第四十五空路 3 マリア・アメジスタ
「マリア、君は外の世界を、どう思う?」
あそこで、別の答えを用意していれば、もっと違う人生を歩んでいたのかもしれない。師匠に連れ去られて、私は人間になれた。マリア・アメジスタではない、嵐の化身でもない、たった一人の少女、コルセアに。
人間になって手に入れたものは、どれもかけがえのないものだった。食料、財宝、軍艦、何を奪っても満たされなかった私が、まさかこんなものを望んでいたとは、皮肉もいいところだ。だって……。
「なあコルセア。君は何でも盗めるだろうが、どんなに頑張っても盗めないものがある。それを見つけられたら、君は立派な人間になれる」
酒を飲み、大笑いし、訓練で体を追い込み、顔の知れない誰かを助けて、酒を飲み。そんなどこにでも転がっている日常に転がり込んできた、宝が二つ、いや、今は三つか。世話が焼ける仲間ってのも、悪くないな。
アイツの、エリスの顔を見たら、そんなことが思えてきたよ。元気してるか、師匠。
ーーー
誘爆に次ぐ誘爆で数が減ったユートピアは、合流することなく急に撤退を始めた。敵機が去った空に安堵した鬼丸は、すぐに二人の捜索に戻ろうとする。そんな彼の耳に、今一番欲しい声が聞こえた。
「お~い、俺たちは無事だぁ~」
「大将? 無事だったんですね! でも一体……」
大空に漂うパイレーツスパイトの上にも、周囲の空にも彼らの姿は見えない。
「下! 紅蓮、船の下だ。俺たちはここだ!」
そう言われて見ると、船腹から網が空中に投げられていることに気が付いた。その網を辿り、視線を下に下げると、網にかかりながらも手を振る大将と隼人の姿があった。
「……地引網かしら? よく似合ってるじゃない」
「似合うどうこうはほっとくとして、心配して損したってんなら同感だ。いやまあ、無事ならそれでいいんだけど」
甲板上の新井が、生まれたての小鹿のように足を震えさせながら、声をかける。
「とにかくこのまま一度、島まで戻るぞ。この船もいつまで持つか、わからないからな」
「ま、そうだな。見るからに無理させやがって……」
そう呟いたコルセアは、静かに操縦桿を握りなおした。
ーーー
ミナ島、ドッグにて。
「つまり貴様は、オーマの取引に乗っかるふりをして、タイミングを伺っていたのだな」
「あれは嘘をつく人間の顔です。実際に彼は最後、約束を無視して全員を抹殺しようとしました」
八型改が新井と鬼丸、クリスタに、これまであった事を説明していた。
「ならば一報でもしろ。いきなり座標を示されても、わからないだろう」
いつもなら勢いのある新井の言葉は、どこか弱弱しいものに感じられた。そしてその顔は、彼らの無事に心から安心しているような、穏やかなものであったたため、鬼丸とクリスタの二人は顔を見合わせた。
「今回の一件、私の調査不足が原因で、お前たちを危険な目に合わせ続けた。すまなかった」
頭を下げる新井に、再び二人は顔を見合わせる。そして頷き、互いに呼吸を合わせると……。
「新井さん、頭を上げてください」
「お前たちーー」
「「何を今更! いつもの事だろ(でしょ)」」
顔を上げた新井は、二人の目が笑っていないことを理解した。そこから始まる、怒涛の抗議。
「アタシ達、死にかけたんですよ! それを何が、すまなかったですか!!」
「挙句俺に至っては、なんかもう色々……クソッ!」
新井に詰め寄るクリスタと、地面を蹴り行き場のない感情を発散させる鬼丸。緊急事態続きで気が休まらなかった二人はやっと、事の重大さを自分なりに消化することが出来た。
「揺さぶるな! オイ、モドキ、どうにかしろ!」
「すみません。よく聞き取れませんでした」
急に無機質な返答をした八型改の声と新井の絶叫は、ドッグの外まで木霊した。そしてその外では……。
ーーー
「モドキ、貴様ぁあああ!」
「ここの指揮官は随分と騒がしいのですね。聡明な方かと思えば」
「ただの臆病者だよ。人間にしちゃ出来のいい」
地面に座り込み、水平線を眺めるコルセアの背後から、軍服を身に纏った少女が現れた。
「お久しぶりです、マリアお姉さま」
「コルセアだ。その名前は海に捨てたさ」
軍帽を脱いで軽く会釈をした彼女を、自身の隣に座るよう促すと、コルセアはわざとらしく胡坐を掻く。
「その帽子、女帝……母ちゃんは?」
「数年前に、還りました」
「そか」
いつも以上に粗暴な口調を作り続けるコルセアの視線は、一隻の船へと移っていた。
「いい船、でしたね」
「魔改造しておきながら、よく言うぜ。ありゃもう、駄目だろう」
海面に着水したパイレーツスパイトは、その瞬間、悲鳴のような大きな音を立て、浸水。コルセアの退艦指示の下、乗組員全員が陸へと降り立った瞬間、着底した。
「ある時は漁船、ある時は海賊船、そしてある時は護衛艦にーー」
「そして最後は飛行船と来たもんだ。よく耐えたよ」
目立った被弾はないため、浸水の理由は老朽化と、飛行による負荷だと思われる。そんな船から、推進力代わりのブースターや見慣れない結晶が、アルタたちの手によって運び出されている。
「エリス、なんで人前に出てきた」
「アルタ、そう名乗る人間は、お姉さまの下僕、なのですよね?」
質問に質問で返されたコルセアは、エリスと呼ばれた少女を一瞥すると、視線をパイレーツスパイトへと戻す。
「アイツがそう言ったのか?」
「一番の、とも言っていました」
「そんなもんじゃねぇよ。ただ」
そう言い、少し考えこむコルセアは、太陽の光を反射し始めた海を見ながら続ける。
「アタシがいなくなっても喜びそうなヤツが、たまたま付き合いが長かっただけさ。アイツが喜ぶ日が、近づいてるのかもな」
背伸びをしながら、しみじみと語るコルセアを見上げたエリスは、同じように背伸びをする。
「ところでお姉さま」
「無視かよ! んで、何だ⁉」
「本当に、この戦いが終わったら」
「ああ、そのつもりだ。持ってきてんだろ? 見せてくれよ、アイツらにも」
指を指したのは、置物と化したパイレーツスパイトに涙を流す、コルセアの仲間たち。
「師匠は、お父さまは一体、どこまでこの事態を読んでいたのでしょうね?」
立ち上がり、歩き始めたコルセアの背中に、エリスが問いかける。
「さあな。ただ親父なんてもんは大抵、ろくでもないらしいぞ」
振り返ったコルセアとエリスの耳に、八型改の叫びが木霊する。
「あー! 言っちゃいけないこと言いましたね!! もうウチ、怒りましたから!! 鬼丸クン、そのクソ親父をやっちゃってください!!」




