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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第030話:市場独占の最終プレゼンテーションと、統制者の『定時退社』

 


 四月十九日、金曜日。午前九時。

 渋谷代々木学園合同演習、最終日。代々木公園地下の特設演習場は、これまでにない熱気と、それ以上に重苦しい「予感」に包まれていた。


 本日のアジェンダは、各校選抜による『団体模擬戦』。

 ルールは単純だ。演習場中央に設置された「拠点」を三十分間維持するか、相手チームを全員「戦闘不能リタイア」に追い込めば勝利となる。


 だが、観客席を埋め尽くしたギルド幹部、企業スポンサー、そして世界中のメディアが見つめているのは、勝敗の行方ではない。

 彼らが注視しているのは、この三日間で探索者業界の常識レガシーを次々とデバッグしてきた漆黒の集団――クラン『レギュレーター』の「最終成果物アウトプット」だ。


「……ボス。準備、整いました」


 三木怜みき・れいが、完璧にプレスされた広報兵站部長の腕章を正し、通の隣に立った。

 彼女の背後には、会員制組織『S.G.サポーターズ・プレミアム』の少女たちが、まるで一流企業の秘書室のような静寂を保って控えている。


「全校の戦術ログ、および昨夜の独占禁止法に基づくマーケット分析は完了よ。……相手校、帝都探索者学院の勝率は――計算上、0%。……私たちの『株価』を最高値で売り抜ける準備はできているわ」


 通は左目の『深淵のモノクル』を【市場支配・フル出力】に固定した。

「……よろしい。三木部長、完璧な広報プロモーションだ。……阿部くん。聞こえるか」


「はっ! 通信良好です、ボス!!」


 最前線に立つ阿部大輝の声が、無線機越しに響く。

 漆黒の制服『アビス・カーボン』を纏った十五名の少年たちは、もはや高校生には見えない。彼らは主人の意志を執行するためだけに最適化された、冷徹な「暴力の精密機械」だった。


「本日のKPIを提示する。……『不必要な接触は最小限に』『制服の皺はゼロ』……そして、『定時(開始十分)以内でのタスク・クローズ』だ。……できるか?」


「「「御意アプルーブ!!!」」」


 十五人の唱和が演習場を震撼させた。


 対戦相手、帝都探索者学院。

 彼らはエリートとしてのプライドを賭け、最新の魔導アーマーを装備した重装歩兵陣形を展開していた。リーダーの一ノ瀬は、昨日の屈辱を晴らそうと目を血走らせている。


「佐藤通……! 貴様の化けの皮を剥いでやる! 連携だ! 物量で押し潰せ!!」


 ブザーが鳴り、試合が開始された。


 その瞬間、観客は息をすることさえ忘れた。

『レギュレーター』実行部隊――『沈黙の騎士団サイレント・オーダー』が動いたのではない。

 空間そのものが、通の意志に従って「整列」したのだ。


 阿部を先頭にした十五名が、一糸乱れぬ歩調で前進を開始する。

 それは突撃ではない。まるで一流企業の社員が、重要な商談のために会議室へ入るかのような、事務的な進軍。


「……掃討開始。第一工程」


 阿部が魔力反応警棒を抜いた。

 シュゥゥゥ……!

 青白い閃光が、ダンスのような滑らかな動きで帝都学院の防衛線を「切断」していく。

 一人が盾を弾き、二人が死角を突く。十五人が常に相互のバイタルを同期させ、一人のミスを他の十四人がコンマ秒単位でカバーする。


「な、なんだよこれ……。当たらない、攻撃が届かない……!」

「こいつら、本当に人間か!? 動きに一切の『迷い(バグ)』がない……!」


 帝都の生徒たちが、次々と地面に「置かれる」ように倒伏していく。

 それは戦闘ですらなかった。

 不具合のある商品を検品し、ラインから排除していくような、圧倒的な「品質管理クオリティ・コントロール」。


 観客席のギルド管理官たちが、震える手でモニターを凝視する。

「……見ろ。佐藤通は、一歩も動いていない。……ただ、モノクルを指で叩き、情報の奔流を指揮しているだけだ……」


 その通りだった。

 通は演習場の入り口から動かず、ただチェスの盤面を眺めるように現場を「監査」していた。

 彼の手元にあるタブレットには、阿部たちの魔力消費量、心拍数、そして相手校の「資産価値の崩落」がリアルタイムでグラフ化されている。


(解析。……帝都学院:戦闘能力の82%を喪失。……市場独占まで残り120秒。……補足:周辺のメディアの熱狂により、クラン『レギュレーター』の推定時価総額は、一部の上場企業を上回りました)


「……さて。……そろそろ仕上げだな」


 通が、初めて右手を上げた。

 その指先から、微細な雷光が走る。


「雷魔法:極位――『敵対的買収ホスタイル・テイクオーバー』」


 爆発は起きなかった。

 ただ、演習場全体を覆う魔力のフィールドが、一瞬にして通の支配色である白銀に染まった。

 帝都学院の生徒たちが保持していた魔導装備が、システムの強制書き換えによって機能を停止。

 戦う術を失ったエリートたちは、ただ圧倒的な「理」の前に、糸が切れた人形のように跪くしかなかった。


「――チェックメイトだ。業務終了クローズ


 通の声が、スピーカーを介して静かに、しかし絶対的な重みをもって響き渡った。


 演習場が、静寂に包まれる。

 そして次の瞬間、耳を聾するほどの歓声と、数万回のシャッター音が爆発した。


 時計を見れば、開始からちょうど九分五十九秒。

 通の宣言した「定時」ぴったりだった。


「……怜っち。やったよ、私たちの勝利だよ……!」

 田中理奈が興奮して叫ぶが、三木怜はモニターから目を離さなかった。


「勝ち負けなんて、最初から決まっていたわ。……見て、佐藤くんのあの背中。……世界は今、新しい『王』のローンチを観測したのよ」


 怜の瞳には、勝利の喜び以上に、自らが名付けたクランが世界を「統制」し始めたことへの、狂おしいほどの誇りが宿っていた。


 演習場を出る『レギュレーター』の面々を、メディアの奔流が飲み込もうとする。

 だが、それを遮ったのは、氷室冴香ひむろ・さえか率いる生徒会、そして神崎有栖かんざき・ありすだった。


「お疲れ様、佐藤くん。……いえ、クラン・プレジデント」

 冴香が、不敵な笑みを浮かべて通を迎えた。

「あなたの『事業計画』、完璧に遂行されたわね。……これでギルドも、あなたを無視することはできなくなったわ」


「……あ、あの、トールくん!」

 有栖が、大切そうに抱えていた風呂敷包みを差し出す。

「お疲れ様でした。……あ、……契約ランチの時間、守れましたね」


 通はモノクルの設定を【プライベート・オフモード】に切り替えると、有栖の弁当を事務的に、だがどこか優しく受け取った。


「ああ。……君の提供する『リターン』こそが、俺の活動の最大動力源エネルギーだからな。……頂戴しよう」


 有栖の顔が、一瞬で林檎のように赤くなる。

 その様子を横で見ていた三木怜みき・れいが、手帳を閉じながら通の前に進み出た。


「ボス。演習後の全行程クロージングおよびメディア対応の初期消火、完了しました。……今後のスケジュールはどうしますか?」


 通は、背後に控える阿部ら十五名の実行部隊、そして三木率いるサポーターズの少女たちを一度見渡した。

 彼らの瞳には勝利の熱が残っているが、その肉体には一週間の激務による疲労の色が確実に蓄積されている。


「――全員、注目。……これより重要な業務命令を出す」


 通の声に、その場の全員が背筋を伸ばした。


「本日をもって本プロジェクトはクローズだ。……明日からの土日、全クランメンバーは強制休養リフレッシュに入ってくれ。……武器を置き、魔力を切り、肉体と精神という名の『経営資源アセット』を完全に回復させろ」


「……えっ? 休んでいいんですか、ボス?」

 阿部が意外そうな顔を上げた。


「当然だ。オーバーワークで壊れた部下ほど、経営効率を下げるものはない。……土日は一切の業務を禁ずる。……ただし、月曜日の午前四時十五分、新宿中央公園での早朝訓練には全員遅滞なく集合だ。……以上、解散」


「「「はっ!! 了解しました、ボス!!」」」


 十五名の騎士と少女たちが、一糸乱れぬ動きで深く頭を下げる。

 それは、勝利に浮かれる子供の集団ではなく、次の「現場」を見据えたプロフェッショナルたちの返唱だった。


 三木怜が満足げに頷き、有栖を少しだけ意識しながら通に微笑んだ。

「……わかったわ、ボス。……月曜の朝、さらに価値を高めた『最高のアセット』を揃えて待っているから」


 月曜日の早朝訓練から始まった、佐藤通の「監査」の一週間。

 レベル131の元管理職は、圧倒的な武力と管理能力をもって、学園という名の小規模マーケットを完全に支配ドミナンスした。


 だが、これは始まりに過ぎない。

「レギュレーター」という名の新星は、今、現代ダンジョン社会という名の巨大なマーケットへと、その牙を剥き始めたのだ。


「……さて。……月曜の朝までは、少し『有給休暇プライベート』を楽しませてもらうとしようか」


 渋谷の空を見上げる通の瞳には、三十二歳の哀愁と、そしてこれからの世界を「管理」していく者としての、静かな野心が同居していた。







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