第四十一空路 3 世界に自分より不幸な人間はいないと思ってたッス
「……いったん話を整理するか。なに、少しとはいえ時間はある」
ユナの鈍い反応を見かねたキルに代わり、ヘルが話しだす。
「今、我々がしなければいけないのは、仲間達の合流、及び救出。我がいなくなったことで、向こう側が兄上たちに何かをするだろう。その前に、安全を確保しなければならない」
何か、の具体的内容は口にされなかったが、何となくわかる。あえて、何かという言葉でごまかしたのだろうということも。
「君が戻ってなかったことにするのは?」
「妥当な提案だろう。ただ、この機を逃し、あそこに居続ければ、全滅するだろう」
「全滅って……」
あまりにもいきなりだったために、少しだけ笑いが混じる。
「言葉通りだ。戦乙女がヘマをしていなければいいが……」
「なんとかメイツに頼むのは? 七人もいるなら、何とかなると思うッスよ」
呆れたようなヘルの視線を受け、ユナは自分の発言が的外れなのもであると理解した。
「そうだった。先に言うべきだった。我らの敵は、この船全てだ」
「全てって、ヘルは彼らの仲間じゃないのかよ?」
当たり前の疑問を投げかけると、なんとも言えない笑顔を見せるヘル。どこか疲労感のようなものさえ感じるその顔を見て、再び間違った発言をしていることを自覚した。
「仲間のふりをしていたに過ぎない。この戦争の敵は、なにもユグドラシルだけではない」
「……更にこんがらがってきたッス」
ユグドラシルを破壊し、停止させる。自分たちは、その目的でここに来たはず。それで、全てが終わると思っていたユナには、彼女の発言は理解出来なかった。
その言葉の真意を理解しようと、ユナが必死に頭を回している間に、目の前の女性の髪は水色へと変化していた。
「……やっぱり少し、厄介ですね。髪色の変化があったから、多少はわかりやすいと思うのですが……」
そう呟くと、頭を抱えその場をぐるぐると回っていたユナの肩を掴み、顔を近づける。
「ヘルだと話がこじれるので、ここからは私が。宜しいですか、黛さん」
大人びた口調で語り掛けてきたキルに、戸惑いを隠せないままのユナは、中途半端に返事をした。
「……という訳なのです」
「つ、つまり君は、紅蓮さんのクローンで、頭の中に人工知能のヘルがいて、この船で戦ってたけどチェック・メイツの仲間に撃たれてその衝撃で記憶を失った挙句、カイナ島に墜落した……んでもって社長はユグドラシルに関する、何か大きな秘密を隠していて、その秘密と紅蓮さんの脳内に居る、人工知能フェンリルが関わっていて、社長はそれをもみ消すために、紅蓮さんと関係者を……」
「理解が早くて助かります。流石、といった所ですね」
キルの口から語られた、衝撃の事実。それも、天地がひっくり返るようなものばかり。体の震えが止まらず、開いた口が塞がらない。
「ナイトが私を撃った以上、彼らに頼ることは難しいでしょう」
キルがその部屋を出ようとした瞬間、壁一面のディスプレイにノイズが走る。そして画面が切り替わり、白衣を着た、一人の老人が現れた。
『ヘルよ。聞こえるか』
「博士、製造ナンバーキー1010010111101011番です。こちらは、ルーム十三」
『うむ。把握している……ああそうだが?』
その老人の視線が、キルから逸れた。誰かが横から声をかけたらしく、博士はその対応に追われていた。
この男が、紅蓮さんへフェンリルを植え付けたり、キルにヘルを植え付けた、オーガという男だと、ユナは理解した。
「博士?」
『いや、今は時間があまりなく……わかった。少しだけだぞ』
そう言うと、画面からオーガが消滅した。隣に避けるでもなく、画面自体がシャットダウンするわけでもなく、オーガの姿だけが、画面から消えた。
オーガに隠れて気付くことが遅れたが、画面に映っている部屋はこの部屋と似たような壁の作りになっていた。画面に映った部屋の奥の方は暗くてよく見えなかったが、ユナはそこに、大きな人影があるように見えた。その人影の正体が気になり、画面に集中すると、その影を隠すように、真っ青な髪が現れた。
『キル……? キル、そこに居るのか⁉』
その声は、ユナのよく知るものであった。その赤い前髪は、キルを安心させた。
「兄……さん?」
「紅蓮さん!!」
ーーー
「よかった……本当に良かった」
肩の力が抜け、その場に座り込んだ鬼丸。『お前の妹が動き出した。どうやら残り時間はあまりないらしいな』というオーガの発言を聞いて以降、気の休まることのなかった鬼丸。
画面越しに彼らの姿を見て初めて、生きた心地がした。
(オーガに無理言って通信割り込ませてもらって、正解だったな)
そうでもしないと、不安で押しつぶされそうだった。これで不安要素は、クリスタ達の存在だけである。フィリップの話では、すぐに殺されたりはしなさそうだが、オーマが俺やキルの命を狙っていて、フィリップがオーマ側だとすると、その言葉を鵜呑みには出来ない。
『気は済んだか?』
「無理言って悪かった」
鬼丸は画面の前から身を引き、自分を攫ってきたナイトと呼ばれる男の隣に並び、壁に寄り掛かった。
『わかっていると思うが、時間はない』
『ヘルの計算だと、あと三十分でユートピアの襲撃があります。クリスタ・リヒテンシュタインらを確保するなら、そのタイミングしかないかと』
『ユートピアって確か……』
『ユグドラシル側がこのワイルドハント艦隊や正規軍に派遣してきている、量産型陸戦だ』
ユナの沈黙に答えるオーガ。
『数自体は多くありません。この船が落ちる事はありませんが、隙としては十分でしょう』
キルの喋り方に違和感を覚えながら話を聞いていると、隣にいたナイトが前に出た。
「た、多分俺たちを手元に残す。キングなら、そう進言する」
『……ナイト、助言ありがとうございます。この状況で私に意見を言えるその精神は、素直に評価します』
「ち、ちがっ。俺、俺は……」
ナイトの言葉に、人が変わったような対応を見せるキル。髪の色が変わっていないため、それがヘルの発言とも思えない。やはり、彼女はあの真実を知らないのか?
「なあキル、実はーー」
ナイトがキルを撃った、その裏にあった事実を伝えようとした鬼丸が前に出ようとすると、当の本人が首を振り、前へ立ちはだかった。
「でも、それじゃアンタは……」
「だ、大丈夫。お、俺だけで、いい。だから、君も、大丈夫」
立っているだけでもやっとのように見えるナイトは、震える手で鬼丸を抱きしめる。
この戦争は、とある男のたった一つの行動で、多くの人間が不幸になった。この人も、その内の一人である。鬼丸はそう思い、内なる怒りを深呼吸で抑えた。
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