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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第019.5話:桃色の決意と、週末の予約(アジェンダ)

 


 その日、私の世界は一度死んで、そして彼に拾われた。


 四月初旬の代々木公園。噴水の水しぶきが赤く染まり、緑色の化け物が笑っていたあの地獄。腰を抜かし、ただ死を待つしかなかった私の前に、一人の背中が立っていた。

 制服の袖を捲り、鉄パイプ一本で化け物の首を事務的に叩き潰していく後ろ姿。

 左目から溢れる、恐ろしくも美しい七色の光。


「……静かにしろ。聞きたいことがある」


 冷たくて、重くて、でもどこか懐かしくて、私の震える心臓をギュッと掴んで離さない声。

 十五歳の少年のはずなのに、その瞳には数万の夜を越えてきたような深い孤独と、圧倒的な「大人の余裕」が宿っていた。

 私を助けた後、彼は名乗りもせず、ただ夜の闇に溶けるように消えてしまった。


 それが、私と『佐藤くん』の、本当の出会い。


「あ、の……佐藤、くん……?」


 高校の入学式。教室の隅、一番後ろの席に座る彼を見つけた時、心臓が爆発するかと思った。

 銀色のフレームのモノクル。窓から差し込む春の陽光。昨日までの「冴えない彼」の面影はどこにもなくて、彼はまるで異世界から迷い込んだ若き王様のように見えた。


 正式に彼が転校してきたあの日から、私の日常は一変した。

 でも、彼は私のことを覚えていないふりをした。

 それどころか、クラスの女子たちが黄色い声を上げる中で、彼は一人だけ、透明な壁の向こう側にいるみたいに静かだった。

 モノクルの奥で、彼はいつも誰にも見えない何かを計算している。

 授業中も、休み時間も。


(……ねえ、佐藤くん。あなたの見ている世界に、私は一ミリでも映っているのかな?)


 私は怖かった。彼がいつか、あの夜みたいに「亡霊」になって、どこか遠い場所へ行ってしまうことが。

 だから私は、勇気を振り絞った。

 彼が一番「人間」でいてくれる時間。それは、きっとご飯を食べている時だと思ったから。


「……これ、もしよかったら……食べて」


 初めて屋上で二人きりになった日。私の作った卵焼きを一口食べて、彼は「美味しい」と言ってくれた。

 たったそれだけの言葉で、私の視界は虹色に輝いた。


 でも、彼は私を突き放した。

「俺は君たちの理解を超えた存在だ」

「ペットのように飼い慣らすには、君の力量は足りない」

 モノクルの奥の瞳が、氷のように冷たく私を射抜く。


 泣きそうだった。心臓が痛くて、震えが止まらなかった。

 でも、私は知っている。あの夜、私の前に立ってくれた彼の背中が、どれほど温かくて、どれほど孤独だったかを。


「飼い慣らしたいなんて思ってない……!」


 私は叫んでいた。

「あなたが怪物になっても、神様になっても……。あなたが『人間』として帰ってこれる場所を、守っていたいの!」


 私の必死の言葉に、彼のモノクルが揺れた。

 あんなに冷たかった彼の瞳に、初めて「迷い」のような色が浮かんで。

 そして、彼は少しだけ困ったように、でも優しく私の頭をポンと叩いた。


「……降参だ。君には、勝てそうにないな」


 その瞬間、私は彼にとっての『メイン・ベンダー』――彼だけの特別な居場所になる権利を手に入れた。

 トールくんが言ったその不思議な言葉。

 意味はよくわからないけど、「あなたが一番」って言ってくれたんだと信じてる。


 そして、激動の金曜日。


 お昼休み。クラスの女子たちが「コンペティション」なんて難しい言葉で、トールくんへのアプローチを強めていた。三木さんたちが持ってくるお洒落なカフェ弁当。私、負けたくなくて、今朝は四時に起きてローストビーフを仕込んだ。


「……神崎さん。これはもはや『提供』ではなく『共創コ・クリエイション』だ」


 トールくんのその言葉を聞いた時、私は嬉しくて、床にしゃがみ込んで泣いてしまった。

 私の作ったご飯が、彼の「魂」の市場で独占契約を勝ち取ったんだ。


 でも、午後の放課後。

 トールくんが氷室先輩に呼び出されたと聞いた時、私はまた不安になった。

 生徒会室へ連行される彼の後ろを、私は必死についていった。

 そこで見たのは、大人たちを言葉だけでねじ伏せる、圧倒的な「経営者」としてのトールくんの姿。

 私を守るために、ギルドの人たちを睨みつける彼の横顔に、私はまた何度目かの恋をした。


「……佐藤くん」


 放課後、生徒会室からの帰り道。夕暮れに染まる廊下。

 トールくんは、私の不安を消し去るように、そっと手を握ってくれた。


「……怖がらせて悪かったな、有栖」


「……トールくん」


 その大きな手に包まれていると、彼が誰も寄せ付けないほどに強くて、底知れない力を持った人なんだってこと、忘れてしまいそうになる。

 私は、ギュッと彼の制服の袖を掴み直した。

 今、言わなきゃ。

 来週からは「合同演習」が始まって、彼はもっと忙しくなって、もっと遠くへ行ってしまうかもしれないから。


「あのね、トールくん。……明日の土曜日……ううん、日曜日でもいいんだけど」


 私の声が、緊張で震える。

 夕陽がモノクルの銀縁に反射して、彼の表情は見えない。


「……今度の土日。……私に、渋谷の街を案内してほしいな。……二人きりで」


 心臓が喉から飛び出しそうだった。

 これは、メイン・ベンダーとしての『定例会議』じゃない。

 私という女の子から、佐藤通という男の子への、精一杯の「お願い」。


 トールくんは、立ち止まった。

 長い沈黙。

(……やっぱり、無理かな。忙しいよね。特Aの魔物とか、お父さんのお仕事とか……)


 不安で押しつぶされそうになったその時。


「……渋谷の街か。……あいにく、俺は数日前に『入社』したばかりの新人ニュービーでね。案内どころか、こっちが教わりたいくらいだが」


 トールくんが、モノクルを外した。

 七色の虹彩が、夕暮れの赤色と混ざり合って、見たこともないほど優しく光る。


「……いいだろう。アジェンダに追加しておこう。……ただし、俺の『休日出勤』は高くつくぞ。……お昼は、君の『スペシャル・メニュー』を期待してもいいかな?」


「……っ! うん! もちろん! デザートも、おやつも、トールくんがびっくりするくらい美味しいもの、たくさん持っていくね!」


 私は、嬉しくて、その場でぴょんぴょんと跳ねてしまった。

「やったぁ!」という叫び声が、誰もいない廊下に響く。


 トールくんは、そんな私を見て、呆れたように、でも愛おしそうにクスクスと笑った。


「……やれやれ。……特Aランクの討伐より、君との『デート』という名のミッションの方が、よっぽど予測不能バグだらけになりそうだ」


「もう! バグなんて言わないでよ! ……大好き、トールくん!」


 私は彼の腕に、思いっきりしがみついた。

 夕闇が迫る渋谷の街。

 どこかで魔物が鳴き、誰かが世界のために戦っている。

 でも、今の私にとっては。

 この温かな制服の感触と、週末の約束。

 それだけが、世界で一番大切で、一番ファンタスティックな『真実』だった。


【現在の有栖視点:佐藤通との初デート(週末)の確約をゲット。メインベンダーとしての地位を盤石に。……今夜は眠れそうにない】









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