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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第027話:魔力枯渇の市場異変と、監査役の「過剰デバッグ」

 


 四月十七日、水曜日。午前六時三十分。

 合同演習の開始を数時間後に控えた代々木公園の地下、ギルド直轄特設演習場。

 その最深部にある観測室では、数人の魔導技師たちが、計器の数値に目を剥きながら悲鳴のような報告を繰り返していた。


「……信じられない。何が起きているんだ」

「今朝の魔力密度マナ・コンセントレーション、月曜から下がり続けて……ついに底を打っています! 現在、通常の市街地とほとんど変わらないレベルまで落ち込んでいます!」


 技師たちの視線の先には、渋谷一帯の「魔力だまり」を可視化した三次元ホログラムがあった。

 本来なら、日曜日の『渋谷ダンジョン事変』の余波で、真っ赤な警告色に染まっているはずの断層フォルトが、今は不自然なほど穏やかな青色に凪いでいる。


「特Aランク個体の反応は?」 「ゼロです。日曜夜以降、渋谷・代々木エリアにおけるSランク以上の高エネルギー反応は、一度も観測されていません……。まるで、この街から『怪異』という資源が、跡形もなくデリートされたかのように……!」


 それは、ギルドの歴史において前例のない事態だった。

 魔力だまりは「自然に消える」ものではない。ましてや、日曜日にあれほどの災害級個体が出現した直後だ。通常なら連鎖的に「在庫(魔物)」が湧き出すはずの市場において、供給が完全にストップしていた。


 同じ頃、地上。

 代々木公園の遊歩道を、制服姿の佐藤通トールが一人、軽快な足取りで歩いていた。


 彼は左目の『深淵のモノクル』を、広域スキャンモードで起動させている。


(解析:渋谷代々木エリア。……環境マナ濃度:0.001CF。……敵性反応:検出不能。……補足:特Aランク以上の魔力波形、直近60時間において検知されていません)


「……おかしいな。日曜日に『マンデー・ディザスター』を処理して以降、俺は一度も手を下していないというのに」


 通は、少しだけ怪訝そうにモノクルの位置を直した。

 三十二歳の元管理職にとって、状況の変化は常に「原因」を伴うものだ。

 月曜日、火曜日、そして今日。彼はいつでも「残業(特A討伐)」に対応できるよう、スキャナーを最大出力で稼働させていた。だが、網膜に投影されるレーダーには、ノイズ一つ映らない。


「月曜日、火曜日……。これで三日連続か。特Aランクの魔力波形を一度も感知できない。……まるで、俺が日曜日にあの巨獣を屠った際、このエリアのスポーン・ロジック(発生法則)そのものを書き換えてしまったかのようだ」


 通は歩みを止め、新緑の隙間から差し込む朝陽を見上げた。

 本来、合同演習の素材として、ギルドはこのエリアに発生する高ランク個体を見込んでいたはずだ。だが、その肝心の「素材」が、トールが何もしなくても現れない。


(推定。ギルド側は本日、演習の『素材不足』により、プログラムの大幅な修正を余儀なくされるでしょう。……現在のフィールドは、あなたの存在という圧倒的な『監査』を恐れるかのように、沈黙しています)


「……平和なのはいいことだが。……マーケットの流動性がこれほど低いと、今後の事業計画(レベル上げ)に支障が出るな」


 トールは事務的に判断し、この「市場の異変」を共有すべき相手に連絡することにした。

 ポケットからスマホを取り出すと、父・一真の専用ラインを開く。


【報告:佐藤通(監査部)】

【件名:渋谷全域における魔力の希薄化について】

【内容:日曜夜の件以降、特Aランク個体の出現が完全に停止。本日現在、魔力の供給(マナ濃度)が極めて薄い。俺の方で積極的に排除しているわけではないが、このエリアの『バグ(怪異)』は一掃された状態にある。父上の戦場(エネルギー市場)において、価格高騰や需要過多のリスクに備えることを推奨する】


 数秒後。

 既読がつくと同時に、一真から返信が届いた。


『――通。お前、日曜日に一体どれほど徹底的に『根』を絶ったんだ。……まあいい。エネルギー供給が不安定になると市場がパニックになる。こちらで「渋谷エリアの安定化成功」という材料を流して、株価の調整を行っておく。演習、精を出せ』


 トールは、画面に浮かぶ父の相変わらずな経営判断に、微かな苦笑を漏らした。

 息子が現場の異常を伝え、父がそれを利益に変える。佐藤家の「垂直統合型マネジメント」は今日も健全だ。


「……さて。……特Aの在庫がないなら、今日のベンチマーク、俺は何を測定されることになるんだ?」


 トールが再び歩き出した時、背後から規律ある足音が近づいてきた。

 クラン『レギュレーター』実行部隊。阿部大輝ら十五名。

 昨日の「休息スリープ」を経て、彼らのバイタルデータは過去最高値を叩き出している。


 そして、その後方。

 三木怜が率いる「サポーターズ・プレミアム」が、完璧に統制された装備チェックを行いながら控えていた。


「おはよう、ボス。本日のコンディション、サポーターズの管理により全員パーフェクトよ」

 怜がタブレットを手に、通の隣に並ぶ。その左腕には、昨日自ら名付けた『REGULATOR』の腕章が誇らしげに輝いている。


「三木部長。……いいコンディションだ。だが、今日は予定を変更しなければならないかもしれないな」


「……えっ? どういうこと?」


「特Aがいない。……月曜から今日まで、一度も魔力を感知できなかった。……俺が日曜日に『整理』しすぎた影響か、この街のバグは現在、完全休業中だ」


 通の言葉に、隣で聞いていた阿部大輝が、戦慄と共に息を呑んだ。

 自分たちが週末に死に物狂いで挑んでいたCランクの魔物どころか、世界を震撼させる特Aランクすら、ボスの「たった一度の監査」を恐れて姿を消してしまったのだ。


「……さ、さすが佐藤さん。……存在そのものが、ダンジョンへの抑止力デバフになってる……」


「……呆れている暇はないぞ、阿部くん。敵が出ないのなら、俺たちが『敵』以上の絶望をギルドに見せつけるまでだ。……それが、クラン『レギュレーター』の最初の事業報告だ」


 通のモノクルが、怪しく七色に脈動した。

 測定不能の王者が歩く道には、もはや魔物の気配すらない。

 それは、彼が既に「現代渋谷」というマーケットを、ただ一度の介入によって完全に鎮圧ドミナンスしてしまったことの証明でもあった。


 合同演習、第一日。

 まだ誰も知らない。

 これから始まるのは「才能の競い合い」などではない。

 既にトールによって、物理的にも魔術的にも『管理』され、一掃されてしまった箱庭の中で、ギルドの大人たちが、一人の高校生がもたらした「異常なまでの平和」に翻弄されるだけの、残酷な監査の時間であることを。


「――全社、出陣コミットだ」


 通の一声。

 漆黒の騎士団レギュレーターが、誰もいない、あまりに美しすぎる「死の静寂」が支配する演習場へと、悠然と足を踏み入れた。



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