第028話:ベンチマークの低すぎる閾値と、効率化された「流れ作業」
四月十七日、水曜日。午前十時。
代々木公園地下、特設演習場。
「――測定不能? バカな、計器の故障か!?」
ギルドの測定班が悲鳴を上げた。
中央の演習エリアでは、他校のエリート生徒たちが、Dランク個体『マッド・サラマンダー』を相手に、数人がかりで必死の連携を見せていた。本来、高校一年生のこの時期、Dランクを無傷で処理できれば「将来のAランク候補」とまで称賛される。
だが、演習場の一角。
クラン『レギュレーター』に割り振られた「検品ライン(演習エリア)」だけは、他とは流れる時間の密度が違っていた。
「……阿部。……次だ。……納期の短縮を意識しろ」
トールは演習エリアの境界線に立ち、ストップウォッチを片手に事務的に告げた。
左目のモノクルは【工程管理モード】。
視界には、これからゲートから放出される魔物のリスポーン・タイミングが、秒単位のカウントダウンとして表示されている。
「はっ! ……レギュレーター実行部隊、一から三班、定位置! ……来るぞ!」
阿部の号令と共に、五人一組の三つのユニットが、一糸乱れぬ動きで散開した。
ゲートが開き、三体の『マッド・サラマンダー』が咆哮と共に飛び出す。
Dランク。
一般の学生から見れば、その熱い粘液は防具を溶かし、一撃でも掠めれば重傷を負う「脅威」だ。
しかし。
「――左翼、衝撃吸収。……右翼、魔力回路切断。……センター、核へのダイレクト・アクセス。……はじめ」
トールの指示が飛ぶ。
少年たちは、アビス・カーボンの漆黒を翻し、踊るように魔物の懐へと潜り込んだ。
一人が警棒でサラマンダーの顎を弾き飛ばし、その隙間に二人が交差して魔力を流し込む。
「……チェック。……デバッグ完了」
阿部が最後の一撃を警棒の先端で「置く」ように叩き込むと、魔物は断末魔すら上げられず、物理法則に則って「事務的に」霧散した。
放出から、わずか八秒。
「……なに、今の? 戦闘じゃない……まるで、工場のライン作業を見てるみたいだ……」
観客席の他校生徒が、戦慄と共に呟いた。
(解析。……Dランク個体:『マッド・サラマンダー』。……レギュレーターの現在値(平均レベル13)に対し、オーバーペック気味の『過剰品質』な処理です。……メンバーへの負荷:15%。……結論:演習素材としての価値が低すぎます)
モノクルのログを確認し、トールは小さく息を吐いた。
「……阿部くん。今の工程、魔力のロスが0.3%多い。……Dランク程度に全力を出すな。……低単価な仕事ほど、リソースを節約するのがプロの管理職だ」
「はっ!……申し訳ありません! 次工程では『省エネ・モード』を徹底します!」
阿部たちが整列し、再び次の「在庫」を待つ。
その背後では、三木怜率いる『サポーターズ・プレミアム』が、タブレットを手に冷徹な「品質管理」を行っていた。
「三号機、今の殲滅シーンのフレームレート、120fpsで固定完了。……工藤副部長、メンバーの水分保持率の推移はどう?」
怜が鋭い眼差しでモニターを睨む。
「全員グリーン。……佐藤くんのレギュレーション通りよ。……この程度の運動量なら、有栖さんの弁当を食べるまでもなく、サプリメントの補充だけで『営業継続』可能だわ」
遥が、成分配合された飲料ボトルを次々と準備していく。
その光景は、もはや「学生の演習」ではなかった。
それは、圧倒的な「経営資源(武力)」と「管理能力」を背景にした、新興クランによる圧倒的な市場介入のデモンストレーション。
一方、本部テント。
ギルド本部の管理官たちは、モニターに映し出される「レギュレーター」の異常な数値に、額の汗を拭うのも忘れていた。
「……佐藤通。……彼は、特Aランクがいないことを知っていて、あえてDランクを『流れ作業』にしているのか?」
「……いや。……彼にとっては、特AもDランクも、等しく『処理すべきタスク』に過ぎないんだ……」
管理官の予感は正しかった。
トールにとって、この合同演習は「勝つための場」ではない。
クラン『レギュレーター』の「作業効率」と「納品精度」を、世界のマーケットに知らしめるための、ただの『定期監査』に過ぎないのだ。
「……さて。……三木部長。……サポーターズの撮影は順調か」
トールが歩み寄ると、怜は一瞬だけ少女の顔に戻り、だがすぐに「広報兵站部長」の凛とした表情を再構築した。
「完璧よ、ボス。……今、SNSでは『沈黙の騎士団の工場見学』ってタグが爆速で伸びてるわ。……他校の『泥臭い戦い』との対比が、最高に私たちの価値を吊り上げている」
「……よろしい。……阿部、聞こえるか。……ギルド側が、我々の速度に追いつけず、在庫(魔物)の補充が遅れているようだ。……空いた時間は『自主トレ(残業)』に充てろ。……ただし、アビス・カーボンに皺一つ寄せるな」
「「「はいっ!! ボス!!」」」
十五人の騎士たちが、一糸乱れぬ動きで素振りを開始する。
他校の生徒たちが死に物狂いでDランクと戦う中、レギュレーターのエリアだけは、静寂と規律、そして冷徹なまでの機能美が支配していた。
特Aランクがいないのなら、この演習という名の「小規模案件」を、いかに美しく、いかに効率的にクローズさせるか。
三十二歳の元管理職による「現場の最適化」は、もはや学生という枠組みを完全に買い叩き、ギルドという既得権益の喉元に、静かな「監査」の刃を突きつけていた。




