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渋谷ダンジョン事変。レベル130で帰還した元中間管理職、無能なギルドを『デバッグ』して現代社会を経営する 〜女子高生の弁当は経費で落とし、不良はOJTで精鋭騎士団へ〜  作者: トール
第一章:統制者の創業と、渋谷ダンジョンのデフラグメンテーション

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第019.3話:銀翼の残像と、深夜の監査(プレビュー)

 


 四月十三日、土曜日。午後十時。

 外界では、昨日放流された『震天の巨神』の動画が累計15億再生を突破し、国連の安全保障理事会が緊急会合を開くという未曾有の事態に発展していた。


 だが、その狂騒の震源地である佐藤家のリビングは、カーテンを閉め切り、最低限の照明だけで保たれた「秘密の編集室」と化していた。


「……お兄ちゃん、これ。今朝の『銀龍』の未編集ローデータ。……正直、ヤバすぎて手が震えるんだけど」


 華乃がタブレットの操作パネルを叩くと、空中に三枚の仮想モニターが展開された。

 そこに映し出されたのは、新宿の地下断層に君臨する『銀翼の覇者』。銀色の鱗が魔力を反射し、四つの翼が空間を歪ませるその姿は、生物というよりは「完成された神話の具現」だった。


 通はソファに深く腰掛け、左目のモノクルを『動画監査モード』で起動させた。


「……分析を開始しろ、OS。……視聴者の『絶望感』と『神格化』を最大化しつつ、こちらの個人情報を100%秘匿する構成案を提示しろ」


(了解。……現在、世界中の諜報機関が『雷の指向性』と『空中歩法の歩幅』から、あなたの体格と魔力波形を逆算しようとしています。……今回の動画では、意図的な『情報ノイズ』の混入を推奨します)


「……よし。華乃、まずは冒頭の三秒だ。この龍が吠えるシーン、あえて無音ミュートにしろ」


「えっ、なんで? この咆哮、スピーカーが割れるくらいの迫力なのに!」


 華乃が驚いて顔を上げる。通はモノクルのレンズを指先で回し、冷徹な「大人の視点」で答えた。


「咆哮の音圧から、地下空間の容積と壁の材質が特定される。そこから新宿の地下座標を割り出されるのは時間の問題だ。……音を消し、代わりに『高周波の電子ノイズ』を被せろ。視聴者には『あまりの魔力にマイクが耐えきれなかった』と錯覚させればいい。不完全さこそが、情報の信憑性を高める」


「……うわぁ、エグい。お兄ちゃん、本当にもう『サラリーマン』とかのレベルじゃないよね。……了解、音響の偽装マスキング完了」


 編集は、ミリ単位の攻防だった。

 通が指示するのは、単なる「カッコよさ」ではない。

 どの角度なら顔が映らないか。どの魔法なら実力を悟られないか。

 三十二歳の精神が持つ「リスクヘッジ」の極致が、映像の一コマ一コマに注ぎ込まれていく。


「……ここだ。この『雷魔法:万雷の剣』が放たれる瞬間。……雷光の輝度を200%上げろ。画面全体を白飛び(ホワイトアウト)させるんだ」


「えーっ! そこが一番のクライマックス(見どころ)じゃん! 龍の翼が斬れる瞬間、超鮮明に映ってるよ!?」


「見せすぎれば、それは『理解可能な技術』になる。……見せないことで、それは『神の裁き』へと昇華されるんだ。……華乃。大衆は真実が見たいんじゃない。自分たちの常識を超えた『神秘』に跪きたいだけなんだよ」


 通のモノクルの奥、七色の瞳が怪しく光る。

 その言葉は、かつて異世界で魔王軍を統率し、人々に「畏怖」という名の秩序を叩き込んだ王としての言葉だった。


 華乃は溜息を吐きながらも、兄の放つ圧倒的な説得力に従った。

 彼女の指先が、エフェクトのパラメータを操作していく。

 画面の中で、銀龍の巨躯が眩い光に包まれ、次の瞬間には「美しい銀色の塵」へと変わる。

 それは、凄惨な殺戮ではなく、穢れを清めるような、幻想的な「消滅」の風景へと書き換えられた。


(個体名:佐藤通。……映像構成案を承認。……推定バズり期待値:計測不能。……補足:この映像は、人類に『もはや対抗しようという意志』すら失わせる、究極の精神的武装解除デモラリゼーション兵器となります)


「……それでいい。……華乃。最後に、この動画のメタデータに細工をしろ。……撮影日は『十年前』、発信元は『南極』に偽装しろ。……情報の非対称性をさらに加速させるんだ」


「……あはは、もう無茶苦茶だよお兄ちゃん。……でも、やってみる。……これで、よし。……公開パブリッシュの準備、できたよ」


 午後十一時。

 週末の夜。世界中の人々がスマホを片手に「次なる亡霊の出現」を待ち望んでいた、その瞬間。


『Deep_Shibuya_Archive』が、二つ目の爆弾を投下した。


 タイトルはなし。

 説明文もなし。

 ただ一言、ハッシュタグに『#Audit_Result(監査結果)』とだけ記された、十五秒の動画。


 一分後。

 地球上のインターネット・トラフィックが、臨界点に達した。


「……一万、十万、百万……。ああ、もう数字がバグっちゃった」


 華乃がスマホを放り投げ、ソファに倒れ込んだ。

 画面には、秒間数万件のペースで書き込まれる、世界中の言語による「絶望」と「狂熱」のコメントが溢れていた。


『銀翼の覇者……あれ、神話に出てくる龍だぞ? 探索者ギルドが「観測すら不可能」って言ってたSSS級だぞ!?』

『雷じゃない。あんなの、神の指先だ……』

『見たか? 最後、龍が笑って消えていったように見えた。……あれは殺されたんじゃない。許されたんだ』

『Ghost of Shibuya……。彼はこの世界の「監査役」なのか?』


(個体名:佐藤通。……バイラル・マーケティング、完全な成功。……各国のギルド本部で、あなたを「災害指定」にするか「信仰対象」にするかの激論が始まっています。……あなたのブランド価値は、もはや国家予算を超過しました)


「……想定内だ。……さて。華乃、仕事は終わりだ。もう寝ろ」


 通は冷静にタブレットの電源を落とした。

 世界がどれほど揺れようとも、彼にとっては「週明けの合同演習」を円滑に進めるための、事前の『環境整備』に過ぎない。


「お兄ちゃん……。本当、たまには普通の高校生してよ。……有栖ちゃんが可哀想になっちゃうよ」


 華乃が欠伸をしながら、階段を上がっていく。

 通は一人、静かになったリビングで、左目のモノクルを外した。

 窓の外には、静まり返った渋谷の街。

 だが、その地下には、通が作り上げた「最強の部隊」と、彼が選んだ「最強の装備」が、月曜日の朝を待って静かに息を潜めている。


「……普通の高校生、か」


 通は、今日有栖から届いた『明日のデート、楽しみにしてるね!』という、あまりにも無防備で、あまりにも愛らしいメッセージを思い出した。


「……あいにく、俺は『普通』という名のバグを修正する側に回ってしまったんでね。……せめて明日だけは、君の期待という名のKPI(目標)を達成してやるとしよう」


 通の唇に、今日初めての、本当に微かな笑みが浮かんだ。

 明日、日曜日。

 代々木公園で待ち受けるのは、特Aランクの怪異よりも予測不能な「初デート」という名のミッションだ。


 最強の帰還者の、束の間の週末。

 夜は更け、世界は彼の作り出した「幻」に酔いしれながら、静かに、しかし決定的に変質し続けていた。


【現在の佐藤通:レベル131。『銀翼の覇者』討伐動画を公開。人類に「畏怖」を刻み込み、自らの神格化を加速させる。……日曜日の有栖とのデートに向けて、メンタル・デバッグを開始】









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