第三十五空路 あくまでも噂
「社報なんて、物好きか暇人しか読まないだろ」
「物好きで悪かったわね」
CEOオーマ。その男の所在は、一部の幹部でも知ることが出来ない。仕事柄命を狙われることが多い彼は、人前に出る事も少なく、鬼丸のように顔をうっすらと憶えているという社員も少なくはない。
事実、
「なんだい。つまりアタシらはこの人相の悪い男の下で働いていたのかい⁉」
コルセアは彼の写真を見てもその存在を思い出す事はなかった。
空中艦に見えた男の顔に気付くや否や、クリスタはヴァルハラ社員用サイトからバックナンバーを漁りだし、その詳細を特定し始めた。
「……やっぱりここも」
「更新が止まってるな。あの日で」
自分たちが本土を発った次の日から、この社報サイトは更新されていなかった。そんな中、新入社員に向けたコーナーにて、オーマがコメントを残している号を見つけ、それをプリントアウトする。それを待っている間に鬼丸は、パソコンから目を離し、未だに新井と取っ組み合いの言い争いをしているユナに疑問を投げかける。
「所でユナ、お前良く気が付いたな」
「え? 何がッスか?」
「いやだってホラ、この写真に写っているのがウチの社長だって」
ユナは新井の手を振り解くと、キョトンとした顔のまま口を開く。
「社長? なんの話ッスか? 自分はその船がオタクらヴァルハラの船だったのを思い出して……海軍時代に見たあの船、船腹に彫られてた名前は確か――」
「ワイルドハント……まさか実在したとはな」
そう言うと新井は白衣を直し、画面に顔を近づける。
「ワイルドハントねぇ。てかそもそもヴァルハラって空中戦艦持ってたのかよ! だったら本部がヤバかった時に支援でもしてくれれば良かったのに」
「支援の支の字もなかったもんなあん時。クリスタお前、知ってたか?」
まさかといった顔をして首を横に振るクリスタに少しだけ驚いた鬼丸は、次に新井へと視線を上げる。
「本部長、まさか実在とかなんとか言ってましたが、知っているんですか?」
鬼丸の言葉に続くように、クリスタ、ユナ、コルセアが新井へと視線を送る。
答えにくそうに煙草を求めた新井であったが、プリンターから鳴る、印刷完了のアラームまでにも急かされている気分になった新井は、溜息をつきながら説明を始めた。
「まだ私が本部で技術者として働いていた頃、このヴァルハラが人工知能暴走の原因を既に突き止めているという噂が飛び交っていたのだ。そしてワイルドハントはその原因である事象を解決するために造られた、空中艦隊の機関である、とな」
「そんな噂、アタシらは聞いたことねぇぞ」
何が気に食わないのか、新井に対して口調を強めるコルセアだったが、それは意外な形で押さえつけられた。
「当たり前だ。上層部がその噂を流す者、信じる者たちを軒並み出向させたからな」
「……」
静まり返る一同。発言の恐ろしさに対し新井は、開き直ったような冷静さを見せる。
「噂とは噂を纏い、雪だるまのように大きくなる。その内その戦艦にオーマが乗っているだの、空飛ぶ陸戦と戦っているだの、どんどんとあり得ない方向へと向かっていき、次第に信憑性も薄れていき、先述の理由も相まって、信じる者はいなくなったという訳だ」
飛行戦艦までなら、軍との繋がりや自社の高い技術力などでもしかしたらが成立していたが、余りにも大きくなり過ぎた嘘は、それを支えるだけの浮力を失った。
「……ちょっと待て、今空飛ぶ陸戦って言ったか⁉」
ハッとした様子で勢いよく視線を上げる鬼丸。彼には、心当たりがある。
「あながちあの噂は、嘘ではなかったのかもな。一致する条件が多い」
ヴリュンヒルド八型改、そしてその改造に仕様された、キルの乗っていた陸戦だったモノ。もはや陸戦の主戦場は、陸ではなくなったのかもしれない。
「あの結晶を実用化出来ているなら、空中艦の原理もわかる。軍の事だから、結晶の存在ごと、秘匿してそうね」
口に指を当て、考え込むクリスタ。事実、結晶の力で八型改が飛行している。その結晶を大量に使用すれば、巨大な船だって空を飛ぶ。
「でも、だからと言って……」
「だからと言ってなんだよなぁ」
「作業に戻る」
「片付け頼むぞ二人とも」
クリスタは、悔しそうに視線を下げる。それに同調するかのように苦い顔をする鬼丸と、諦めたのか立ち上がり、その場を後にする新井とコルセア。キーボードの上には、オーマの顔が印刷された紙だけが残る。
「? どうしたんスか?」
一人事態が掴めていないユナが、視線をあちこちに移す。その様子に、更に落ち込んだ二人も、部屋を後にする。
「ちょ、どこ行くんスか!!」
「「わかった所で、どうしようもないんだよな」」
海面に反射する光を浴びながら、そう零す。




