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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第033話:メイン・ベンダーへの『配当金』と、重力なき聖域の口づけ

 


 四月二十一日、日曜日。

 昨夜、漆黒のタワーで広報部長・三木怜に与えた「共同経営権」という名の報酬。

 三十二歳の魂を持つ佐藤通トールにとって、それは冷徹な経営判断の結果であった。だが、組織を安定させるためには、もう一人の最も重要なステークホルダーへの「配当」が不可欠であることを、彼は熟知していた。


「……さて。本日の『非公開案件プライベート・ミッション』を開始するか」


 通は、代々木公園の池の畔にある、かつて有栖と「オフサイト・ミーティング」を行ったベンチに腰を下ろしていた。

 左目の『深淵のモノクル』は【休日・リラクゼーションモード】。

 視界には、待ち合わせ時刻の十五分前だというのに、既にこちらへ向かって小走りで近づいてくる桃色の影が映し出されていた。


(個体名:神崎有栖。……心拍数:135。……感情指数:期待と不安の混濁。……補足:彼女は三木怜から発せられる『勝利の余韻(匂い)』を、女子特有の直感でスキャン済みです)


「……トールくん!」


 有栖がベンチの前で足を止める。

 今日の彼女は、薄い水色のワンピースに、かつて通が贈った「銀翼のヘアクリップ」を大切に留めていた。その瞳には、昨日の激務を終えた通を労いたいという献身と、それ以上に「聞きたいけれど聞けない」という微かな焦燥が揺れている。


「……待たせたな、有栖」


「ううん、私も今来たところ! ……あ、あのね、トールくん。今日の『お仕事デート』、どこに行くのかな?」


 通はゆっくりと立ち上がると、モノクルを指先で叩き、【聖域構築サンクチュアリ・パッチ】を起動した。


「……今日は移動デプロイの必要はない。ここを、君のための『特別会場』に書き換える」


 通が指を鳴らした瞬間。

 代々木公園の静寂が、音もなく「反転」した。


 レベル131の魔力が、物理法則のOSを直接上書きしていく。

 周囲を歩く通行人や喧騒が、半透明の霧のようにフェードアウトし、代わりに池の表面から、無数の青白い燐光がホタルのように舞い上がった。

 それは、通が異世界で見た「世界の境界線」――あらゆるノイズが遮断された、絶対的な静域。


「……わぁ…………」


 有栖が息を呑む。

 空には、真昼だというのに満天の星々が瞬き始め、それらが雪のようにゆっくりと二人の足元へ降り注いでいく。

 風は花の香りを運び、重力は普段の三割まで軽減され、立っているだけで浮遊感に包まれるファンタジックな空間。


「……神崎有栖。……君は、俺の帰還以来、最も安定した品質で『癒やし(エネルギー)』を供給し続けてくれた。……君の献身がなければ、俺は世界のデバッグを完遂する前に、人間としての輪郭を失っていただろう」


 通は一歩、有栖へと歩み寄った。

 その距離、わずか数センチ。


「昨日は三木部長に、組織の『権利』を与えた。……だが、君に与えるべきは、それではない」


「……トールくん……」


 有栖の大きな瞳が、星空を映して潤む。

 彼女は知っていた。三木怜が仕事を通じて彼の隣に座る資格を得たことを。自分にはそんな有能なスキルはないけれど、それでも彼のために料理を作り、彼の帰りを待ち続けることだけは誰にも負けないという矜持。


「君は、我が佐藤家、およびクラン『レギュレーター』における唯一の『アンカー(碇)』だ。……経営資源のすべてを投げ打ってでも守るべき、最も希少なアセット(宝物)だ」


 通は、有栖の頬にそっと手を添えた。

 三十二歳の精神が、かつて感じたことのないほど深い慈しみを伴って、十五歳の少女の魂にアクセスする。


「……これが、一ヶ月の激務を支えてくれた君への、中間決算ボーナスだ」


 通は、有栖の震える唇に、そっと、触れるだけの口づけを落とした。

 有栖が驚きで瞼を震わせた直後、彼は彼女の体を力強く引き寄せ、その唇を深く、抗いようのない情熱で塞いだ。


 三木怜へのキスが「契約の印」であったなら、有栖へのこれは「帰還の誓い」だった。

 重力から解放された世界で、二人の体はゆっくりと宙に浮き上がる。

 降り注ぐ星屑と、池から舞い上がる燐光の渦の中で、通は有栖の魂を丸ごと飲み込むように、長い、長いディープキスを繰り返した。


「……んっ、……ぁ、……トール……さま…………」


 有栖の肺から空気が零れ、代わりに通の圧倒的な魔力の温もりが、彼女の細胞の隅々まで満たしていく。

 それは、三木に刻んだ「通信回線」などではない。

 もっと根源的で、もっと絶対的な、通の「存在そのもの」との同期。


 数分、あるいは数時間にも感じられた静寂の抱擁の後。

 二人はゆっくりと、芝生の上に舞い降りた。


 通が唇を離すと、有栖の顔は夕焼けよりも赤く染まり、その瞳は法悦と幸福で焦点が定まらなくなっていた。

 彼女の首筋には、通の魔力が生み出した、淡い桜色の『聖域の刻印プロテクション・マーク』が刻まれている。

 それは、世界中のどんな魔物も、どんな神も、佐藤通の許可なくしては彼女に触れることすら叶わないという、最強の所有権の証明。


「……有栖。……君は、生涯俺のメイン・ベンダーだ。……他の誰に何を譲ろうと、俺の『心』という市場だけは、君が独占することを承認アプルーブする」


 通の声は、どこまでも優しく、そして絶対的な重みを持って有栖の胸に響いた。


「…………はいっ……! ……私、……一生、あなたの『リターン』になります……!」


 有栖は、涙を零しながら通の胸に飛び込んだ。

 彼女が握りしめる通のブレザーの裾。その温もりこそが、レベル131の怪物を「人間」に留めておく、唯一の鎖だった。


 幻想的な星空が、ゆっくりと四月の穏やかな陽光へと戻っていく。

 だが、二人の間に流れる空気は、もはや昨日までとは決定的に違っていた。


 通は、腕の中の小さな重みを感じながら、遠い空を見据えた。

 明日から、ビルの完成に向けた本当の戦いが始まる。

 だが、今の彼には、背負うべき「組織」と、守り抜くべき「聖域」の両方が揃っていた。


「……さて。……月曜日の朝食は、一段と豪華になりそうだな」


 通のモノクルが、幸福なバグを検出したかのように、穏やかに、そして不敵に輝いた。


 第033話:完









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