第四十七海路 2 嘘偽りなく
「もしもし、新井さん?」
「忙しいのが見てわかるだろう。緊急じゃないなら後回しにさせてくれ」
通信を繋いだ八型改には、舌打ちと愚痴をこぼしながら書類の束をめくる音が認識出来た。
コルセア達が機能停止に追い込んだユートピアの解析や、その立役者的存在にあたるあの鋼鉄艦の兵装、エリスが連れてきた乗組員の、衣食住など、新井が取り組まなければならない課題は山ほどあった。
それを知った上で、八型改は続ける。
「忙しいと言わなかったか? 今それどころでは……これは」
「新井さん、お願いです。貴方の手で、彼に作れなかった神を、造ってください」
ーーー
「消失⁉ あのジジイが?」
(ワイルドハント、何かあった。でもまだ、沈んでない)
「戦艦が簡単に沈むかよ。でもなんでいきなり」
(あの黒いユートピア、紅蓮覚えてる?)
脳裏に、あの黒い機体の人間離れした動きが再生される。元々人工知能が制御する機体であるユートピアのため、人間離れした動きをしていてもおかしくはないが、あの機体は特別だ。直感でしかないが、何かが違う。
(あの機体と、ヴォルウェルクの反応が、凄く近づいた。その後に、反応が消えた)
「……相打ち。でも一体誰が?」
(わからない。でも警戒しろ。紅蓮たちは絶対、アレとやり合う)
「アイツの動き、視覚データとしてどうにかアウトプット出来るか?」
(難しい。紅蓮の頭をかち割る必要がある)
「駄目か……」
(でも、一つだけ手段がある。手段は違うけど、結果は同じ)
「そういやお前、俺の考えがわかるんだったな。出来るのか?」
穏やかな波がたつ海面に映された月は、本物の月ではない。しかし、月の形を見るだけなら、こちらでも事足りる。何も本物をわざわざ見る必要などない。
(明日、任せてくれ。だから今は、寝る)
「おう、お休み」
その言葉を最後に、フェンリルの声はしなくなった。
ーーー
「よ」
海岸へたどり着き、砂浜へと足を踏み入れると、遠くの方で鋼鉄艦が光を放っているのが見えた。幻想的なその姿に、柄にもなく心を奪われていた鬼丸は、コルセアが声をかけるまで彼女の存在に気付かなかった。
「……如何なされたマリア殿」
「調子乗りやがって。それよりもこっちのセリフだぜそれは」
鬼丸の頭を軽く小突くコルセア。当たり前だが痛みは一切ない。また、声もしないため、ちょっとやそっとの衝撃で、フェンリルが起きることもないのだろう。
「騒がしかったからな」
「眠れなくて添い寝相手を探してんのかと思ったぜ。まああのバカ共に黙って仕事は出来ないさ」
コルセアが指を指した先には甲板清掃中にバランスを崩し、暗い海へ飛び込むアルタの姿があった。
「あんなもん、一体どこから」
「私共の所有物を、とあるものと交換でお譲りしたのです」
砂を踏みしめる音と共に後ろから声をかけてきたのは、軍服に身を包んだ少女、エリスだった。
「お姉さま、こちらは?」
「紹介する。俺の仲間の鬼丸紅蓮だ。これで中々、頭が回るんだ。髪色はヘンだけどな」
そう言いながら、無造作に鬼丸の頭をかき乱すコルセアに押さえつけられ、強制的に会釈をする鬼丸。
「エリス・アメジスタ。よろしく」
頭を下げることも、手を出すことも、表情を和らげることもしない。自称とはいえ国家の長、女帝が気安く接することを許さないのは、普通の事かと納得した鬼丸は、コルセアの手をどけ、視線をコルセアに戻す。
「それで、あるものって?」
「お前には関係ねーよ。気にすんな」
「気にすんなってお前、ここまで来てまだなんか隠すの……」
はぐらかすような態度に嫌気がさし、語調を強めた鬼丸の目の前に、先程のエリスが割り込んでくる。
帽子のつばの下から覗く、その冷酷な目は、鬼丸の勢いを削いだ。
「隠すのかよ。今までも……さんざん……」
彼女を避けて話を続けようとした鬼丸であったが、顔をずらしてもずらしても、その真正面にエリスが割り込んでくる。
「……なんか用ですか?」
その奥では、コルセアが何やらニヤニヤと笑っている。その顔が無償にムカついたが、優位に立っている時のクリスタの薄ら笑いよりかはマシかと思い、踏みとどまった。
「……」
「不敬である、人間よ。アメジスタたる我を無視するなどと、万死に値する。これは国交問題ぞ! 今すぐ我が艦隊をもって、この島を焦土にしてくれよう」
エリスの口は動いていない。そのわざとらしいセリフは、彼女の後ろでニヤニヤしているコルセアのものだろう。
「お姉さま」
「悪かった悪かった! ただ黙ってちゃ鬼丸もわかんないだろ?」
同意を示すため、首を二、三度縦に振る。それを見たエリスは視線を逸らし、上を向いたり下を向いたりしながら考えこんだ後、再び鬼丸と視線を合わせる。そのただならぬ気配に、どんな言葉が飛び出すのか検討もつかない鬼丸は、緊張が一層高まった。
「鬼丸紅蓮。この島で、最も美味な料理を、嘘偽りなく教えてください」
「ハイ……はい?」
高まった緊張感は、突拍子もない一言をきっかけに、大きな音をたてながら崩れていった。
「鬼丸紅蓮、この島で、最もーー」
再び、真顔で質問をしようとしたエリスを妨げたのは、鬼丸の耳にもはっきりと聞こえた、彼女の腹が鳴る音であった。しかし彼女の表情は動く気配をみせず、堂々としている。海面から登った朝日に照らされた堂々とした女帝たる様は、気高さすら感じられてしまうほどであった。
一度咳払いをしたエリスは、三度口を開く。
「鬼丸紅蓮、この島で、最も美味な料理を、嘘偽りなく教えてください」
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