第三十九空路 3 貧困
「私はあくまでチェック・メイツの頭脳的ポジションでして、指揮官は別に居ます。コードネームビショップ、それが私です。直接的な戦闘は苦手なのでもし、戦場で緑色の機体を見つけたら、守ってくださると嬉しいですね」
「銃口突き付けた相手に言うセリフかよ」
その後、鬼丸に確認をとる事なくフィリップはダイスを振りなおす。鬼丸としても、再戦を望んでいたのでその手を止めることはしなかった。
十数ゲームを終えたあたりで、勝率は五分五分と言った所であった。元々人数が少ないことや、レートの概念がない為そこまでの盛り上がりを見せないままゲームは進み、鬼丸がまた一勝を重ねた所で、フィリップが手を止めた。
「そろそろ、参りましょうか」
それ以降、互いに口を開くことはなかった。鬼丸は、彼から聞き出した情報を整理し、可能な限りそれを活用しようと思考を巡らせている。
五人がいるチェック・メイツにはそれぞれ、チェスの駒の名前がコードネームとして割り当てられていること。それぞれキング、クイーン、ビショップ、ルーク、ナイトの名が与えられており、彼らの乗る機体はイノセント・バルキリーと呼ばれている。七型と同等の性能を、個人で引き出すことを可能にしているシステムについては、知らぬ存ぜぬの一点張り。
「あ! そう言えば大切なことを伝え忘れていました。この艦内で気をつけなければならない人間が一人――」
フィリップが口を開いた瞬間、背後から奇声とうめき声がした。振り向くとそこには、獣のような視線をこちらに送る、みすぼらしい初老の男が立っていた。
いつの間に、そんな疑問が脳に到達する前に、その男は大きな声をあげながら鬼丸へと突進する。狭い廊下、避けることは出来ず、鬼丸の体はその男に持ちあげられ、あっという間に誘拐される。
すべてが力技といった具合で、動きは隙だらけであった。にも関わらず鬼丸やフィリップが手も足も出なかったのは、あまりにも一瞬の出来事だったからであろうか。とにかく、男の腕がみぞおちに入ってしまった鬼丸は、軽く意識を失った。
「……ビショップより各員へ。騎士狩りだ」
ーーー
目を覚ました鬼丸の目に入ってきたのは、埃だらけの大きな部屋であった。その部屋の至るところに、様々な機械が置かれており、そのいくつかには汚れた布が被せられていた。
「どこだ、ここ」
立ち上がり、周囲を確認すると、全体的に薄暗いその部屋の奥から、青白い光が洩れているのを見つけた。その光を発している場所へと向かうと、更に開けた場所に出た。
そこはあたり一面がガラス張りになっており、中央にある謎の機械が、一際存在感を放っている。
「ここ、軍艦の中……だよな」
自問自答をしながら、恐る恐るその機械へと近づく。その時、足に何かが当たった感触がしたため視線を落としてみると、そこにはヴァルハラの制服を着た白骨化した死体が転がっており、反射的に飛び退く。すると今度は背後から、大きな熱を感じる。素早く振り向くとそこには、鬼丸を誘拐した先ほどの男が、息を切らしながら鬼丸を見下ろしていた。
『来たか……フェンリル、いや、鬼丸紅蓮よ』
先ほどの機械から、自分を呼ぶ声がする。その声はどこか懐かしく、そして恨めしかった。
ーーー
時計の針を少し戻し、数時間前。取り上げられた鬼丸の端末は、オーマの元へと運ばれていた。応接室に似た私室でオーマは、八型改との会話を試みている。
「それで、話ってなんですか」
「そう敵意を示さないでくれ。指示通り、この話は君しか聞こえないのだな」
事前にオーマは、八型改乗組員の命と引き換えに、新井との通信を遮断させている。
「君には少し、私の仕事を手伝ってもらいたいのだよ。ユグドラシルの破壊、聞けば君達の目的もそれだそうじゃないか」
「全人類共通の目的じゃないですかね。それとも別の目的があったりするんですか? オーマ・鬼丸さん」
「……その名をどこで」
オーマの表情と声に、怒りは感じられなかった。
「色々調べさせてもらいました。人工知能を扱う民間の研究所、世間の期待とは裏腹に結果が出ずに、取り壊しが噂されていた組織の人間、ユグドラシルの開発者、ヴァルハラCEO。全てにこの名前が記載されていました。そして前の二つからはそのデータが消された痕跡も確認されました……。ご自分の名前がお嫌いで?」
「いや。かなり気に入っているよ。威厳が出て、人の上に立ちやすい。珍しい苗字なもんで、同じ苗字なら血縁者であるという所も、気に入っているさ」




