第四十一空路 2 早速話について行けないッス
走る、走る、走る。
疑似的な四つ足走法は、思いのほかしっくりと来た。視界がいつもより低くなり、警備網の弱点も見抜きやすくなっている。
飛行戦艦の作りは、多少の差はあれど大体同じだ。だから、こんな危機的状況でも自分が、今大体どこにいるのかはわかる。しかしわかったところで、向かう先が定まらなければ意味がない。
そんな状況は、少し詩的でしゃれていると思いながらも、手足を必死に動かし、ユナは走り続ける。どこかに、たどり着ける場所があると信じて。
最悪、甲板から飛び降りるしかないが、パラシュートのない今回は死ぬかもしれない。だからこれはダメだ。なら艦橋を占拠して……拳銃すら持っていない今の自分には、不可能だろう。
ここはヴァルハラの船、よって自分の立場(海将)も使えない。まあもともと、飾りみたいなもんだったけど。
(やっぱ紅蓮さんたちとの合流が、一番現実的……かな)
幸い、追手はそこまで自分を警戒していないようだ。見つけても、何か戸惑って深追いをしてこない。理由はわからないが、この好機の間に何とか……。
そんなことを考えていると、四つ足で走る事が当たり前になって来ていた。その当たり前のせいで、自分が壁に向かって一直線に駆けていることに、今初めて気が付いた。
このスピード、そして距離。導き出される回答は……。
「と、止まれねぇええええ!」
昔、感性の法則というものを本で読んだことがある。それによれば、抵抗を増やすことで物体の動きは止まる! ……はず。しかし、踏ん張ろうとしたその床は、誰がやったのか、ワックスでこれでもかと磨かれており、床に引きつった自分の顔が写った頃には既に、綺麗な音を立てながら勢いそのまま、カーリングの石のようにまっすぐ滑っていた。
あ、死んだ。そう思い目を瞑った自分は次の瞬間、あり得ない体験をした。気が付いた時には目の前に壁はなく、自分の体は真っ暗な部屋の中に転がっていた。
「は、ハハ。壁にめり込むと、天国すら行けないッスか……」
そもそも犯罪行為ばかり行っていたのだから、行くとしたら地獄かな?
「来たぞ兄上。意外な男が釣れたな」
こ、この声は……。
「……ヘル?」
次の瞬間、目の前が眩い光に包まれた。その眩しさに目を眩ませながらも、彼女の姿をしっかりと網膜に焼き付けた。
「黛ユナよ、久方ぶりだな。早速だが、手伝え」
それは紛れもない、真っ赤な髪を後ろで纏めた、ヘルであった。
「この船にはある男の細工で、いくつかの隠し部屋が存在する。ここはその一つ、その中で一番粗悪なものだったが、使えるだけ使ってやろう」
「ちょっと待ってくれ、他の皆は? 紅蓮さんや、クリスタさんとかは」
「あやつらは今も監禁されているだろう。あと三時間で定時の見回りが来る。それまでに全員を、ここへ移す」
ヘルが操作した機械が光を放ち、壁と一体化したディスプレイに艦内図が表示される。そして艦内中央部の近くにある空白の場所が、赤い点で示された。
「というかメッシュ、お前はなぜここに?」
そういえば、八型改の乗組員に、自分は含まれていなかった。
「紅蓮さんに口利きしてもらって、箱の中で待機してたらこの始末」
「フ、やはり兄上は、想像を絶することをするな」
「……なあヘル、こっちからもいくつか、聞いていいか?」
ヘルの視線は、先程からずっとディスプレイに釘付けだ。
「手短にしろ。根本的な話なら、全員揃ってから一斉にしたいしな」
「どうやって君はここを? というかそもそも、捕まってたんじゃ」
「上級人工知能なら、勝手知りたる船のハッキングなど容易なことだ。ここや避難先については、趣味の悪いホログラム親父から事前に聞いていたことだ」
彼女の操作音が、だんだんと大きくなる。
「ちょっと待つッス。今、この船の事を知ってるって⁉ それとホログラム親父って一体――」
聞き捨てならない単語が多すぎた。そもそも、不明瞭な部分が多すぎる。
「貴様の予想通り、この肉体は被検体キー1010010111101011のものだ。赤城での援助、見事であったぞ少年」
その一言でわかった。今目の前にいる彼女はやはり、あの日、あの時イノセント・バルキリーに乗っていた、赤い髪の彼女。
偽物、捨て駒、戦闘の終わった仲間から、そう呼ばれた彼女の顔は、何処か寂しそうだった。
「……あの時の義理もある。貴様には、先に話しておくか」
そう言うと、手を止めた彼女と目が合う。
「イノセント・バルキリー隊精鋭、オーマ直属部隊通称、チェック・メイツが一人。人体実験により囚われた七人目、上級人工知能、ヘルである。そしてーー」
突如、倒れ込んだヘルを抱きかかえると、彼女の髪が空色に変化していく。
「……ごめんなさい。そして、今、全て思い出した」
「キル?」
おもむろに、俺から離れたキルの顔は、何処か大人びたような、年往々といったようなものであった。
まっすぐと、力強い瞳に、引き寄せられる。あの日、あの時見た、彼女のようだった。
「同じく六人目。コードネームは捨て駒。フェンリル適合者である兄、鬼丸紅蓮の遺伝子を元に改造を繰り返し生み出された、ヒトの偽物の最後の一人。製造ナンバーキー1010010111101011番。そして、上級人工知能、ヘルをこの身に宿した適合者。それこそが、私です」
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