第四十空路 2 兄弟
「それはこっちでいいだろう」
作業着姿の男二人が、大きな木箱を床に降ろす。
「にしてもこれ、妙に重くないか?」
「人一人入っててもおかしくない重さだが……開けてみるか?」
その内の一人が、工具片手に恐る恐る近づく。
「やめとけよ。爆弾かもしれないぞ。どん! なんっつって」
「ちょ、脅かさないでくださいよ!」
もう一人の男が、背中を軽く叩き驚かせた。
「そういう危険なものは騎士サマにでも任せて、俺達は元の仕事戻んぞ」
「ハイハイ。にしても人工知能の手下って、ずいぶんとバカなんですね」
「彼らもかわいそうに。人工知能にたぶらかされたがために、投獄されちまってさ」
男は作業着のベルトに工具を引っかけると、その場を後にする。
「あの赤髪の子、可愛かったなぁ」
ーーー
「クローン体って、禁忌のフルコースかよ」
『何とでも言いたまえ』
同じころ、鬼丸はオーガの声がする機械に鋭い視線を飛ばしながら、苦笑いをしていた。
目の前に、自分と同じ顔をした人間が山ほどいる。そして……。
「妹って、そういうことかよ」
目の前にいるのが自分のクローン、フェンリルとヘル、そして彼女が自分を兄と呼ぶ理由……。
全てが直線で繋がった鬼丸は、前髪をかき上げ、頭を掻きむしる。
『さて、他に何かあるかな?』
「お前が最低最悪のクズ野郎だってことはわかった。一発、いや三発、ぶん殴らせろ」
瞳に鬼を宿らせた鬼丸は、一歩一歩、オーガの声のする機械に近づく。
『三発……ああアイツか。彼のお陰でキルとヘルが安定したと考えるなら、その拳は必要なものだろう』
その一言で、抑えていた鬼丸の怒りが頂点に達した。飛び掛かるようにオーガの声がする機械へと近づくと、コントロールパネルと思われる個所へ向かい拳を振り下ろす。
「ヨルムンガンドは何処だ」
ヨルムンガンド。北欧神話における邪神、ロキの息子にして、フェンリルの弟、ヘルの兄。
「俺とヘルがいるんだ。ヨルムンガンドがいてもおかしくねぇ」
コントロールパネルの淵に片足を乗せた鬼丸は、振りかざした拳を解き、人差し指、中指、そして薬指を順番に立てる。
「だから、三発だ」
言い聞かせるように落ち着いた声を出しているが、はらわたは煮えくり返っている。
『ヤツならその足元にある死体だ。といっても既に骨だけになったがな。それと……』
一呼吸置いたオーガは、静かに語る。
『それと儂を殴ることは不可能だ。いくらお前といえ、実態のない人間を殴るのは、無理であろう?』
問いかけるような口調に、鬼丸は大きな舌打ちを返す。
薄々感じていた。この男、鬼丸オーガは既にこの世にいないのでは、と。足元に転がっている死体がそうかもしれないとも思ったが、それは違っていた。
「人格のクローン、今喋っているお前は、人工知能だな」
『よく頭が回る素体じゃないか。儂も、お前たちの脳に埋め込んだのも全て、ユグドラシルの干渉を受けないように作った、人工知能だ』
そう告げると、ガラスに再び映像が投影される。
『鬼丸紅蓮、そしてフェンリル。歓迎しよう。ようこそ儂のラボへ』
そこに映しだされたのは、紛れもない、鬼丸オーガそのものであった。
ーーー
「まさか再会した息子が、人工知能に操られていたとは、私も驚いたよ」
『それ、本気で言っていますか?』
同じころ、オーマの私室では、彼と、八型改の密談が続いていた。
「まさか。使えるものを使うだけだ」
おもむろに立ち上がったオーマは、部屋の壁に掛けられている一枚の写真の前へ足を進めた。その写真は、大きな建物の前で並んでいる人間達の姿が写されており、そこはかとなく高い知性を感じる顔つきをしている人間が多い。
それは中央で幻覚な顔をしている、若いオーマからも感じられた。
「人工知能は全て悪。それに組する人間もろとも。この艦隊に加われた、いわば選別された人類と思い込んでいるサルを動かすには、十分すぎるネタだよ。君達は」
『社員が聞いたらどう思いますかね?』
「全ては、あの女が……あの女さえいなければ」
憎しみが籠った言葉とは反対に、落ち着いた口調を崩さないオーマに、不信感を抱く八型改。
「間もなく、鬼丸紅蓮がこの部屋に来る。日が登り、甲板の上でその首をはねるだけで、君達は救われるんだ。彼に感謝したまえ」
『……』
自分と鬼丸が犠牲になることで、クリスタ達の命を保障する。それがオーマの提示してきた交渉であった。
沈黙を肯定として捉えたオーマは、机の上に置いてある葉巻ケースに手を伸ばす。その背後で密かに、八型改が動いているとも知らずに。




