第四十四空路 3 天才達²
突如として、大きく揺れる艦内。バランスを崩した一行は床に倒れこんだり、壁に手をついたりして何とか堪えた。
「時間もあまりありません。ここから脱出しましょう」
『戦いは佳境だ。自爆覚悟で船に飛び乗ったユートピアをはがし終えたら、いよいよ隙は無くなるだろう』
「これでこのクソみたいな船ともおさらばと思うと、悲しくなるな」
『皮肉か?』
気持ち悪い薄ら笑いで、その通りだとオーガに知らしめた鬼丸は、クリスタに声をかける。
「八型改に伝えてくれ。そろそろ出るから飛ぶ準備しとけってな」
「でも……あの子は、アタシ達を」
俯き、覇気のない声で呟いたクリスタに、力強い足取りで近づいた鬼丸は、その荒々しい手で彼女の顔を挟み、持ちあげる。
「……何すんのよ」
「目、逸らしてんじゃねぇよ」
反射的に視線を逸らしたクリスタは、恐る恐る視線を戻す。
「ずっと考えてたんだ。お前の部屋の扉を開けたのが、フェンリルでもヘルでもなければ、一体誰がやったんだってな」
溢れんばかりの自信が感じられるその声は、クリスタだけでなく、その場にいる全員に安心を誤認させた。人工知能を有する、人を超越する彼がいるなら、何とかなるだろうという、根拠の欠片もない安心。
「俺たちに味方して、そんな芸当出来る奴なんて、アイツしかいないだろう」
『ふぅむ。儂のことか』
「黙ってろマッドジジイ」
しゃしゃり出てきたオーガを間髪入れずに一蹴した後、再びクリスタの顔を両手で挟みなおす。
「俺たちが信じてやんなくてどうする」
「でも、でもあの子は……」
「違うな。お前がお前を信じてない。だからアイツの事も信じられないんじゃないのか?」
その一言は、クリスタにとって予想していないものであった。そして同時に、返す言葉が見当たらない。正論を突きつけられ、それでも進めるだけの自信を、彼女は持ち合わせていなかった。
何故なら彼女の自信というのは、必ず結果が伴い、行為によってもたらされる。そのため、現在のように自分の力が通用しない状況になってしまうと、何かを信じることが出来なくなってしまう。
「そうよ。悪い⁉ アタシはもう、何も信じられないの。自分の常識が、アタシ自体が絶対であるという自信も、それを支える根拠も無くなった!」
鬼丸に噛みつく勢いで開き直ったクリスタは、自分の絡まった思想を吐き出す。
「クリスタ!」
「やめて! もうほっといてよ!」
「歯ぁ食いしばりやがれ!」
「兄さん⁉」
『ほう?』
体をねじり、鬼丸の手から逃れようとするクリスタに対し鬼丸は、頭突きをした。鈍い音が両者の頭に響き、声にならない痛みが伴う。
「ッ、痛いじゃない! 何すんのよ!」
「諦めんなよ! 目を背けんなよ! 信じる根拠がないだと? 笑わせんな!」
そう言うと立ち上がり、クリスタの胸倉をつかみ、顔を近づける。
「俺が根拠だ。あの日、一緒に本部を抜け出した時から、絶対なのはお前じゃなくて俺たち二人だ! 一人で敵わないなら二人で! 俺がお前でお前が俺で、二人で絶対だ。ここまで来て、拒ませねぇぞ」
その瞬間、クリスタの脳裏に、自分を力強く、それでいて優しく掴んでいるその手の感触が蘇った。トマスとの、八型改の搭乗をかけた腕相撲に似た何か。腕相撲と言ってしまえば、彼らの負け。
「背後に、気をつけろ……?」
「別に気をつけるのは、テメェの背中だけじゃないだろ」
記憶を紐解き、確かめるように呟くと、力強く鬼丸が続く。
「タイミングはーー」
「カウントは任せろ」
体に暖かさが蘇る。自信や勇気に似た力強さでありながら、これだけ自分に恥をかかせた存在、その全てに自分以上の恥をかかせてやるという邪悪さも持ち合わせた彼女はやはり、紅の天使だ。
彼女が握ってしまった鬼の手は、カウントを始める。彼女の、否、彼らの復活までの、カウントである。
「壱、弐の……参!」
力強くクリスタを引き上げ、立ち上がらせる。それに甘えるかのように、そして鬼丸を試すかのように、全ての体重を彼に預ける。それを怠慢と取るか、信頼と取るか。
「感謝はしないわよ」
「しなくていい。むしろするな。だってーー」
「アタシ達二人、でしょ?」
いつも通りの挑発的な笑みを取り戻した彼女は鬼丸に微笑み、その横を通り過ぎる。
「だけど言っておく。ありがとう」
「だから受け取っておく。気にすんな、相棒」
背中越しに行われた会話を、彼ら以外に聞いたものはいなかった。
「あの子が帰ってくることを信じる。その上で、もう一つの策を、具体的に言うなら移動手段が欲しいわね。硬くて、出来るなら戦えるヤツ」
落ち着きと自信を得たクリスタは、口に手を当て考える。
「ここにあるイノセント・ヴァルキリーは一人乗りな上、人体への負荷が大きすぎます。私と兄さんなら、フェンリルとヘルが制御機能になりますが、それ以外の人間ならまず、脳が焼き切れるでしょう」
「おいキル、それはどういうことだ? フィリップだって乗っていた……待て、まさかアイツも俺のーー」
「そんな訳ないじゃないですか。いちゃつきすぎて脳まで逝かれましたか?」
「え⁉」
いきなりキルがきつく当たったため、鬼丸含めた全員が動揺する。しかしそれを気にせずに、彼女はオーガに何かを表示するように頼んだ。
「彼らの着ているスーツの首元には、疑似的でレベルの低い、人工知能回路が組まれています。機体と回路、そして搭乗者の神経を接続することで、まるで自分の体のように機体を動かせる。回路は、接続および制御装置なんです」
「それなしで乗ると?」
「機体は動かないため、出来の悪い棺桶になります」
興味本位と確認を込めて質問したコルセアに、笑顔で物騒な言葉を投げ返す。
「あ~、うん。これはやめとこ」
振り返り、視線をあげたキルは、オーガに提案をする。
「なのでここは、アレを使おうと思います。如何ですか、博士」
『ウム。お前と紅蓮なら、何ら問題はないだろう』
アレ、というのが何なのかわからないまま話が進み、多少困惑した鬼丸は、キルの次の言葉で、より困惑することとなった。
「いいえ。対終末用決戦機、イミテイション・ゴッド、機体名ヴォルウェルクに乗るのは、鬼丸紅蓮と、クリスタ・リヒテンシュタインです」




