第四十五空路 2 嫌悪するもの
「アハハハハ! 愉快痛快! 笑わぬかメッシュ」
「無理無理無理! 垂直落下なんて二度とゴメンッス!」
「おいユナ! パラシュートってどうやって使うんだ? てかこんなんで、本当に三人まとめて支えられんの?」
涙を流しながら、ヘルと落下しているユナに届くように大声を出すコルセアは、フェンリルとクリスタを脇に抱えていた。
「……あれ? おい待て、今これ、どういう状態?」
大きなあくびをしたフェンリルは眠りにつき、青を主体とした髪色に戻った所で、鬼丸の意識も復活した。
「とりあえず今は、下手に動かないことね。アンタもアタシも」
コルセアを挟んで会話をする二人の眼下に、透き通った青い海が広がり、周りには厚い雲が散見される。
「ということだ戦乙女よ、早くしないと仲間が海の藻屑だぞ」
「今行きます、今行きますから!」
「八型改! お前今までどこに!!」
ヘルの視線の先には、ゆっくりとハッチを開きながら近づいてくる八型改の姿があった。彼女は自身の体で五人を掬い上げるように、収容した。
「痛たたた……。空中で搭乗とか、無茶すぎねぇか?」
「人間大砲なんぞを使っていたヤツに言われたくないがな。まあそんなことはどうでもいい。先に落とした二人を回収するぞ」
落下の勢いで、壁やら椅子やらに体を打ち付けながらも機体に乗り込むことが出来た一行は、そのまま所定の位置についた。ユナは隼人が座っていた場所に着き、それを確認したクリスタは、落ち着いた声で指示を出す。
「二人の回収を行います。それが完了し次第、戦線を離脱。それからの事は……鬼丸、どうにかしなさい」
「とんでもない無茶ぶりだな。任せとけ」
「……皆さん、気をつけてください! 敵機、複数接近中です!」
警告音と共に、懐かしい声が響く。モニターに出された映像には、こちらを追ってくる、四機の陸戦。それぞれ異なるカラーリングの機体は、精鋭部隊の名詞となる。
「チェック・メイツ! もう来たのか⁉」
「キングの戦略だな。我らがどう動いても、確実に仕留められるように幾つも手を打っていた。厄介なのは策略だけではないぞ! 気をつけろ兄上!」
先陣を切るのは、青に銀色のラインが施された、落ち着いた色合いのイノセント・バルキリー。その少し後ろを行くのは、赤に金色のラインが施された、エレガントな機体。
「厄介な時に!」
「正面切っての戦闘はダメ! 逃げつつよ」
距離を取って追従するのは、緑一色で統一されて機体。他機体に比べ、レーダーなどが目立つチューニングがなされていた。
その一団を追いかけるように飛んできた黄色一色の機体の動きは直線的で、力強い。
「ダメだ、雲が厚すぎて、二人の姿が見えねぇぞ。おいどうするクリスタ」
「こっちも雲に突っ込むわよ。視界不良になれば、向こうもそう易々と攻撃できないはず」
クリスタの決定に従い、機体を雲の中へ沈めようとした時、再び警告音が響いた。
「増援を確認! 二機、来ます」
「二機⁉」
「なんだと⁉」
その警告に不信感を持ったのは、鬼丸とヘルだった。チェック・メイツのメンバーは五人、それなのに、この戦場には六機の特殊なイノセント・バルキリーが存在することになる。
「いえ、違います。これは……ユートピア⁉ あの黒いユートピアも、こちらに向かい……ええ!」
「どうしたの?」
「黒いユートピア、チェック・メイツの二機と交戦を開始。襲われているのはーー」
「ルークとビショップ。ナイトさんは上手く躱したな」
飛来したユートピアは単騎、チェック・メイツに襲い掛かる。咄嗟の出来事であったため、飛び道具などをお互い使用せず、鳥の喧嘩のような戦いが行われている。
その隙間を掻い潜るように、別の黒い機体、ナイトの乗るイノセント・バルキリーが、腰に装備された長剣を引き抜き、キングの機体に襲い掛かる。
「ナイトさん!」
「あの馬鹿者! お前はどこまでも……」
「今のうちに、突っ込むわ!」
この好機を逃さず、八型改は雲の割れ目へと消えていく。しかし。
「雲の向こうから敵反応! びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」
「ああもう! 厄介ね。鬼丸、前の奴らを一層する何か、無いの?」
八型改が入った雲の向こうから、多数のユートピアがこちらに接近してくる。一見白い雲の中に白い機体は発見し辛いように思われるが、ユートピアが白すぎるために、逆に目立っている。
「あったらやってるよ! とにかく今は、威嚇射撃で良いな⁉」
ARを構え、手前から射撃する。しかし無人機らしく、被弾を恐れないユートピアの集団は八型改との距離をどんどんと縮める。
「これ以上の接近は危険よ、酒田!」
「おうよ!」
コルセアの操縦によって、後退を始める機体。こうなってしまうと、隼人と大将の回収どころではなくなってしまう。
「生身での降下だった前回の方がマシとか、どんな皮肉ッスか!」
「そもそも、なんでアンタがいるのよ⁉」
「今更ッスね。それはーー」
ユナがここに至るまでの経緯を手短に話そうとした瞬間、またも警告音が鳴り響く。
「もういっそ、ずっと鳴らしといてもいいんじゃねぇか?」
「また別の反応が、下から。これは、この反応は……」
痺れを切らしたのか、一斉に射撃を始めるユートピアたち。その弾幕を避けている間にも、新たな反応との距離は縮んでいる。
「追い込まれた。腹を括って戦うしか、なさそうね」
苦い顔をしたクリスタが操縦席に座りなおしたタイミングで、八型改と一番距離の近かったユートピアが突然、爆炎に包まれる。
「何⁉」
その爆炎は、左右の機体に誘爆し、それを回避しようとした一団を散開させることに成功した。
「未確認反応、真後ろ! 雲を抜けます」
八型改のその言葉と共に厚い雲を突き破る、荒々しい衝角。鋼鉄に覆われた先端は、根本に近づくにつれ木製の地肌を露わにする。
「だから言ったのだ! もう少し早く出るべきだと。ギリギリだったではないか!」
その聞きなれた怒鳴り声は、甲板と思わしき所から。姿を現したのは、八型改と共に幾たびの戦場を戦い抜いた、木造の不沈艦。カイナ島で見た時よりも、兵装が減らされている代わりに、推進力を生み出していると思われるブースターが至るところに散見された。
「どちらにせよこの船体と、人間の皆様ではここが限界高度だと思われます。娘さんが心配なのはわかりますが、もう少し冷静に」
「だとよ先生。それに、手すりに掴ったまんまじゃしまりがないんじゃないか?」
聞きなれた声に交じり、初めて聞く声がある。その声はどこかコルセアに似ており、落ち着いた際の彼女のような声であった。しかし彼女の性格上、あの声が拝めることはないだろう。
「どうなってんだ? なんで、パイレーツスパイトがここに?」
雲を割りながら、八型改の横で停止した木造船、パイレーツスパイトは、その甲板部に新井と鮫島、そして見慣れない、小柄な女性を乗せていた。
彼女の左目には、重厚感のある眼帯がされており、アメジストがあしらわれた軍帽の下から覗く銀色の髪が、その手前で揺れ動く。その女性は八型改に視線を向けると、小さな口を開いた。
「お久しぶりです。お姉さま」
その言葉にコルセアが返した舌打ちは、コックピット内に静かに響いた。




