第016話:生徒会室の強権と、十五歳の執行役員
「失礼する。……小テストの最中に呼び出すとは、よほど『納期』が差し迫っているようだな」
渋谷代々木学園高等部、最上階。
防音加工が施された重厚なマホガニーの扉を開け、佐藤通は悠然と足を踏み入れた。
その横では、神崎有栖が緊張で顔を強張らせ、通のブレザーの袖を固く握りしめている。
室内には、生徒会長・氷室冴香だけではなかった。
応接用のソファには、高級なスーツを隙なく着こなした二人の男が座っている。その胸元に輝くのは、探索者ギルド本部の『特捜監察官』を示す銀のバッジ。
(個体名:氷室冴香。精神状態:警戒。……および、ギルド本部監査員二名。推定レベル:45および48。……彼らの視線は、あなたの『資産価値』を値踏みしています)
左目のモノクルが、室内の不穏な魔力波形を瞬時に解析する。
「……来たわね、佐藤くん。それに神崎さんも」
冴香が机から立ち上がり、冷徹な美貌をこちらに向けた。
彼女の手元にあるタブレットには、昨晩SNSを激震させた、正体不明の『渋谷の亡霊』が特Aランク『虚空の番犬』を蹂躙する鮮明な映像が停止状態で映し出されている。
「紹介するわ。こちらは探索者ギルド本部の管理官よ。昨晩拡散された……いいえ、ここ数日の『正体不明の亡霊』による異常な討伐案件について、あなたに直接確認したいことがあるそうよ」
管理官の一人、剥げ上がった頭に冷酷な瞳を持つ男が、通を上から下まで眺め回した。
「佐藤通。レベル10。……データ上は、覚醒したばかりの有象無象だ。だが、例の動画のハッシュ値を解析した結果、撮影場所とアップロードの起点座標が、お前の自宅周辺と極めて近いことが特定された。……これをどう説明する?」
有栖が、小さく悲鳴を上げた。
ギルドの権力。それはこのCF社会において、警察や軍をも凌駕する絶対的な法だ。
だが、通は鼻で笑った。
「説明? 必要なのは説明ではなく、適切な『手続き』だと思うがね」
通は、有栖を庇うように一歩前に出ると、モノクルの位置を直した。
「起点座標が自宅周辺? それがどうした。近所の誰かが撮影したという可能性を、君たちは論理的に排除したのか? それとも、ギルドは確たる証拠もなく、一介の高校生を強制連行するほど『コンプライアンス』が欠如しているのか?」
「貴様……!」
管理官が身を乗り出す。だが、通の瞳に宿る、数万の修羅場を越えてきた「王」の威圧感に、彼は言葉を詰まらせた。
「佐藤くん、言葉に気をつけなさい。彼らはギルド本部の……」
「会長。……ビジネスの場において、階級や肩書きは二次的な要素だ。重要なのは、互いに何を提示できるか、だろう?」
通は、管理官の前のソファに、許可も得ずにどっかりと腰を下ろした。
十五歳の少年の身体。だが、その醸し出す空気は、百戦錬磨のCEOそのものだ。
「単刀直入に言おう。君たちは、拡散された動画の主が俺だと疑っている。そして、その『制御不能な力』をギルドの管理下に置き、安価な労働力(強制徴用)として利用したい。……違うか?」
「……フン、話が早い。そうだ、佐藤通。レベル10という数値が偽装であろうとなかろうと、お前には『説明責任』がある。もし協力を拒むなら、ギルドは君のライセンスを剥奪し、資産を凍結することもできるんだぞ」
露骨な脅迫。
有栖の手が震える。
だが、通はモノクルの奥で、冷徹な「商談」の結末を描いていた。
「資産凍結、か。……やってみるといい。ただし、そうなれば今後も続くであろう『清掃作業』は二度と行われない。渋谷の地下に特Aが湧き、街が壊滅しても、俺は『定時』で帰らせてもらうが……その際の損害賠償(PL責任)、君たちが負えるのか?」
「なっ……!?」
「親父……佐藤一真の会社、アーク・フュージョンも黙ってはいないだろう。特Aランクの魔石供給が止れば、CFエネルギーの価格は暴騰し、ギルドの支持率は一晩で失墜する。……これは交渉ではなく、忠告だ」
通の言葉は、完璧な理論武装だった。
32歳の精神が持つ、社会の仕組みを熟知した「大人の戦い方」。
力で押し切るのではなく、相手の『損失』を最大化させることで、優位に立つ。
冴香は、そのやり取りを呆然と見つめていた。
彼女が知る「高校生の争い」ではない。これは、国家間の外交か、巨大企業同士の合併交渉に近い。
「……管理官。彼の言うことにも一理あるわ。……佐藤くん。私たちも、あなたを敵に回したいわけじゃない。……来週、本校で行われる『全校合同ダンジョン演習』。そこに、外部アドバイザーとして同行してくれないかしら」
冴香が、苦肉の策として「妥協案」を提示した。
「アドバイザー? ……実質的なボディガード、ということか」
「そう。ギルド側も、あなたが公式に『協力』しているという形さえあれば、今のところは追求を控えると約束してくれたわ。……どうかしら?」
(解析。氷室冴香の提案:本心です。……彼女はあなたの力を利用しつつも、ギルドの手からあなたを守ろうとしています。好感度:ERROR。……ライバル心と、奇妙な『所有欲』が混在しています)
通は、モノクルの度数を戻すと、ゆっくりと立ち上がった。
「いいだろう。……ただし、俺の『残業代』は高くつくぞ。……それから、神崎さんの安全は俺が保証する。ギルドが彼女の身辺を嗅ぎ回るような真似をすれば……その時は、渋谷の街ではなく、ギルド本部を『デバッグ』することになる」
通の瞳が、一瞬だけ七色に爆発した。
管理官二人が、椅子から転げ落ちるほどの衝撃。
それは、レベル131の威圧感を、彼らの脳に直接叩き込んだ「警告」だった。
「……商談成立だ。行こう、有栖。……もうすぐお昼休みだ。君の弁当の『監査』の方が、この部屋の空気よりよっぽど重要だからな」
通は、呆然とする大人たちと、震えながらも熱い視線を送る冴香を背に、有栖を連れて生徒会室を後にした。
廊下に出た瞬間、有栖が深いため息を漏らした。
「……佐藤くん、すごかった……。あの怖い人たちを、あんな風に……」
「……慣れているだけだ。……有栖、怖がらせて悪かったな」
通は、彼女の頭をポンと叩くと、少しだけ優しい笑みを浮かべた。
「さて、次は小テストの『結果発表』という名の、さらに退屈な業務が待っている。……気合を入れ直すとしよう」
最強の帰還者の、学園と組織を股にかけた綱渡り。
彼は、自ら制定した「レギュレーション」を守るため、それ以上に大切な「日常」を死守するために、世界という巨大なシステムを強引に書き換えようとしていた。
【現在の佐藤通:レベル131。ギルド本部への『警告』を完了。来週の『合同ダンジョン演習』への同行を承諾。……有栖へのフォローも完璧】




