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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
天空編第二部~凶終檄末~
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第四十七海路 3 アイツの顔とコイツの背中

「それで、急にどうしたのよ? いきなり動きやすい恰好で来いなんて」


 運動用のジャージに着替えたクリスタは、足場の安定した広場に来ていた。

 今朝起きるなりカイナ寿司へ走り込んだエリスの姿に驚いていると、その後ろからやってきた鬼丸に誘われ、今に至る。その間にも鬼丸は目的を伝えようとしていないが、くだらないことではないのは表情からすぐにわかった。


「黒いユートピア居ただろ。アイツの動き、覚えてるか?」


「ずいぶんと、無茶な操縦だったと思う。機体スペックが完璧に判明してないから想像でしかないけど、機体への負荷はかなり大きかったと思うわよ」


「そもそも手薄とはいえ真正面に突っ込んでくるあたり、相当の馬鹿か捨て身か、もしくは」


「相当腕に自信がある。そんな人工知能だと思う。それで、ヤツがどうしたの?」


 体を伸ばし始めた鬼丸に従い、柔軟を始めるクリスタ。


「フェンリルは、俺達がアレとやり合うことになるだろうと踏んでる。俺もだがな」


「……厄介ね」


 ひとしきり柔軟を終えた二人は後ろを向き合い、互いの背中を伸ばし合う。


「そこでだ。お前にアイツの動きを叩きこもうと思う」


「は? どういう……成程ね」


 始めは怪訝な顔をしたクリスタだが、彼らの真意をくみ取り、すぐに口角を上げた。


「そういうことだから、後は頼むぞ」


 そう告げると鬼丸の意識は深層へと沈み、バトンタッチする形でフェンリルの意識が表面に現れ、髪が真っ赤に染まる。


「そういうことだ。手加減はしないぞ」


 背中を離した鬼丸、いや、フェンリルが正面を向き直る。声は鬼丸のものと変わらないが、表情が少しだけ険しく、口調も彼のものよりも硬いように感じられる。


「髪色が変わるシステムがあって良かったわ。そうじゃないと私怨で頭がどうにかなりそう……」


「いくぞ」


 その言葉を合図に、クリスタへと殴り掛かるフェンリル。あの黒いユートピアへ打ち勝つには、クリスタがその機体を知り尽くす必要があると感じた鬼丸とフェンリル。鬼丸の肉眼越しにその動きを記録していたフェンリルだったが、そのデータを出力する方法がなかった。

 そこで、フェンリルがあの映像データを解析、コピーし鬼丸の体を使い、再現する形で出力。飛び道具の類は不可能だが、近接格闘ならこの方法でクリスタに学習させることが可能だ。


「……随分と面白い方法で勉強させてくれるじゃない!」


 フェンリルの拳を躱し、受け止め、その攻防で若干息が上がり始めたクリスタは、肩を上下させながら叫ぶ。


「紅蓮ならこうする。遅かれ早かれ」


「そ。流石上級サマね!」


 フェンリルの拳が、クリスタの髪の毛をかすめる。


「嫌味か?」


「皮肉よ!」


「嫌味と言えばクリスタ、君の嫌味と皮肉は偶に、用法が間違っていることがあると思う」


 対してフェンリルは、息どころか、表情一つ崩れていない。


「どうでも……いいでしょそんなこと! あのバカだって気付いて無いんだし!」


 あのバカ、という単語に反応し、動きが遅れたフェンリル。クリスタはその一瞬の隙を逃さず、掌底を顔面スレスレで停止させる。


「取った!!」


「……それは、卑怯じゃないか」


「何が? 負け惜しみなら後でやって。ただでさえ低いその男の価値が、地に落ちるわよ」


 石像のように停止する二人。クリスタは肩で呼吸をしており、額から流れる汗が目に入ろうともフェンリルを凝視し続けている。


「紅蓮は気付いていない訳じゃ……でもまだ俺は!」


 言いづらそうに口を開いたと思えば、何かに焦っているような大声で抵抗するフェンリルに不信感を抱いたが、クリスタは下手にそこから動けなかった。疲れもあるが、フェンリルならたった一瞬の隙でも命取りになる。彼女が今、優勢に立てているように。


「わかった。紅蓮がそう言うなら」


 寂しそうな顔をしたフェンリルは、糸が切れたようにその場に座り込む。すると彼の額から汗が滝のように流れ出し、それに洗い流されたかのように髪色が青色へと戻っていく。


「鬼……丸? おーい」


 彼の頭を軽くノックしようとした瞬間、目を開けた鬼丸が立ち上がる。


「うわびっくりした」


「どうだ? 動きはーー」


「問題ない……ごめん嘘。明らかにサンプルが足りないわ」


 現状、フェンリルの再現分なら問題ないが、あくまでそれは氷山の一角として捉えるクリスタは、その不足を危惧する。


「これじゃ、下手な思い込みやカンが多少マシになったものね。申し訳ないけど」


「流石にないもん増幅させる訳にも、行かねぇしなぁ」


 汗だくの頭を掻きむしる鬼丸は、背伸びをしてから歩き出す。


「飯にすっか」


ーーー


「だから、躱し続けて向こうがオーバーヒートするまで待つ、という方法も考えられるわね」


「成程な。だけどそれって、掛けじゃないか?」


 シャワーを浴びて汗を流すにも、食事にするにも一度、カイナ寿司に戻らなくてはならない。そのため二人は、来た道を戻る。波が穏やかな今日は、桟橋もさほど揺れていない。その間、先程の模擬戦で気付いたことを、互いに共有しあっている。


「確かにそうね。だからこの案はーー」


 その瞬間、海面に反射した朝日が、喉仏を垂れる鬼丸の汗を光らせた。そしてその男は、自分の提案をあれでもないこれでもないと、真剣な表情で考えている。

 その表情は、先程の険しいフェンリルのものとは違う、慣れ親しんだ顔。いつも自分の足元にいると思えば、気を抜くと真正面からぶつかってくる。睨み続けたその顔が、今ではこんなにも安心できるのは、何故だろうか。

 ふと、自分でも訳のわからない感情が生じたクリスタは、足を止める。


「おい、どうしたクリスターー」


 肩越しに振り向いた鬼丸は、彼女の表情がつかめないまま、背中に熱いものを感じた。

 ふいに、鬼丸の背中へと飛び込んだクリスタは、自分の全てをその背中に預ける。一瞬の出来事で対処の遅れた鬼丸は、そのまま海へと投げ出される。


「何やってんだろ、アタシ」


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