第四十四空路 2 影のない協力者
「ですからですね兄さん。我々はいま、追われている立場にあるわけでして。クリスタさんも聞いてます?」
「はい。反省しております」
クリスタの悲鳴と、それに応えるような鬼丸の叫びは、秘密裏に作戦を進めようとしている彼らにとって不都合極まりないものであった。
クリスタの名前を叫びながら走っていた鬼丸は、無我夢中だったために足を絡ませ、顔面から倒れ込んだ。勢いがついていた彼の体は、塵一つ残らないように清掃された床の上を、綺麗な音を立てながら等速直線運動で移動。
多少の摩擦と、彼が咄嗟に足を立てていたために、その体は彼を待ち望んでいた赤髪の女性、クリスタの前でしっかりと停止した。
現在、その一連の、コントのような出来事にキモを冷やしたキルが二人を正座させ、説教をしている。
「ねぇ鬼丸?」
隣で正座しているクリスタに肘で突かれ、耳を近づける鬼丸。
「あの子、なんか雰囲気違くない?」
「俺もそう思う。細かいことは後で話すわ。色々あり過ぎて……」
そう言いながら、クリスタの肩に寄り掛かる形で倒れこむ鬼丸。糸の切れたように脱力した彼の体重に驚いたクリスタは、それを咄嗟に抱える。
「ちょっと鬼丸⁉ 大丈夫⁉」
「兄さん⁉」
「ゴメン。安心したら、疲れが……」
「それでは、隠し部屋の方まで移動しますが、ここからは各自、自分が生き残ることを最優先に動いてください。ヤツの攪乱も、そろそろ通用しなくなる頃だと思いますので」
ヤツとはナイトの事だと、鬼丸はキルの曇った表情から理解した。ここに来る途中で、ナイトとは別行動を取っている。艦内を駆け回り、おとりの役回りをしているナイトの体力も、そろそろ限界だろう。
「隼人と大将は、俺から離れるなよ」
多少とは言え、鬼丸達は戦闘訓練も積んでいる。この狭い艦内なら、飛び道具などが機能しづらいため、万が一掴りそうになっても切り抜けられる。
技術部の面々は前線に出ないため、必修ではない。そのため鬼丸は、その二人を自身の近くで守ることに。本当はクリスタもそこに加えたかったが、彼女のプライドがそれを許さないだろうと思い、声をかけなかった。
「兄さん。ちょっと」
キルに呼ばれ、耳を貸す。
「クリスタさんの部屋の入り口、空けたのはフェンリル?」
「あれ、キルじゃないのか?」
キルと言えば語弊があるかもしれないが、彼女はあの後コルセアの部屋と、隼人たちの部屋の扉をハッキングで開いた。
「……警戒の必要があります。何か不審な点があれば、いつでも」
少し考えた後、そう言い残したキルは、集団を先導する形で前に出た。全員に伝えなかったのは、下手に同様させないためであろう。
「アタシが寝てる間に、ずいぶんと成長したじゃないか」
背伸びをし、首を回しながら、コルセアが鬼丸の横を通り過ぎるとそのまま、キルの隣に並んだ。一瞬迷惑そうな顔をしたが、勢いに押し切られたのか、そのまま歩き始めた。
「なあ紅蓮。本当に八型改を置いて来て良いのか?」
「隼人! 仕方ないだろこんな状況なんだし。少しは考えろこのすっとこどっこい!」
第一目標は、誰も死なないこと。残念ながらこの誰もの中に、ヴリュンヒルド八型改は含まれていなかった。
「……アイツなら大丈夫だろ」
合流したクリスタから、彼女と、そしてカイナ島に残った新井との通信が不可能になったことを聞かされた鬼丸は、後ろめたさを感じつつも隼人と大将の背中を叩いた。
「ほら行くぞお前ら。クリ……」
殿を頼めるか聞こうとして、その言葉を瞬時に飲み込んだ。
「ユナ、頼めるか」
「俺ッスか? お任せください!」
視線の端に捉えたクリスタの顔からは、大きな影が感じられた。そんな状況の彼女に、殿は重荷すぎる。
「……ごめんなさい。今は……」
「おい嬢ちゃん、どうした?」
自覚しているらしく、歩くのがやっとなように見えた。そんな彼女の態度に、頭を軽く掻いた鬼丸は、反対の手でクリスタを強引に引き寄せる。
「ちょ、いきなり何?」
「いいから黙れ。今は、歩くことだけに集中しろ。後は全部、俺が、俺たちが何とかする」
大将と隼人、ユナに合図をした鬼丸は先頭の二人目指して足を進める。
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ヘルの演算と、オーガからの艦内状況の伝達、そして鬼丸の「確実な直感」によって大きな戦闘をしないまま、元居た隠し部屋へと戻ってこれた一同は、疲れ果てたようにその場に倒れ込んだ。
『ふん。軟弱な奴らだな』
「失せろ。気が休まらないだろ」
現れたオーガに、反射的な返事をする鬼丸。元々上品な言葉遣いをするタイプではなかったが、彼が誰かにここまで敵意を向けるのは珍しく、事情を知らない一同を困惑させた。
「兄さん、多分皆、説明を求めてると思う」
「俺がやんのかよ。自分のとこは自分で説明してくれよ。といっても、何から話していいのか……」
鬼丸の口から語られた真実の数々に、一同はなんと声をかけていいのか、わからなかった。彼らは自分たちが異形の存在であるということを、淡々と話すため、余計反応に困った。
「……長生きは、するもんじゃねぇな」
「あ~、ぐ、紅蓮、俺たち、何があっても、親友だからな! いつでも、なんでも頼ってくれよな!」
「無理しなくても……いや、そうあってくれるとありがたいよ、隼人」
必死に言葉を紡いでくれた親友に感謝しつつ、鬼丸は自身の髪をいじり続けているコルセアの手をどけた。
「なんだよ急に」
「いや、帰った時のために、色々見ておこうと思ってな。ガキの分際で気張りやがって。この~」
彼女の古傷とタコだらけの手は鬼丸の手を交わし、頭をぐちゃぐちゃになるまで撫で続けた。
一連の説明を終えたキルは、コルセアの手を逃れ、オーガと今後の予定を話し合っていた。
「アイツの方が凄いよ。色々と」




