第014話:情報の非対称性と、拡散される蹂躙
4月11日木曜日
「……よし、ここだ。この0.2秒をカットしろ。フレーム単位でな」
午後八時三十分。一日の戦いと『業務』を終えた静寂の夜。佐藤家のリビングは、さながら高度な映像編集スタジオの様相を呈していた。
通は自室から持ち出したタブレットを操作し、妹の華乃と共に、今日の早朝に撮影されたばかりの『虚空の番犬』討伐映像の監査を行っていた。
「えー、お兄ちゃん厳しすぎ! この雷がドーンって落ちる瞬間、スローで見せた方が絶対バズるって!」
「却下だ。雷魔法の指向性から、俺の固有魔力波形が解析されるリスクがある。0.5秒だけ残して、後はホワイトアウトで処理しろ」
通のモノクルが青白く脈動し、無線接続されたタブレットの映像データを直接書き換えていく。
三十二歳の精神を持つ通にとって、情報は「弾丸」であると同時に「火種」だ。不用意な露出は、ギルドの過度な介入や、海外勢力のスパイを呼び寄せることに直結する。
「……阿部たちとの訓練シーンは?」
「それは全カットだ。あいつらはまだ『在庫』の一部に過ぎない。外部にその存在を知られるのは時期尚早だ。あくまで、正体不明の『渋谷の亡霊』が特Aランクを蹂躙するシーンのみを切り出せ」
通の監査は冷徹だった。
背景に映り込んだ渋谷ストリームの特定可能な構造物はすべて幾何学的なノイズで隠蔽し、音声も超低域の環境音以外はカット。
完成したのは、わずか十五秒の動画。
しかしそこには、現代最高峰の探索者ですら数時間がかりで挑む絶望的な怪物が、瞬き一つの間に「消滅」する絶望的な実力差が記録されていた。
「……できた。これ、本当にアップしていいんだよね? お兄ちゃんの顔、全然映ってないけど、この背中だけで女子が死にそう……」
華乃が興奮で指を震わせながら、投稿ボタンに手をかける。
「ああ。アカウント名は『Deep_Shibuya_Archive』にしろ。公式の声明ではなく、あくまで『匿名の目撃者によるリーク』という体裁を維持しろ。情報の出所を曖昧にすることで、市場の飢餓感を煽る(ティーザー効果だ)」
「了解! ……ポチッとな!」
午後八時五十分。
一通の短い動画が、世界最大の動画プラットフォームとSNSに放流された。
その直後、世界は「静止」し、そして「爆発」した。
投稿からわずか三分。
再生回数は瞬く間に一万を超え、五分後には十万、十分後には百万という異常な速度でカウンタが回り始めた。
「……嘘、サーバーが重い! お兄ちゃん、トレンド一位! 日本だけじゃない、全世界でトレンド入りした!!」
華乃が絶叫する。
スマホの画面には、凄まじい勢いで書き込まれるコメントの濁流が映し出されていた。
『これマジか!? ヴォイド・ハウンドだぞ? ギルドの精鋭部隊が三日前に撤退したあいつだろ!?』
『CGだと言ってくれ。人間の放つ雷じゃない。これは天災だ』
『誰だ、この黒いコートの男は? 渋谷事変の時の「モノクルの少年」と同一人物か?』
『Ghost of Shibuya(渋谷の亡霊)……。彼が現れる場所、常に特Aランクが消滅している』
(個体名:佐藤通。……拡散状況を分析。バイラル・ループが正常に機能しています。……世界中の情報機関、およびギルド上層部が本映像の解析を開始。……あなたの『神秘性』という名のブランド価値が、現在進行形でストップ高を更新しています)
「……予定通りだ。情報の非対称性(自分だけが真実を知っている状態)は、最大の防御壁になる」
通は、夕食の最後の一口を片付けると、冷静に立ち上がった。
父・一真は、既にその映像を自社の広報戦略に組み込むべく、タブレットを片手に無言で書斎へと消えていた。その背中には、「いい仕事をしたが、明日の後始末が大変だぞ」という無言のプレッシャーが漂っていた。
「さて、明日に備えて寝るか。……華乃、これ以上のリプライには反応するな。放置こそが最強のプロモーションだ」
「わかってるって! あー、もう、私の兄貴が世界を壊しちゃってるよ……」




