第四十二海路 男、二人、神秘の島にて
「なあ新井さん、そろそろ寝たらどうだ?」
「……」
日が沈み、島民が寝静まった頃、カイナ島の通信室を訪れた鮫島は、未だに寝ていない新井を見つけた。
「通信、切れたんだって? 心配なのはわかるが、寝ないと体壊すぞ」
ただでさえ新井は、ここ数日徹夜で八型改のメンテナンス作業をしていた。夜でもはっきり見えるクマは、どこかグロテスクさすら感じられた。
「ただ切れただけなら私だって寝ている。島民全員を叩き起こしていないだけ、称賛に値すると思わないか?」
「……アンタとうとう頭までイカれたか?」
風呂にも入っていないのだろう。汗と油の匂いが蒸れて、耐えがたい匂いを発している。そんな新井は先ほどから、パソコンのキーボードを叩きっぱなしである。
八型改が通信を遮断した。数時間前に、そう絶叫していたはず。それならば、新井は一体何をしているのか。
気になった鮫島は、画面をのぞき込むと、そこには青い図面に描写された、船の設計図が載せられていた。
「これって、ワイルドハントの設計図、か?」
確信はない当てずっぽうであったが、今新井がそこまで食いつくのなら、多分それしかないだろう。それにもし間違っていたのなら、くどくどと説教を垂れながらも正解を教えてくれる。根詰めた新井がそういう男だということを、鮫島は理解していた。
「船の構造や、飛行原理が書かれている。成程、予想通り、あの結晶体か」
「八型改を浮かせてるっていう? じゃあこのロケットはなんだ?」
「予備動力……いや推進力を生み出すスラスターの役割を担っているのか?」
「じゃあ海上の船で言うところのスクリュー、あと櫂とか帆とかその辺の役割か」
「そんなところだ。推進力を既存のジェットエンジンにすることで、結晶の力を浮力だけに集中させられるのか……」
その時、ふと鮫島は疑問に思った。
「なあ新井さん。そもそもなんで、ジェットなりなんなり、既存の力で飛行船は作れないんだ?」
「パイレーツスパイトのような木造船だと、そもそも上昇時に生じる重力などに耐えることが出来ない。少し上がって、後は空中分解といった所だろう」
視線を動かさず、わりと気の抜けた声で続ける。
「逆に、それらに耐えられる鋼鉄艦となると、今度はそれらを安定して飛行させるだけのパワーが足りない。理論上は可能だが、既存のエネルギーだと効率が悪すぎて、まず不可能だろう」
「ふむふむ」
「特に、現代主流の製鉄技術のものを扱うとなると、薄さと強度を求めるあまり、重量がとんでもないものになっている。かと言って分厚くすればいい訳でもない。陸戦が空を飛べないのと、同じ理由だ」
鮫島は、以前鬼丸から陸戦がなぜ空を飛ばないのかという話を聞いた。飛べないか、ではなく飛ばないか、に関して言えば、機動力の確保が出来ないからだという話であった。その話も、結局は出力の限界点にあるのだろう。
「結局空飛ぶには、その結晶が必要な訳か~」
爆撃機や戦闘機といったいわゆるジェット機が廃れ、陸上戦闘機が戦争の主役になってから、一体どれだけの時間が経っただろうか。そんな世界の命運が、今、空の上で決まろうとしている。
「……というかそもそもその設計図、一体どこで見つけてきたんで?」
「モドキが送ってきた」
背もたれに寄り掛かり、天井を仰ぎ見る新井は、額に手を当て脱力している。
「そっか。あの子が。流石はカイナ島の守護神……ちょっと待て新井さん、今なんて!!」
「モドキが送ってきた」
「でもでも、通信が切れたって!」
勝手に、前触れもなく八型改との通信が途切れた。そう騒いでいたのは、他でもない新井であった。
「何故かは知らないが、このデータだけを一方的に送ってきたんだ」
その後新井の元に、次々と情報が送られてくる。ワイルドハント艦隊の、航行予定航路であったり、乗組員の情報であったり。それらは全て、どこかしらに元々あった情報を、八型改が垂れ流しているものになる。
「精一杯の抵抗……」
鮫島には、そう思えた。通信途絶の理由が、何かしらの事件や悪意で、それに対抗するための、彼女なりの抵抗。
「ここまで来ると、モドキが意図的に通信を切ったことを、疑うことが出来なくなったな」
表面上は通信を途絶しなければならない。そんな状況下でないことを、二人は祈らずにはいられなかった。
いつもご愛読ありがとうございます。宜しければブックマーク、評価や感想をお願いします。




