、柔らかな笑顔で風の刃を指先に遊ばせる。

「最高の『ホスピタリティ』で、ギルドの皆様を絶望の底へご案内しますよ」


 鉄凛が、無機質な瞳で床の温度を下げながら呟いた。

「……熱損失ゼロ。すべてのバグを、絶対零度で監査します」


 影森蛍は、トールの背後の影に溶け込みながら、静かに、だが熱烈に囁いた。

「……ギルドの裏工作、および隠しカメラの配置……すべて私がハッキングして、無効化します……」


 頼もしい幹部アセットたちの反応に、トールは満足げに頷いた。

「よし。……舞台は来月の『全国大会』。ターゲットは、探索者ギルド本部、およびそれに癒着する獅子王権ライオンハートなどの全レガシー企業。……俺たちが彼らの土俵に上がり、彼らの用意した罠をすべて『通常業務』として粉砕する」

 トールの瞳に宿る、圧倒的な支配者の覇気。

「そして、全世界のメディアの前で彼らの不正を暴き立て、ギルド本部のマスターコアを強制的に上書き(フォーマット)する。……諸君。世界を、俺たちの規格レギュレーションで上書きする準備はいいか?」


「「「御意アプルーブ!!」」」

 仮設指令室に、狂信的な唱和が響き渡った。


 3.日常という名の聖域と、最高の燃料


 その日の昼休み。

 渋谷代々木学園の屋上は、いつものようにトールと神崎有栖かんざき・ありすの「定例会議ランチタイム」の場となっていた。


「……トールくん。ニュース、見たよ。……あんなの、絶対におかしいよ。ポイントが十分の一なんて……」

 有栖は、特製の三段重を広げながら、心配そうに眉を下げる。彼女の瞳には、世界中の誰もが「渋谷の亡霊」と恐れるトールに対する畏怖はなく、ただ一人の大切な男の子を心配する、純粋な慈愛だけが満ちていた。


「心配ないさ、有栖」

 トールは、完璧な黄金色に焼かれた卵焼きを箸で挟み、口へと運んだ。

 出汁の香りが口いっぱいに広がり、レベル131の肉体に、どんな魔力回復薬よりも強力な「癒やし」という名のバフを与えていく。


(解析。……神崎有栖特製弁当。栄養バランス:完璧。魔力含有量:極大。……結論:ボスの精神的コンディションを、常に最高値ピークに固定する究極のアイテムです)

 モノクルのログを無視し、トールは素直に「美味い」と呟いた。

「……この卵焼きのクオリティが落ちない限り、俺のパフォーマンス(業績)が低下することはない。……ギルドのルールがどうであれ、俺がやるべきことは変わらない。目の前のタスクを、効率的に処理するだけだ」


「……ほんと?」

「ああ。……それに、君の弁当が俺の『原動力』だ。……大会の当日も、君の作った『勝負弁当』を期待しているぞ。……それが、俺にとっての最強の『バフ』になる」


 トールの言葉に、有栖の顔が一瞬で極彩色に染まった。

「……っ! う、うん! 任せて、トールくん! 私、すっごく気合入れて、世界で一番美味しいお弁当、作っていくから!」

 有栖の不安は完全に吹き飛び、代わりに「メイン・ベンダー」としての圧倒的なモチベーションが彼女を包み込んだ。


 トールは、春の風に揺れる彼女の髪を眺めながら、静かに息を吐いた。

 ギルドの罠。獅子王権の血統主義。不当なルール。

 それらはすべて、この「日常」という名の聖域を守り抜くための、倒すべき壁に過ぎない。


 4.迫る決算デッドライン


 五月某日。

 全国大会まで、残り数日。

 親父である佐藤一真率いる『アーク・フュージョン』は、すでに市場の裏側で、獅子王権とギルド関連企業の株の「空売り(ショート)」を天文学的な規模で仕込み終えていた。

 物理的な蹂躙と、経済的な破滅。

 二つの刃が、旧体制の首元に静かに、そして確実に当てられている。


 レギュレーター・タワーの地下、阿部たちの専用演習場では、最終調整フル・シンクロナイゼーションが行われていた。

 重力10G、マナ濃度を極限まで希薄化させた「デッドゾーン」のシミュレーション環境。

 その中で、漆黒の騎士団と極彩色の死神、そして風と氷の幹部たちが、無音のままに仮想敵を蹂躙し続けている。


「……遅い! まだ0.1秒のロスがある! 相手はギルドと獅子王権だ。一切の妥協バグを許すな!」

 阿部の激が飛ぶ。


 その光景を、最上階から見下ろすトール。

「……さて。……権威を失墜したレガシー企業たちよ。……君たちの提示した『黄金株』、ありがたく頂戴テイクオーバーしよう」


 最強の帰還者による、血を流さぬ、しかし最も残酷な企業戦争。

 旧体制の無能な老人たちが仕掛けた滑稽な罠は、彼ら自身を破滅へと導く「最強のざまぁ」への導火線として、今、完全に着火されたのだった。

 第三章――『全国大会という名の公開買収(TOB)』。

 圧倒的な品質証明ストレステストの幕が、静かに、だが劇的に上がろうとしていた。




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