第013話:昼休みの市場開放と、ランチ・レギュレーションの制定
4月11日木曜日
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った瞬間、渋谷代々木学園高等部1年B組の教室は、戦場から「経営戦略会議」の会場へと変貌した。
昨日までのような無秩序な殺到はない。
教室内では、阿部大輝率いる男子生徒連合――通称『佐藤組』の面々が、無言で机を下げ、中央に巨大な「円卓」を作り上げていた。彼らの動きは、今朝の訓練で叩き込まれた軍隊のような規律、そして『ボスの昼休みを汚させない』という強固な意志に満ちている。
「……佐藤さん。設営、完了しました」
阿部が鋭い敬礼と共に報告する。
通は、自席でノートを閉じると、モノクルの度数を「交渉・監査モード」へと切り替えた。
「ご苦労、阿部くん。……では、ステークホルダー諸君。集まってもらおうか」
通の言葉に応じ、弁当を抱えた女子生徒たちが、緊張した面持ちで円卓を囲んだ。その中心、通の右隣には、既に「不動のメイン・ベンダー」としての地位を確立しつつある神崎有栖が座っている。
だが、通のモノクルは、彼女たちが抱える弁当の中身だけでなく、その「背景」にある懸念事項を鋭く察知していた。
(個体名:佐藤通。……解析。女子生徒たちの平均所持金が、弁当の材料費によって圧迫されています。……補足:このままでは、一部の生徒が不足する資金を補うため、学外での『不適切な資金調達(パパ活等)』に走るリスクが12%を突破。……これは重大なコンプライアンス違反です)
「……わかっている。健全な運営こそが、組織の持続可能性を担保するからな」
通は、集まった女子たちを見渡し、静かに口を開いた。
「諸君。まず、昨日までのプレゼンテーションは素晴らしかった。だが、今のままでは非効率であり、何より『不健全』だ。女子高生という身分で、これほど高価な食材を揃えるのは、家計を圧迫しすぎる」
「……佐藤くん、それは私たちが勝手にやってることだから……」
三木が反論しかけるが、通はモノクル越しに彼女を射抜くような視線で黙らせた。
「甘い。無理な投資は、必ずどこかで綻びを生む。資金繰りに行き詰まった者が、安易な方法で小銭を稼ごうとする……そんな事態になれば、俺の『ランチ・ミッション』は汚れる。俺が求めているのは、君たちの破滅ではなく、Win-Winの協力関係だ」
通は、阿部に命じて、新たに改訂された『基本合意書』のプリントを配布させた。
【佐藤通ランチ・レギュレーション(STLR)第1版・改訂版】
メイン・ベンダーの独占契約権:
神崎有栖を「専属ベンダー」として認定する。
サイド・ディッシュの自由競争枠:
副菜、デザートに関しては週替わり持ち回り制とする。
運営資金の完全提供(予算制度):
材料費および調理に関わる経費は、すべて佐藤通が負担する。女子生徒が自腹を切ることは一切禁ずる。
エビデンス(証拠)提出の義務:
食材の購入に使用した「レシート」および「領収書」を必ず保管し、食後、佐藤組の会計担当に提出すること。
コンプライアンス違反の厳罰化:
学外での不適切なアルバイト、パパ活等の疑惑が浮上した個体は、即座に契約解除(出入り禁止)とする。
「……えっ、お金……出してくれるの?」
有栖が驚いて目を見開く。通は、インベントリから取り出した厚みのある封筒――今朝、親父への手土産で得たボーナスのごく一部だ――を阿部に預けた。
「ここに、当面の『運営資金』がある。阿部くん、君たちが会計監査を行え。レシート一枚、一円の狂いも許すな。エビデンスのない支出は認めない」
「了解しました、佐藤さん! 徹底した経費管理を行います!」
阿部たちの表情が引き締まる。彼らにとって、これは単なるパシリではない。ボスの資産を管理し、女子たちの財務状況を守るという、非常に重要な「任務」だ。
「……有栖。君もだ。高級和牛を使うのは構わないが、その分は俺のポケットマネーから落とせ。いいか、俺をどうしたいか、と言ったのは君だろう。なら、俺の管理に従え」
通が、有栖の耳元で低く、だが有無を言わせぬ響きで告げる。
その声に、有栖の顔は一瞬で真っ赤に染まった。
「……はい。わかりました、佐藤くん。……じゃなかった、トール様」
「……様はよせ」
通は溜息を吐きながらも、有栖が広げた重箱に箸を伸ばした。
今日の時雨煮は、昨日以上に味が染み込んでいる。
(解析:神崎有栖・メイン提供品。……本日の材料費:3,800円。……レシートの存在を確認。……好感度:ERROR。……補足:彼女は『お金を貰ったことで、公認の家政婦(あるいは妻)になった』と激しく誤解しています)
「…………」
通は、わざと解析結果を無視し、無心で時雨煮を咀嚼した。
「三木さん。君のマカロンも、領収書を出せば経費で落とす。ただし、原価率と満足度のバランスは厳しくチェックさせてもらうぞ」
「は、はい! 最高のコスパとパフォーマンスを目指します!」
三木も、やる気に満ちた顔で頷いた。
これによって、女子たちは「お金の心配」をすることなく、通への「愛の創意工夫」に全リソースを注ぎ込めるようになった。
一方。
教室の隅で、阿部たちがレシートの束を真剣な表情で電卓に弾いている。
「おい、この卵の値段、スーパーの特売日じゃないな。もっと安く仕入れられるだろ」
「いや、品質を考えれば妥当だ。ボスの健康が第一だぞ」
男子生徒たちもまた、会計という名の戦場に身を投じていた。
学園という名の城塞。
佐藤通が築き上げたその場所は、もはや単なる学校ではない。
最強の武力、鉄の規律、そして潤沢な資金とエビデンスに基づく、完璧に管理された「王国」へと変貌を遂げていた。
廊下でその様子を見ていた氷室冴香は、手にしたタブレットを震わせた。
「……まさか、自分を餌にして、クラス全員を『雇用』するなんて……。佐藤通、あなたのやってることは、もはや学生の域を超えているわ」
冴香の隣に立つ、ギルドの監査官が小声で囁く。
「会長。……彼は、自分を頂点とした独自の経済圏を構築しています。……これでは、我々が介入する隙がありません」
「……面白いじゃない。なら、その経済圏ごと、私の手中に収めてあげる」
冴香の瞳に、ライバルとしての、そして一人の女としての、激しい闘志が宿った。
【現在の佐藤通:レベル131。STLRに経費管理項目を追加。佐藤組による会計監査開始。……学校公認(?)の巨大な利益共同体が完成】




