▼斎川舜平の家・続リビング
▼斎川舜平の家・続リビング
「なにが『fin.』だ、バッキャロウッ!」
舜平がボックスティッシュをテレビに投げつける。
十数分かそこらの短い映像だった。三つのカメラ映像を安っぽい編集で繋ぎ、全編に渡って隠し撮りされた風変わりなインディー映画のように仕上がっている。落とし所がちょっと感傷的になっているあたりは、夏のオムニバスホラードラマの一編といったところか。……いや、そんな作風など、どうでもいい。
エンドクレジットが表示され、舜平はリモコンの一時停止ボタンを押す。
【出演】
舜平(高校生) …… 斎川舜平
ヨシオカ・ナツキ …… 吉岡夏希
トミ子(老婆) …… 金森トミ子
正則(友情出演) …… 増田正則
朴ノ木(看護師) …… 朴ノ木恵梨香
「……俺を勝手にクレジットしやがって」
舜平はぎりぎりと歯噛みをする。
自分以外の四人は全員グルだったに違いない。
シナリオがあって動いていたに違いない。
何も知らずに右往左往する様子を、密かに記録し続けていたのである。
意識的に動いていたつもりが、まんまと術中にはまるよう誘導されてしまっていたのだ。
目的はなんだ?
大掛かりで劣悪なドッキリか?
吉岡夏希、金森トミ子、朴ノ木恵梨香とは一体何者だ?
なぜ親友の正則までがこんな馬鹿げたことに協力している?
黒幕は誰だ?
頭の中が疑問符で埋め尽くされていると、着信音が鳴った。
舜平はソファ上に置いていたスマホを拾い上げる。
発信者表示は〝岩沼直樹〟と出ていた。
――『何もすること無くて、もう超暇だから来やがってください』
直樹から届いていたLINEメッセージが思い出される。もともと、病院へ行くことになったのは、直樹から連絡が来たことが発端だった。やつも一枚噛んでいるのは間違いない。
通話アイコンを押した舜平が、ドスを利かせる。
「おい、直樹。お前もか……?」
『こんにちは、お兄さん』
返ってきた声に舜平は目を見開き、スマホの画面を見直す。発信者はたしかに〝岩沼直樹〟だ。でも、スピーカーから流れてきたのは、聞き覚えのある少女の快活な声音である。
「死人がずいぶん元気そうだなァ」
『ふふふっ。びっくりした?』
「どうして岩沼直樹のスマホで、吉岡夏希が俺に電話を掛けてくるんだ?」
『知らない人の番号だと出てくれないかもしれないじゃない?』
「……この糞みたいなDVDはなんだ?」
『映画だよ。タイトル見なかった? 〝乗り込んでくるもの〟』
「そうじゃねぇよ。わかるように説明しろ。黒幕は誰だ、監督はどこのどいつだ!?」
『あれ? まだ最後まで見終えてないの?』
「最後?」
と、一時停止させていた映像を再生する。
クレジット表記が切り替わった。
【制作協力】
岩沼直樹
やはり直樹も一味だったようだ。
さらにもう一度切り替わる。
【監督】
金森トミ子
「……金森……トミ子……あの婆さんか? あのババアが全部仕組んでたのか?」
『そう。出演者兼任の監督。ヒッチコックやシャマランみたいでかっこいいよね』
舜平の脳裏にトミ子の姿が甦る。
エレベーターの扉前でボケたようにつっ立っていた姿。絶えず虚ろな瞳。降りる階数を告げ繰り返す声。芋虫ペースの歩行。そもそも偶然に居合わせて撮影に巻き込まれていただけだったら〝乗り込んでくるもの〟のストーリーが成り立たないのだ。あれらすべてが計算された芝居だったのである。
「あのババアがなんでこんなことするんだ?」
『トミ子お婆ちゃんはね、映画監督になりたかったんだよ。でもその夢が叶わないまま年老いてしまい、やがて体を患って長い長い入院生活。老い先も短い。そこで、このまま死んでなるものか、と一念発起して、トミ子お婆ちゃんは、〝トミ子監督〟になったんだ。ようは、やることなくて暇だからちょっと映画でも撮ってみようかなって思いついたのね』
「……はあ?」
『けど、映画撮影なんて病院側はいくらなんでも許すはずがないじゃない? カメラなんて手にしてれば即バレ。だからマイクロカメラとかスマホとか、限定的なものになってるんだよね。そうするとさ、どうしてもポイント・オブ・ビューの撮影者視点で、〝ブレア・ウィッチ・プロジェクト〟みたいなモキュメンタリー調になっちゃうんだ~』
「あのなァ、撮影手法とか、そんなのどうでもいいんだよ。専門用語もわかんねぇし。……とにかく、ババアの思いつきってことだな? でもよ、そんな妙ちくりんな思いつきに、なんで、看護師や、俺の友達や、お前が出演者で加わってんだ。どういう繋がりだよ……」
『朴ノ木さんは、トミ子監督が買収したの』
「買収って……あの誠実そうな人が?」
『監督はずんごいお金持ちなんだ。けっこうな額のお給料をあげているらしいよ。むしろ監督が入院してるから仕事辞めない的な、よくわからない感じになっちゃってるくらいに。病院側の人間を味方に付けとけば、やりやすくもなるしね。おまけに美人さんは使い勝手もいい。たとえば、男子高校生を手篭めにするときなんかにも。〝手篭め〟にするときなんかにも~』
と、電話向こうでクスクス笑う声。
「……ひょっとして、アレの話、本当だったのか? ……まさか正則のやつも」
『正則くん、自分のシーンがだいぶカットされちゃって残念がってたよ』
「知らねェよ!」
『ちなみにね、私は今回もボランティア参加なんだ。映画大好きだし、毎回いい役がもらえて楽しいから。ほんとトミ子監督に出会えてよかったよ。いい病院に入院してたよね~』
「ちょっと待て……今回とか毎回とかって、なんだ?」
『〝乗り込んでくるもの〟が初監督作品じゃないってこと。今回みたいなオカルト作品をもう何本も撮ってるんだ。でもね、今まではトミ子監督が想定した筋書き通りにいくことなんてなかったんだよ。たいてい主役が、あれ? なんかおかしいぞ、って気づいたりして、グダグダになったり、たんなるドッキリみたいになって、映画の体をなさずに終わっちゃってたんだ』
「……主役が気づく?」
『監督のこだわりでね、主役にはいつも何も教えないの。ぶっつけ本番の一発撮り。それで、制作の協力を依頼した直樹くんからのおすすめってことで紹介され、今回の主役に抜擢されたのが、お兄さん、つまり、斎川舜平くんというわけです。おめでとう!』
「おめでとうじゃねェ! だいたい何も教えなかったらそれって普通にドッキリじゃねェか! 俺は出演許諾なんてしてないからな! 勝手に撮影して映画にしてんじゃねェよ! 訴えるぞ! 出演……慰謝料をよこしやがれ!」
『じゃあ、この画像をあげる』
と、舜平のスマホにメール着信。
添付されている画像を見て驚愕した。
一枚の写真だった。朴ノ木さんが、病院の2階通路で四つん這いになり、床に落ちたタブレット端末を操作している。その白いパンツルックのお尻を、真後ろから四つん這いになって食い入っている舜平の姿。一昨日、ぶつかったときのものだ。
『私のスマホで写メってたんだ。高画質望遠機能付きだから、すんごいくっきり映ってるでしょ。よく撮れてるからムカデ人間発見って、SNSに上げちゃおっかな~』
「正則や直樹はご褒美をもらえて、俺には脅しか……? ふざけんじゃねェ! 監督さんは金持ちなんだろ? ハリウッド級の金をよこしやがれ!」
吉岡夏希の声が、ぐんっと暗くなる。
『……じつはトミ子監督、最近めっきり元気がなくなってきていたの。もう体力の限界だ、そろそろお迎えがくる、〝乗り込んでくるもの〟が遺作になるかも、って……』
「お、おい……まさか婆さん、死んじまったんじゃ――」
『ううん。生きてるよ。ピンピンしてる』
「……あん?」
『お兄さんのおかげだよ。さっき言ったでしょ? 筋書き通りにいって、映画として貫徹した作品を初めて撮れたの。それでトミ子監督は大喜び! 元気百倍の大復活! まだまだ撮り足りないんじゃあ!、って、病院の個室に籠もって、ノートパソコンでシナリオを練ったり、書道でタイトル案を書き散らしで、もうハッスルしまくってるんだ!』
「よしわかった。金をよこせ」
『監督が創作モード入っちゃるから無理。それに報酬はあずかってる』
「ほんとか!? いくらだ!?」
『トミ子監督作品への永久出演権』
「……馬鹿にしてんのか?」
『監督がさ、あの若えのは見込みがある、いい演技をしていた、って』
「演技じゃねェからな! 素だからな!」
『それでね、いたく気に入っちゃったみたいで、必要な人材だからスカウトしてこいって言われて、今来てるんだよ』
「今来てる……?」
『スマホを見て』
映像通話になったスマホ画面には、自宅のリビングが映し出されていた。屋外から掃き出し窓越しで、ソファに座ってスマホを見つめている舜平自身のリアルタイム映像。その舜平の頭が勢いよく振られ、驚いた顔でカメラ目線になる。
吉岡夏希が庭に立っていた。
服装はもちろんピンク色のパジャマなどではなく、通っている中学校の制服なのだろう、半袖のセーラー服だ。直樹のスマホを屋内へと差し向け、ニタニタしている。白い腕に浮かんだ汗玉が太陽光で輝き、頬には長い黒髪が張り付いていた。
舜平が座ったままスマホを耳に当て直す。
「……いつから居たんだよ」
『ポストにプレゼントを投函したあたりから。せっかく準備したティッシュを使えなくて残念だったね』
「入院してたんじゃねェのか?」
『だから、〝してた〟の。とっくに退院済み。今ではもう撮影限定入院患者ってこ~と』
「さすが名女優様の演技は格が違うねェ」
『ありがと』
と、吉岡夏希がにっこり笑う。
『で、スカウトには応じてくれるよね?』
屋内のほうへ向かって腕を伸ばし、手を取れ、といわんばかりに手のひらを上にかざした。
舜平はソファにふんぞり返り、片手をひらひら振る。
「イヤだねっ。ババア映画の永久出演権なんて誰が要るか」
『それなら、私と付き合える権利は?』
「……え?」
と、目を皿にした舜平が首をめぐらせる。
――カシャ、カシャ!
吉岡夏希はフラッシュ付きでシャッターを切ったあと、差し伸ばしていた手の親指を立てる。そして、真上から真下へ向ける。
『バ~カ』
小悪魔じみた笑顔で走り去っていった。




