女帝の嘘と感情の結晶
「出来たぞ。お前が望んだ、神が」
椅子にもたれかかり、うなだれる新井。彼の前のモニターには、陸戦の設計図と思われるデータが表示されていた。
「……ありがとうございます」
「アイツらに相談しなくても、いいのか?」
「いいんです。これはあくまで、観賞用ですから」
ーーー
足を滑らせ、池でおぼれかけたあの日、通りがかった少年に助けられたクリスタはそれ以来、海や池といった場所に苦手意識を覚えるようになった。元々泳ぐのが苦手であったことも相まって、海や池は、彼女の天敵となっていた。
そんな場所に、なぜ自分から飛び込んだのか、正直な所彼女自身もよくわかってはいない。ただ一つ、自分の事を信じてくれるこの男なら、この男となら、どんな所までも行ける気がした。海の底でも、空の先にも。
この男が自分を必要としてくれる限り、自分もこの男を必要としようと。
「何やってんだろ、アタシ」
口ではうまく言えない。多分、嘘をついてしまう。そう思い、行動に起こそうとした。混乱した自分の手を握ってくれてありがとう。一人じゃないと言ってくれて、嬉しかったと。
しかし、それすらまともに伝えられなかった。どうしても恥ずかしさが先行し、顔が真っ赤に染まる。今すぐ体を冷やさないと、どうにかなりそうだ。
そんなことを思っていると、体が勝手に鬼丸を押し倒していた。
彼の背中越しから海を見た時、恐怖はわかなかった。とても暖かい気持ちが、自分の胸に満ちるような気すらした。
ただやはり、恥ずかしい。だからこの思いは全て、海に溶かしてしまおう。海に落ちた直後、体を反転させて自分を抱きかかえながら立ち泳ぎする姿に、罪悪感を覚えたが、海水に濡れてボリュームを失ったその髪が可笑しくて、いとおしくて……。
「どうした⁉ 大丈夫かクリスタ⁉」
(敵わないわね……)
こんな時まで自分の身を案じる鬼丸に、自分は既に負けていたのだと、改めて実感した。
「ただ、押しやすそうな背中があったから。背中ががら空きだったわよ」
だから彼女は、今日も嘘をつく。偽りの神に偽りの命、偽りの兄妹に偽りの女帝、偽りだらけのこの世界なのだから、感情くらい偽っても、罪はないだろう。
「テメェ、今すぐこの手を離してやろうか?」
「汗流せたんだから、感謝して欲しいくらいよ。それに今手を離して、後悔するのはアンタじゃないの?」
その後、濡れたままカイナ寿司へと戻った二人。エリスの付き添いで来ていたコルセアが、目を丸くしたあと腹を抱えて笑うのを一瞥した二人は、シャワーで海水を流した。
「鬼丸紅蓮。貴方が嘘をつく人間でないことはわかりました」
髪を乾かし、適当な服に着替えた鬼丸が席に着くと、丼五杯をカラにして重ねたエリスが声をかける。昨夜、食事に関して聞かれた鬼丸は、このカイナ寿司を彼女に紹介した。大将に色々世話になっているというのもあるが、鬼丸が知る中で、この島一番の食事は、ここで提供されているということもある。
「聞きましたよ。ゆぐどらしると、一戦を構えるそうですね」
特徴的な発音が気になったが、彼女の顔が真剣な趣であったため、余計なことは言わずに頭を下げる鬼丸。
「元々商売相手を見極めるために来ただけで、人類の存続とやらにはあまり興味はありませんでした。しかし、貴方の態度を気に入りました」
そう言うと、エリスは立ち上がり、鬼丸の前へ赴く。
「この戦、我々アメジスタ帝国も参加いたします」
右手の手袋を取り、その手を鬼丸に差し出す。直後、彼女の背後で大きな音がする。口の開閉を繰り返したコルセアが、椅子から転げ落ちた音だ。
「おいおい正気か女帝サマ⁉」
「彼の言葉は本物でした」
「そこもそうだけどよ。そもそも国民への説得は? 全員が全員、今島にいる近衛隊みたいに、忠誠心の塊って訳じゃないだろ⁉」
店の外まで届きそうな大声で投げかけられた質問に、エリスは真面目な顔のまま答える。
「ケツ叩いてでも従わせます」
「ケツ⁉ ……やっぱお前、母ちゃんの娘だよ」
「マリアお姉さまもそうですよね?」
そう言うと、鬼丸へと向き直り、再び右手を差し出す。
「どうか、我々も共に戦わせてください、正直なお方」
戦力が増えるのは、喜ばしいことだ。細かいことは新井が決めてくれる。そもそもここで自分が握手を断れば、国交問題になるかもしれない。自分なりにそう判断した鬼丸は立ち上がり、彼女の右手を取る。
「俺はまあ、アイツ以外には嘘つかないから、信用してもらって大丈夫だ」
実際は他の人間に対しても嘘はつくが、そこまで頻度が高くない上、理由のない嘘はつかない。
「確かにそうだけど、そもそも嘘つくなよ」
「コルセア、お前がそれ言うか?」
「マリアお姉さま、鏡見てくださいませ」
握手をしたまま二人は、コルセアの言葉へ反撃を始める。
「元々日本人には嘘がしみついてんだよ。御社が第一志望だの、寝てないだの安心安全だの、誰でも簡単だの。そっちの方がインパクトあるからな」
「私は一度、国に戻り重役共を説得してきます。明日には戻るでしょう」
手を解き、店を出ようとしたエリスは、不思議なほどに大きい鞄を持ちあげた。まるで、人一人入りそうなくらいの大きさ。
「それでは私はこれで」
足早に去ろうとした彼女に違和感を覚えた鬼丸は、出口に先回りする。
「失礼。道を開けて貰えるかな、戦友」
「さっきから疑問だったんだ。アンタが食った賄いデラックス、一体誰が作ったんだってね」
「それは大将殿が。大変美味しかったです」
「じゃあその大将、今何処にいる?」
「さあ? 私に聞かれても」
エリスが強引に店を出ようとすると、その鞄が不自然な膨らみ方をした。
「……ペットのネコです。ネコという名の、犬です」
涼しい顔をしたままのエリス。しかし、その鞄からは、犬とも猫とも思えない声がした。
「ど、どこだここ。隼人、誰か、いないのか~?」
「……多芸なんです。ウチのネコ」
その後エリスは、臨時出国管理官鬼丸と臨時港湾警備員コルセア、そして着替え終わって出てきた臨時保安官クリスタにより、取り押さえられた。
「不当です! 領事裁判権を、国際弁護士を呼んでください! 私は誘拐なんてしていません! ただ知らないお方に輸送を頼まれただけなのです! 中身が人間などとは知らずに……これは国交問題ですよ!」
九時四十七分、行方不明の男性が発見、保護された瞬間であった。




