▼斎川舜平の家・リビング
▼斎川舜平の家・リビング
……なんだ?
……なんだ?
……なんなんだ、これは?
舜平はテレビ画面を見つめたまま混乱していた。
プレーヤーで再生しているDVDが家に届いたのは、盲腸の手術で入院している直樹を見舞った翌々日の朝だった。
玄関先のポストに、朝刊とまじって投函されていたのである。
白色の四角い便箋に入っていた。表紙には、『お兄さんへ』というピンク色の手書き文字。若い女の子が書いたような丸っこい柔らかな書体である。裏面のフタを留めていたシールは、赤いハートマーク。そして封を切った中身が、不織布に入った白いDVDである。そのディスク表面にも、『非売品❤』『見てね♪』『ちゅっ☆』などのピンク文字が踊っていた。
あけすけに卑猥なニオイがぷんぷん漂っていた。その手の業者による新手の宣伝手法か、はたまた、欲求不満なJK痴女による犯行か。なにはともあれ、男として見ないわけにはいかない。両親が仕事に出てからじっくりと鑑賞しよう。夏休みに入ったので、時間は存分にある。
そして、セミが喚き始めた日中。
ボックスティッシュを用意してソファに座り、いざ再生を始めたら……コレだ。
「……死人がやけにはっきり映り込んでるじゃねェか」
収録されているのは、あきらかに一昨日の光景だった。
直樹の病室を出て、正則と別れ、一人で6階のエレベーターに乗り込んだ舜平自身の姿。それを、故人であるはずのヨシオカ・ナツキが、黒猫のポーチに仕込んだ小型カメラで隠し撮りしていたかのような映像である。
出だしでなされていた舜平と正則の会話だって、一字一句同じものだ。すぐそばに立っているように臨場感のあるはっきりとした音声。ふと、正則の様子が思い出される。……エレベーターにまつわる幽霊話を切り出す前に、正則はスマホをいじっていなかっただろうか。
◆ ◆ ◆
映像はその後も続いている。
二階まで直行するはずだったエレベーターがすぐに止まり、5階でドアが開く。待ち構えていたトミ子という名の白髪の老婆に、驚く舜平。目的の階を老婆に尋ねる舜平と、老婆が見えないフリをしているヨシオカ・ナツキの、噛み合わない会話。そして、老婆が幽霊であると勘違いする舜平……。
それらの様子が、奥壁のスロープに背中をあずけているヨシオカ・ナツキの、黒猫ポーチ視点のリアルタイム映像で収められている。そのため大体は、入院着を着たトミ子婆さんと、操作パネル前に釘付け状態になった舜平の、二者が映っているものだ。
B級ホラーかコメディかという展開が続いたあと、3階に着き、比較的安定していたカメラワークが激しく動き出す。見えない老婆が乗っていると訴える舜平を不審がって、ヨシオカ・ナツキが逃げ出そうとしているところだ。
のっそのっそと3階廊下へ降りようとしているトミ子婆さんの尻に画面が迫ったり、舜平の隙をついて逃げようとして地を這うような画面になり、そこから一気に隅っこまで飛び退いたりしているので、画面酔いをする勢い。
《お願い! これに入ってるお金を全部あげるから、命だけは助けて!》
命乞いの場面では、黒猫のポーチが舜平に向かって突き出されているため、世界の終わりが来たかのように絶望しきった舜平の表情が、まざまざと捉えられていた。
そのあとに続く――
《トミ子さん、どこ行ってたんですか? 探したんですよ》
《散歩じゃよ、散歩》
《さあ、回診のお時間ですからね。お部屋に戻りましょうね》
《あの若えのがよぉ、独り言をぶつくさ言ってさっぱりエレベーターを動かさなんだ》
という会話も、きっちり録音されていた。舜平が声に反応して廊下側に顔を向けると、黒猫ポーチカメラもそれを追うようにして動き、扉が閉じきる前に、女性看護師の朴ノ木さんとトミ子婆さんの姿を映像で残している。
《ぐふっ……ぐふっ……ぐふふっ……》
ヨシオカ・ナツキが不気味に笑い出すところでは、黒猫ポーチは床に投げ出されており、床から真上の天井を映す視点。超アオリ構図となった怯える舜平が、画面の端に立ってもいる。ドンドンバンバンと床が乱打されて、明滅する天井照明……。
そうこうして、2階に到達する。
《や~い、ひっかかった!》
《……え?》
《バ~カ》
後ろ歩きで2階フロアに降り立ったヨシオカ・ナツキ(鏡に映っている)が、呆気にとられている舜平をおちょくるように、親指をグッドポーズから地獄へ落ちろと真下に向ける。
その直後に閉じるエレベーターのドア。
ここまではすべて、黒猫ポーチによるヨシオカ・ナツキ視点のワンカット長回し映像だった。
そして、映像にはまだ続きがあるのだ。
○
切り替わったシーンもまた、エレベーターのドアを廊下側から映し出しているものだった。しかし、カメラが別物になっている。比率が縦長で、テレビ画面左右の大部分が黒く塗りつぶされてある。スマホカメラによって撮影されている映像だ。
《あのメスガキ! 処女膜ぶち破ってやる!》
開き始めたエレベータードアから、熱り立った舜平が出てくる。
《……しゅ、舜平くーん? ……どうかした? だいぶ穏やかではないね。エレベーター、ずいぶん遅かったけど、トラブルで停止してたのかなー?》
正則が呼びかける声とともに、カメラは舜平に近づいて行った。
今度は正則が手にしていたスマホのカメラ視点なのだ。
《もとはといえば正則のせいだからな! 変なことくっちゃべるから、俺はあの中二病の中坊にまんまと騙されちまうことになったんだよ!》
《中二病のチュ……え? 騙された? 意味がわからないよ、何があったの!?》
舜平が階段を使って2階へ行きかけ、踊り場から戻ってきて、正則を壁際に押しやったところでは、偶然なのか意図的なのか、スマホを握る腕が横に伸ばされており、会話する二人を真横から撮る格好でうまいこと縦長フレームに収容させていた。
《とりあえずお前は後回しだ。いいか、戻ったら一発ぶん殴るからな、覚悟しとけ!》
と、正則を突き放し、階段をのぼっていく舜平。
《ど、どこに行くのさ!》
《2階のコンビニだよ!》
○
シーンが切り替わる。また縦長の比率だ。
階段を上がってきた舜平が2階フロアに躍り出て、壁に掛けられた院内マップを見つけ、食い入りだした場面。通路上から撮影されている。カメラ位置は、大人の女性の胸の高さくらい。映像が上下しながら、歩み寄って行くように舜平のもとへと近づいて行く。
《あんチクショー、ぜったいタダじゃおかねェ……》
握りこぶしを固めた舜平が走り出し、向かって来ていたカメラに急接近。
――ガツンッ。
映像が目まぐるしく回転したあと、暗転し、会話音声のみになる。
《痛ぁい……》
《ごめんなさい! 前をよく見ず走り出しちゃって……》
《こらこら、院内は走らないでください》
《……す、すみません。怪我はありませんか?》
《平気ですよ。心配しないでください。……あ、タブレットは大丈夫かしら》
映像が戻り、女性看護師の朴ノ木さんのマスク顔が一度ドアップになる。
彼女が携えていたタブレット端末視点だった。
《タブレットも壊れてないみたいね。良かった》
《ほんと、すみませんでした》
胸に抱えられたタブレットが、頭を下げて謝罪をする舜平を映す。
そのまま舜平を捕捉し続けた状態で会話が継続され、
《吉岡夏希ちゃんは、一年前に、亡くなってるの》
○
ラストシーンは、ふたたび正則のスマホ映像だった。
受付けロビーの座椅子から、無人のとカウンターにカメラが向けられている。
コツコツと、足音の反響が近づいてきて、舜平の声。
《肺結核だってよ》
《……え?》
という正則の声とともにカメラが横に振られ、座った状態からアオられた舜平の横顔。顔は窓に向けられており、射し込んでくるオレンジ色の光に目を細めていた。
《そんな病名、昔の小説くらいでしか聞いたことないよなァ》
《……え?》
《まさかババアじゃなくてクソガキの方だったなんて、してやられたぜ》
《……え?》
《よくよく考えればさァ、トミ子って婆さん、エレベーター降りたとき言ってたんだよなァ、〝あの若えのがよぉ、独り言をぶつくさ言って〟とかって》
《……ごめん、舜平くん。さっきから何言ってるのかぜんぜんわからない》
《いいんだよ、ただの独り言だ》
舜平が伸びをしながら正面玄関へ歩き出す。
《さァーて、帰るべ、帰るべ》
カメラも立ち上がり、舜平を後方から追いかける。
《そういえば、エレベーターはなんであんなに遅かったの?》
《悪ガキが居たんだよ。エレベーターダッシュして遊んでたんだ》
自動ドアが開き、夕日に向かって歩いていくような舜平の背中シルエット。
そして、画面左右の黒縁が、中央に向かって閉じるように延びていき、暗転。
浮かび上がる『fin.』の文字……。




