第四十六海路 2 コルセア
「本来はお姉さまこそが、アメジスタであるはずでした。しかし、とある事件により行方不明になって以降、私が国を治めている次第です」
エリスの発言中、終始顔をしかめているコルセアは、彼女の話を遮るようなタイミングっで、ゲップやらくしゃみやらを連発していた。
「アメジスタってどこの国だ? フロンティア?」
「聞いたことないわね。南部の連合かしら?」
「知らないのも無理はありません。私達の国家は基本、他国と交流を持たず、大きな鋼鉄艦を国土とする国。言ってしまえば自称国家、海上を移動する自治地域とでも思ってください。それよりも……」
エリスは鬼丸達には目もくれず、革靴の音を響かせながらコルセアへ近づく。
「んだよ」
「下手な芝居はよしましょう。依然よりもマシになったとはいえ、貴方に人のマネは無理です。今の私のように」
含みのあるその言葉は、コルセアを悩ませるには十分だった。頭を二、三度掻きむしった後で、コルセアは立ち上がる。
「自分の口から、私達が何者であるか、語るべきですよ」
そう言われ、面倒くさそうに前に出ると、彼女は自身の右目につけられていた眼帯を外し、紫の瞳を露わにする。それと同時にエリスも、左目の眼帯を外し、その紫色に光る瞳をさらけ出す。
「正直、なりふり構ってらんなくなった。そう思ってる。妹のエリスがそうであるように、アタシは……いや、俺は人間とは少し違う。そして俺は、そいつら率いていく責任と、力と、義務があった」
「やっとですか。口調まで押さえて」
「酒田、アンタ……」
「そう暗い顔すんな! ただ色々面倒になって国から逃げてきた、どこにでもいる元海賊だ!」
「海賊はどこにでもいねぇよ」
「細かいんだよお前は。まあ、そんなことだから……」
そう言い、眼帯をエリスへ投げ渡したコルセアは、大きな声で宣言する。
「コルセア。マリアよりも、酒田よりもこっちで呼んでくれるなら、嵐の化身としての力、存分に貸してやるさ、人間共!」
「どいつもこいつも偉そうにしやがって。てか一人称被ってんだよ」
そうぼやきながら立ち上がった鬼丸は、彼女が出した右手に拳を叩きつける。
「人間じゃねぇのはこっちも同じだ。こっからも頼むぞ、コルセア!」
「おうよ! 任せときな」
初めから、何も変わらない。誰であろうと、何を隠そうと、共に命を張った記憶は、体が覚えている。
「ずいぶん抽象的な話でごまかすのね、アンタ。そもそも少し違うって何よ」
続いて立ち上がったクリスタも、彼女の左手にキレのあるストレートを叩きこむが、タコと古傷によって覆われた手にあっさりと受け止められた。
「紫水族、人間は俺たちをそう呼んでたさ。さしもの天才様でも、その程度か?」
「天才が天才である所以は、何も知識量だけじゃないわよ。それをこれからみっちり、わからせてあげる。覚悟はいいかしら? コルセア」
「……おうよ!」
大きな声で答えた彼女に、二人は拳を開いた。そして互いの手をしっかりと握り合う。
「私達も一緒です。コルセアさんには、記憶が戻るまでも良くしてもらったことを覚えています。それに今の私達なら、守られるだけじゃありませんよ」
「自分もまあ、責務逃れって点なら仲間ッスから! ね、仲間ッスよねコルセアさん⁉」
力強く立ち上がったキルと、終始不安に駆られているユナの言葉は、他の面々をも立ち上がらせた。
どこの誰でも構わない。あの時は助かった。またあの飲みっぷりを見せてくれ。そんな声が、四方八方から飛び交う。
「酒だ! 酒持ってこい! 宴会だ!」
「馬鹿者! まだ話は終わってないだろう」
気分の良くなったコルセアの頭を、容赦なく叩く新井。
「それで、アンタがどっかのお偉いさんだってことを、なんで今?」
「戦いが激しくなるから隠し事はしないとか、そんなタマじゃないだろコイツは。あるんだろ、切り札が」
「カンのいい仲間は大好きさ! じゃあもったいぶらずにーー」
不適な笑みを浮かべる三人の耳に、警報が鳴り響く。
「……上です! 空から!!」
キルの声で、空を見上げた一同は、ふらつきながらもこちらに向かってくる一機のユートピアを視界に捉えた。
「残党か⁉」
「丁度いい! クリスタ、八型改の操縦は任せるぜ!」
「ちょ、コルセア⁉」
そう言い残し、コルセアはどこかへと去って行ってしまった。そしてエリスも、彼女の後を追い、姿を消した。
「皆さん、敵です! 乗って!」
八型改が一同の前へ現れたのは、そのすぐ後だった。
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「まともにやりあえて無いからな。お手並み拝見と行こうか」
「島に着く前に片付けるわよ」
ARを担いだ八型改は、姿勢を安定させた後にカイナ島へと進行しているユートピアの元へと急いだ。
「見えた! 敵機、射程圏内にーー」
「ぶっ飛ばすぜ! 問答無用!」
八型改のアラームが鳴る前に、鬼丸は引き金を引いた。その弾丸は、あまりにもあっけなくユートピアの機関部を打ち抜き、内側から爆発させた。
「……敵機、沈黙というより、爆発四散を確認。見事な読みです。まさか、あそこで敵が加速することも踏まえた射撃をーー」
「カンで撃った。そしたら当たった。元からこっちの方が性に合ってるんだ」
背伸びをした鬼丸は、そのままだらしなく椅子に背中を預ける。
「嘘ですよね⁉ 相手は、未知の機体。それも、ワイルドハントや軍が手を焼いている機体ですよ! もう少し慎重にお願いしますよ~」
「安心しなさい。もしこのバカがミスっても、アタシが何とかしてたわ」
落ち着いた表情で告げるのは、コルセアがいた操縦席に座るクリスタであった。
「妙に説得力のある言葉ですね……じゃなくてですね! もう少し慎重にーーちょっと待ってください。この反応は」
モニターには、今いる位置から島を挟んで真反対の場所に、先程と同じ存在が提示されている。ユートピアだ。
「もう一機⁉ すぐに向かうわよ。捉まって」
クリスタが機体を動かそうとした瞬間、不明な信号からの通信リクエストが届いた。
「開いて」
「了解。通信、開きます」
『あ、あ~。もしもし、聞こえてるかお前ら?』
声の主は、コルセアであった。
「コルセア。お前今どこにいるんだ?」
『細かいことはいいんだよ。それより新手の方は、こっちに任せてくれないか? てか任せろ』
「任せろって言ったってアンタ」
『紅蓮さん! 自分もいるッス』
通信越しに、ユナも現れる。その声は籠っており、狭い空間にいることが推測される。
『これから自分たちは、あの機体に電子戦を敢行し、鹵獲を行います』
「でもお前のイナバ百式じゃあ、機動力で翻弄されて終わりだぞ」
「我らのように飛べるわけでもあるまい。何か考えがあるのだな」
ユナの声から、彼らが何かを企んでいることを察したヘルが、カマをかける。
一時的に足周りに改造を施せば、海の上でもイナバ百式は行動が出来る。しかし相手は、空中を自在に飛び回るユートピア。
『その通り。よーく目ん玉開いて見ておけよ』
その言葉を最後に、通信は切断された。
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「その通り。よーく目ん玉開いて見ておけよ」
そう言い残し、通信機を元の位置に戻したコルセアは、伝声管に手を伸ばす。
「機関室、準備はいいだろうな?」
「いつでも」
「急な処女航海になるが、落ち着いて行け」
返事をしたのは、目を紫色に輝かせた若者たち。
「それからユナ! 今回の作戦は全部、お前にかかってる。勝つためだったらなんでもしろ。人手が必要なら甲板上に生えてるバカ共容赦なく使ってやれ!」
「う、うす」
迫力と恐ろしさの混ざったコルセアの言葉は、甲板上に鎮座しているイナバ百式に載っているユナの背筋を凍らせた。
「よろしい。総員、気を引き締めろ。出航だ!」
その声を合図に、鋼鉄の城は大海に躍り出る。戦いを忌避し、全てを終わらせるための航海が、始まった瞬間である。




