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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第024.9話:決戦前夜の強制的休息と、クラン命名の「特命事項」

 


 四月十六日、火曜日。午後四時。

 渋谷代々木学園高等部の第一グラウンドの隅にある、佐藤組の「暫定執務室」と化した資材倉庫の裏。

 西日に照らされた漆黒の制服『アビス・カーボン』を纏った十五名の少年たちは、一糸乱れぬ姿勢で、目の前に立つ一人の「高校生」を見つめていた。


「――阿部くん。三木部長。報告は以上か」


 佐藤通の冷徹な声が、夕暮れの空気に染み込む。

 左目のモノクルが、阿部たちのバイタルデータを秒単位でスキャンし続けていた。


「はっ! 本日の『戦術同期訓練』、全行程を完了しました! 全員の心拍数、魔力回復率ともに、目標値を3%上回るパフォーマンスを維持しています!」


 阿部大輝の声には、かつての不良少年の面影はない。

 昨日の実戦経験――Cランクダンジョンでの『沈黙の騎士団サイレント・オーダー』としての蹂躙が、彼らの中に「自分たちは選ばれた存在である」という、強固なプロフェッショナルとしての自意識を植え付けていた。


 通はモノクルの設定を【内部監査】から【システム・スリープ】へと切り替えた。


「よろしい。……阿部くん、諸君。今日はこれ以上、一歩も動くな」


「……えっ?」


 阿部が呆然と声を漏らす。

 明日から始まる『ギルド合同演習』。他校のエリートたちが血眼になって最終調整を行っているこの時期に、通から発せられたのは「停止」の命令だった。


「明日に備えて、今すぐ帰宅し、休息スリープしろ。……これはCEOとしての強制命令だ」


 通は一歩前に出ると、少年たちの肩を一人一人、事務的に、だが重く叩いていく。


「ビジネスにおいて、最も愚かな失敗は『ピークパフォーマンスの維持に失敗すること』だ。根性論で徹夜し、明日の本番で魔力回路をショートさせる……そんな個体は、俺の組織には必要ない」


 通の視線が、阿部を射抜く。

「いいか。君たちの今の仕事は、眠ることだ。……これは、明日という巨大な利益リターンを出すための、極めて重要な投資インベストメントだ。……以上だ、解散」


「「「はっ!! 了解しました、ボス!!」」」


 十五名の少年たちが、一斉に深々と頭を垂れる。

 彼らが去っていく背中を見送りながら、通は隣に立つ三木部長に視線を投げた。


「……さて、三木さん。君にも『特命事項』がある」


 三木は、タブレットを抱きしめたまま、通の横顔を盗み見た。

 昨夜の動画公開から今日にかけて、彼女の周囲は一変していた。

 佐藤組のメンバーたちには、廊下を歩くだけで他クラスの女子からラブレターが渡され、三木のもとには「どうすれば佐藤組を応援できるのか」という問い合わせが殺到している。

 市場価値の爆騰。佐藤組という「銘柄」のストップ高。

 だが、その震源地であるこの男だけは、相変わらず冷徹で、そして誰よりも「大人」だった。


「……なんでしょう、ボス。サポーターズの福利厚生プランなら、既に第二案まで用意してあるけれど」


「それも重要だが、今は後回しだ」


 通は、遠く代々木公園の空に浮かぶ、ダンジョンの亀裂を見上げた。


「佐藤組は、これより『クラン化』する。……既存の探索者ギルドの枠組みに縛られない、独立した法人格……いや、世界のルールを再定義する『組織』へと昇格させる」


 三木の心臓が、ドクンと跳ね上がった。

 クラン。それは探索者たちの「共同体」であり、現代社会における最強の「ギルド内企業」だ。


「昨夜の反響で、加入希望者アセットは十二分に集まった。……だが、『佐藤組』という名称は、マーケットへの浸透度(ブランド力)に欠ける。……あまりにもローカルで、かつ泥臭すぎる」


 通が、モノクル越しに三木の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「三木さん。君の広報・ブランディング能力に、この組織の未来を全権委任デリゲートする。……このクランに、ステキな名前をつけてやってくれ」


「……え、私、が?」


「そうだ。俺が『暴力』と『管理』を担当するなら、君は『意味』と『美』を担当しろ。……君が名付けたブランドを、俺が世界最強の価値バリューにまで引き上げてみせる」


 通の言葉は、告白よりも甘く、そして契約書よりも重く三木の魂に突き刺さった。


「……納期は?」


 三木は、震える声を必死に抑えて問い返した。


「明日の合同演習、第1工程の開始までだ。……全校生徒、そしてギルドの関係者の前で、君の選んだ名前を『プレスリリース』する」


「……っ、了解したわ。……死ぬ気で、あなたに相応しい名前を『発掘マイニング』してあげる」


 三木はそう言い残すと、通に背を向け、逃げるように走り去った。

 夕暮れの廊下を走りながら、彼女の頭の中は、既に数万のワードと、通の冷徹な瞳、そして彼が作り出そうとしている「完璧な秩序」のイメージで埋め尽くされていた。


 その夜、三木は自室のデスクで、華乃とビデオ通話を行っていた。


「ねぇ、華乃ちゃん! お兄ちゃん……ボスが、私に名前を付けてって……!」


「あはは! 三木さん、顔が真っ赤だよ。……でも、お兄ちゃんがそんなこと言うなんて、三木さんのこと、よっぽど信頼してるんだね。……お兄ちゃんにとって『名前』は『支配のコード』だから」


 華乃の言葉に、三木は唇を噛む。

「支配のコード……。ええ、分かっているわ。……『佐藤組』という泥臭い殻をデバッグして、世界中がひれ伏すような、それでいて誰もがその一員になりたいと願うような……究極のシンボルを創るの」


 三木はノートに書き殴った数多の名前を眺めた。

『エビデンス(証拠)』。

『アセット(資産)』。

『オーディター(監査役)』。

 どれも通らしいが、何かが足りない。


(佐藤くんが欲しいのは、暴力じゃない。……彼は、この混沌としたダンジョン時代に、絶対的な『規律』と『平穏』をもたらそうとしている……)


 三木は、通が時折見せる、遠い空を見つめる寂しげな瞳を思い出した。

 三十二歳の魂。十五歳の体。

 二つの時代を繋ぎ、破壊を管理へと変える、孤高の管理者。


(……なら。名前は、一つしかないわ)


 三木のペンが、ノートの最後の一行に、力強くその言葉を刻んだ。


 翌朝、水曜日。合同演習、第一日。

 会場である特設演習場の観客席は、既に他校の生徒やメディア、ギルド関係者で埋め尽くされていた。


「――注目!! 代々木学園、佐藤通、前へ!!」


 ギルドの管理官の呼びかけに、通が静かに歩を進める。

 その後ろには、阿部たち十五名の『沈黙の騎士団』。そして、サポーターズの少女たち。


 通がステージに立った瞬間、三木がステージの下から、通に目配せを送った。

 彼女の瞳には、一徹の迷いもない。


 通はマイクを手に取ると、モノクルの輝きを最大に解放した。

 その圧倒的な威圧感プレゼンスに、会場全体が静まり返る。


「……本日、この場を借りて、我が組織の正式なローンチを宣言する」


 通の声が、スピーカーを震わせ、全世界へと配信されていく。


「俺たちは、もはや単なる学生の集まりではない。……これより、我々は以下のクラン名をもって、世界の『デバッグ』を開始する」


 通が、三木を指し示した。

 三木は凛とした姿勢で立ち上がり、手元のタブレットから会場の巨大モニターへ、一筋のロゴを転送した。


 漆黒の背景に、銀色のモノクルを模したエンブレム。

 そして、その下に刻まれた文字。


「クラン名は――『レギュレーター(REGULATOR)』」


 三木の声が、澄み渡るように響いた。


「意味は、統制者。……無秩序な力を監査し、世界のバグを正し、新たな『ことわり』を制定する。……それが、私たちの使命よ」


 会場が、静寂に包まれる。

 そして次の瞬間、地鳴りのような歓声と、シャッター音が爆発した。


(個体名:三木。……命名を承認。……クラン『レギュレーター』、設立完了。……市場独占まで、残り工程:3)


 通は微かに口角を上げた。

「……さて。……諸君。……仕事の時間だ」


 月曜日の早朝訓練。火曜日の休息。

 全ては、この瞬間のために。

 レベル131の元管理職による、世界市場ワールド・マーケットへの『敵対的買収』が、いよいよ本稼働を開始した。


 第024.9話:完









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