第三十四空域 空白の一か月
「巡洋艦ベガルタより入電! 我操舵不能なり!!」
「駆逐艦九龍他、第一雷撃部隊の撤退を確認!」
「敵部隊の損耗率、どうなってる⁉」
飛び交う怒号と、反比例して沈黙する通信。ここは高度約二千メートルの上空。その絶対零度に近い世界で、鋼の塊がぶつかり合う。
「頃合いか……」
真っ黒なコートを身に纏った獣のような威圧感のある男は、統率された緊張に包まれた艦橋内で、落ち着いた声を漏らすと、おもむろに立ち上がる。
「アレを出せ。勝負を決めるぞ」
「かしこまりましたオーガ様。すぐに」
男の隣に立っていた参謀風の男は、一礼すると眼鏡を直し艦橋を後にした。
―――
ジャックマークⅡが大群を率いて、カイナ島を襲撃してから一か月は経っただろうか。あの一戦以降、暴走した陸戦の襲撃は少なくなった。
また、やって来る陸戦の種類も、既存のものばかりであったため、島民やシャークフォースたちだけでも対応が可能となっていた。
一時的な平穏が訪れた特命本部の面々は、この小さな島で思い思いの生活をしていた。貪欲に知識を貪るキル、土木作業がすっかりと板に付いたユナは、夜な夜な何かを調べては、頭を抱えている。
新井とクリスタは、件の結晶の研究に心血を注いでいる。電極を接続し、一定間隔で電力を流すことにより、周囲に特殊な磁場が発生することが判明したことを最後に、研究は足を止めている。
そして鬼丸はと言うと……。
「本当に奇妙な髪色だ。いや、青い髪も十分奇妙だが、そこに赤いメッシュ……」
「やはリ、デビルの子! 今すぐあの機体を放棄するべきデス」
「トマスさん、アンタが乗るって言うならいいですけど、八型改は多分ハッチを開けませんよ」
八型改の肩に腰かけ、鮫島、トマスと共に釣りで時間を潰していた。三人の男が、三時間を費やした結果、彼らの背後にあるバケツに小魚が三匹。
「民間人のコックピット搭乗は、許可できません」
わざとらしく機械的に返答する八型改に、鮫島はけだるそうに質問する。
「そんなルールあるのか?」
「ある訳ない。また何かに影響されたなコイツ」
竿を遠くへと投げ、手持ち無沙汰を解消する三人。会話の内容は、中身の無いものであった。
超級人工知能ユグドラシル。この大戦の鍵になるそれのありかを、まだ彼らは掴めていない。
本土の状況が正確に掴めていない以上、下手にこの島から出る事も出来ないため、結晶研究と同時進行で行われている新井の捜索を待つ他ない。
「待つしかないって、面倒だ」
そう呟いた鬼丸の竿が、大きくしなった。
それから数日後、一同は暑苦しい指令室へと集まった。朝一番に鬼丸を叩き起こしたヘルは、ユナが何かを掴んだといった内容だけを残し、キルへと人格を渡した。
「頭痛い……飲み過ぎた」
千鳥足で入室したコルセアを一瞥したユナは、パソコンの画面から目を離さずに喋り始める。
「ヤバいッス。とうとう見つけたッス。自分の才能が怖い……」
その言葉に驚きを隠せない新井は、飛び掛かるようにその画面をのぞき込む。
「見つけただと⁉ バカな、そんな簡単にユグドラシルが……」
しかし次の瞬間、新井の勢いは止まり、そして固まり動かなくなった。そして画面を上から下へと二、三度目を通すと、大きなため息を付き、体を戻した。そして自身を落ち着かせるように胸ポケットから煙草を取り出そうとするが、クリスタの鋭い眼光に制止された。
「夜な夜な何かをしていると思えば、こんなしょうもないサイトを覗いていたのか。怪談話でもするつもりか?」
嘲笑うかのような言い回しが気に障ったユナは、その挑発に応じる。
「勝手に勘違いしたのはそっちでしょうがオッサン」
「ッ! 私はまだ二十五だ! クソガキ」
「何だと! まともに調査も進んでない癖に!!」
新井とユナが恒例となりつつある言い争いをしている間に、鬼丸とクリスタはユナを挟む形で画面を覗き込む。そこには更新が止まったウェブ掲示板が開かれており、真偽のはっきりしないオカルトまがいの現象がたくさん掲載されていた。
「『発見! UMAは実在していた⁉』に、こっちは『激録! 空飛ぶ円盤と異星人』……」
「呆れた。こんな事のためにアタシ達を呼んだわけ? オカ研ならよそでやって」
画面から目を逸らしかけたクリスタの目に、ある数字が留まる。それはこのサイト自体の最終更新日であり、それはゴッドアップルがヴァルハラ本部を爆発した翌日であった。
ユナからマウスを奪い、サイトの隅々まで目を通すクリスタに、鬼丸が声をかける。
「ストップ。上にスクロールしてくれ……そう、そこだ。なんだこれ?」
鬼丸が気にしたのは『バビロンは実在した⁉ 謎の空飛ぶ艦隊』というページであった。サムネイルとして掲載されていたその写真には、本部で見たものよりも巨大な、空中に浮かぶ戦艦が映っていた。
「空中戦艦の存在なんて、前々から言われてたでしょ。もしかして軍の話を鵜呑みにしてたの?」
第三次世界大戦の開戦が近づくにつれ、陸戦の輸送手段として世界各国は、空中艦の製造に心血を注いでいたとされている。しかしそれらは表向きには存在しない計画とされていて、軍や公的機関は皆存在を否定し続けている。
「いや。そうじゃねぇ。その画像、拡大してくれないか?」
言われるがままにホイールを動かすクリスタの目に、ある男の姿が映った。ブリッジの窓に写ったその男は、何かを確認するかのように海面を睨んでいるが、その視線の先までは写されていなかった。
「このオッサン、何処かで見たことないか?」
眉間に皺をよせ、粗い画像を凝視する二人。少しして、クリスタが口を開く。
「もしかして……CEOオーガ?」
オーガ、その名はヴァルハラ代表取締役社長として、広く知られている男のものであった。
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