第四十四空路 1 中毒
「奇襲! 奇襲!」
ワイルドハントが一斉に騒がしくなる。飛び起きた乗組員はそのまま自分の持ち場へと向かい走り出す。
「ユートピアだ。いつも通り蹴散らせ!」
「イノセント部隊、あとどれくらいだ!」
「敵機、駆逐艦オルレアンに集中!」
「赤城の方にも流れてます!」
艦橋には緊張感のある声が響き渡る。
「ちょっとちょっと! こんな数多いなんて聞いてないよ。勿論チェック・メイツは出るんでしょうね?」
「いえ、それが、艦長がまだ……」
出撃を間近に控えたパイロットがオペレーターに怒鳴り散らし、その怒りを受け止めることしか出来ない若いオペレーター。その雰囲気にのまれ、一瞬の静寂が生まれる。
その様子を画面越しに伺っていたキルは、ユナへ視線を送り、作戦開始を告げる。
「絶対、誰一人かけることなくここへ帰ってくるんだ。それが出来ればまあ、何とか鳴るだろ……いや、俺が何とかしてみせる! なんたって俺はーー」
『戦の天才、ですよね、兄さん。信じていますよ』
その言葉を最後に、キルとユナとは一度通信を切った。
「本当に、大丈夫なんだよな」
暗くなった画面から目を逸らした鬼丸は、震える手を必死に抑えているナイトへと問いかける。
「大丈夫。まだ、俺は死なない。死ねない」
「いやそうじゃなくて、仲間、裏切るんですよ。これから」
ナイトの予想通り、チェック・メイツに出撃命令は出なかった。それどころか、待機の命令すら、出ていない。
「俺は元々、頭のおかしい人間だと思われているから。突然姿をくらませても、大した問題にはならない。せいぜい俺を見つけてキングの前に引っ張りだした奴が勝ち、とかいう遊びに使われるだけ」
そう語る男の目は、焦点が合っていない。
騎士の名を受けたその男の精神は、自分の本当の名前がかすれるほどに、薬に犯されていた。微かに残った人間らしさを振り絞り、死ぬほどの苦しみを味わいながらも自分を制御している彼の話では、高い戦闘技術を買われていたが、この戦いがオーマによって引き起こされたもだという真実を偶然知ってしまい、口封じのために薬を盛られたのだと。
『船の中の殺人となれば、他の乗組員にも影響が出る。薬物中毒にして、自分に従うように条件づけをしようとしたのだな。あんなのが弟だと思うと、嫌になるな』
「人の事言えるかジジイ」
親友だと思っていたキングも、オーマのしてきたことを知った上で、それを隠し通そうとした。自分を殺してまで。そんな状況でも、自分の中の正しさを信じ続けたナイトは、彼らに従うふりをしながら、艦内で叛逆の機会を探っていた。
そんな彼に接触し、協力関係を結んだのが、実態のないオーガであった。
「だから、だから大丈夫。君達は、俺が守るよ」
そう言い、震える手で鬼丸の頭を撫でると、そのまま部屋を後にする。
突然の出来事に驚き、固まっていた鬼丸は、その背中を追おうと走り出す。
『待て、紅蓮』
「んだよ。俺はナイトみたいにお人よしじゃないから、アンタに嫌悪感しかないんだ。これ以上話かけないでくれ」
助けてくれとは言ったものの、自分の頭に人工知能を埋め込み、それだけに飽き足らず自分の細胞からクローンを作り、それにも人工知能を移植した。失敗を何度しても、何体のクローンの脳が焼き切れても、それでも研究を続けた人間に鬼丸は、敵意を向け続けていた。
『なんと思おうが構わない。ただ、これだけは持っていけ。そうかさばるものでもないだろう。使い方は気にするな。必要な時に、フェンリルが勝手に使うだろう』
そう言いながら指を指したものは、三機の小型のトランシーバーのようなものだった。鬼丸はそれを乱雑に取ると、そのままナイトの元へと向かう。
ーーー
ガラス張りの部屋で目が覚めたクリスタは、ぼやけた視界で人を探す。やけに周りが騒がしい気がするが、詳しいことは奴に聞こう。そう思いながら、体を反転させた。
「時間来たら起こしなさいよ。何? この騒ぎ……」
そこにいるはずの、どうせ間抜面晒して熟睡しているはずの、赤と青の髪色の男が、そこにはいなかった。
「鬼……丸? いないの?」
部屋中を見渡しても、鬼丸の姿は見当たらない。
心臓が、嫌な音を立てながら引き締まった。次にクリスタは、隠しておいた端末を手に取る。彼女なら、八型改なら何か知っているだろう。しかし、端末の電源は入らない。
体とスーツの狭い隙間に、汗が流れ始め、体が浮く感覚に襲われる。
「ねえ、どこ行ったのよ。居るんでしょ……」
返事がないことを承知で、投げかけているような気がした。冷静な思考が、どんどん焦りに支配されていく。呼吸が速くなり、視界がぼやけ始める。
そんな自分に構わずに、周囲の騒がしさは勢いを増していく。廊下の奥では、せわしく行き来する乗組員の姿。それらを全て鬼丸に重ねてしまうほど、彼女は混乱していた。
この船の中は、この戦いは常識が通用しない時がある。八型改を降りた時、そう感じた彼女。と同時に、こう考えた。
非常識には非常識。鬼丸が、きっと何とかしてくれる。
しかし、その存在が見当たらない。
「……すけ……なさいよ」
自分でも、都合が良すぎるとは思っている。でも、そう叫ばずにはいられなかった。
「助けてよ!!」
心の叫びが波を打ち、彼女の口から飛び出した瞬間、目の前のガラス張りの扉が音を立てながら開いた。その機械音と共に、段々と近づいてくる叫び声が聞こえた。
「……リスタ、クリスタァ!」
顔をあげると、ぼやけた視界の奥から走ってくる、一人の男の姿が見えた。そしてすぐにその視界は更にぼやけ、男の顔をしっかりと確認することは出来なかった。




