第四十一空路 1 ユナ、始動ッス!
鬼丸がオーガの元へと連れ去られてから数時間後、艦内賭博場は非番の乗組員と共に、未だに眠っていなかった。
「ずいぶんと余裕じゃないのビショップ?」
「これはこれはクイーン。本日も大勝ちで」
長い髪を指に絡ませ、フィリップへと近づいてくるクイーンは制服を着ておらず、艦内で一番と言っていいほどの、煌びやかで大胆な露出の、薔薇色のドレスを身に纏っていた。
彼女の服装の異質さは、薄暗い賭博場というロケーションも相まって、相当なものとなっていた。
「またルークへの駄菓子ですか……何がいいのやら」
テーブルを拭いているディーラー姿のフィリップの一言に、クイーンは聞こえるほど大きな舌打ちをしたのち、彼のネクタイを掴んだ。
「文句あるの? 私はクイーンよ!」
「貴方がクイーンで在り続けるための資金、誰が出しているのか、お忘れですか?」
「キングよね? 確かに貴方の細工もあったけど、それが何!」
声を荒げるクイーンに対し、冷静さを保ち続けるフィリップ。二人の言い争いの声は周囲の人間を委縮させ、その委縮は波のように伝播し賭博場全体を静まらせた。
「……あまり私に眼鏡を、外させないでくれますか? クイーン」
微笑むように問いかけると、ばつが悪そうな顔をしたクイーンがフィリップを解放し、一件落着したように思えた。
しかし。
「ああん? てめぇらいちゃつきおって!」
「ちょ、不味いですよアニキ! 相手はあのーー」
空になった酒瓶を片手に千鳥足で近づいてきたのは、作業着姿の中年。見るからに酔っており、その背後から部下と思われる青年が中年を止めようとしている。
「るっせぇ! チェック・メイツだがチェック・アウトだが知らんが、気に食わないモンは気に食わん!」
そう言い、厄介ごとに巻き込まれ心底面倒くさそうな顔をしているフィリップに、その空いたビンの底を突きつけた。
「たかがディーラーの分際で! 確かに戦場じゃお前たち七将が偉いかもしれんが、ここじゃ一番羽振りのいいやつが偉いんだ! 俺は今日だけで、これだけは落とした!」
そう言い、もう片方の手で四の数字を作る。その発言に、周囲がざわつく。いくら他にすることがあまりないと言っても、たかが賭博にそれだけを使うなんてと驚くものと、単純にその金額の巨大さに驚いているものとの半々であるが。
「お客様、大声はご遠慮願います。私の行為でお客様を不快にさせてしまったことは、謝罪させて頂きます」
頭をスムーズに下げたフィリップに、近くにあったボトルの中身をぶちまけることで、少しだけ口角のあがる中年。
「フン、わかりゃいいんだ」
「……流石ッスアニキ!」
気分を良くした中年はそのまま部下と机に戻り、ゲームに興じ始めた。
「あれ、ボイラー室のじじいよね? 道理でむさくるしい」
鼻をつまむふりをして、先程の中年を睨むクイーン。
「貴方、ルークがいないとずいぶんと人が変わりますよね」
「ビショップほどじゃないわ」
そう言いながら、賭博場を後にしようとするクイーンを、意外そうな顔をしたフィリップが呼び止める。
「だってこの後貴方、眼鏡外すでしょ?」
「……成程。賢明な判断かと」
そう言いながらフィリップは、外した眼鏡をクロスで手入れしていた。
「眼鏡をかければ賢い好青年、それを外せば他者を無一文にさせることを厭わない、意図的な貧乏神。どちらがホントの貴方なの?」
「どちらとも、とでも答えとこうか。おい、そこのお前!」
近くを通りかかった他のディーラーを、多少荒々しく呼び止めるフィリップ。
「七番テーブルのあのハゲ、血液から〈自主規制〉まで全て搾り取れ。一滴残らずだ」
その気迫と言葉の汚さから生じるギャップに怯えたディーラーはそのまま、先程二人に絡んできた中年のいるテーブルへと走っていった。
同じころ、入り口付近の樽に身を潜め、彼らの会話を伺う人影があった。その髪は白黒のメッシュが入っており、服装はこの艦内では見かけない、陸のヴァルハラのものであった。
(ここにもいなさそうッスね。紅蓮さんたち、一体どこへ?)
荷物に紛れていたユナはタイミングを見計らい、脱出することに成功していた。
(誰にも見られてないつもりだったけど、この騒ぎ……)
賭博場から視線を逸らし、艦内の廊下に目を向ける。樽の影で廊下側からは死角になっているため、バレる心配はないが、乗組員たちがしきりに何かを探すように走り回っている。
「いたか?」
「いや。確か、髪色が変だったよな?」
(絶対自分ッス! 見つかったら死ぬッス! それまでに何とか皆さんと合流をーー)
廊下にいる乗組員に気をとられ過ぎて、背後から近づくヒールの音に気が付けなかった。
「ぼく、ここで何してるのかな?」
「うわぁああ!」
ユナは突如背後に現れた、薔薇色のドレスの女性に驚き、壁際へと飛び退いた。しかし体ごと捕まれ、彼女に抱き寄せられる。
「ちっちゃくてカワイー! 大丈夫?」
(き、綺麗な人の、千年に一度とかそんなレベルじゃない、綺麗すぎて女神かと思ったッス! そそそ、そんな人のむむむ、胸が……)
突然の出来事に困惑したユナは無我夢中でクイーンの拘束を振り払い、乗組員たちのど真ん中を四足歩行の動物のように逃げていった。
「……残念。可愛がれそうだと思ったのに」
しょんぼりとした顔をしながら、ユナの背中を視線で追うクイーンと、大いにざわつく乗組員たち。
「……おい今のか?」
「いや、話では髪色が違うような」




