第三十二海路 4 懐かしい声
「結局こうなるのね……。まあいいわ。やりましょう」
手の関節を鳴らし、椅子に腰かけるクリスタ。彼らの目の前には、自分たちと同じくらいの背丈をした、鋼の道化師が立ちはだかる。そして周囲の建造物は、敵陸戦の着陸と、その後の戦闘によって跡形もなく破壊され、飼育されている家畜たちが野放しの状態となっていた。
その鋼に似合わないゴシック調の機体は、七メートルはあろうかという、人にと比べると大きな体を、ゆっくりと振り向かせた。
「なあクリスタ。あれ、何処かで見たことないか?」
「本部に居た頃、戦ったことのあるジャックに似てるわね。特筆すべき性能は、光学迷彩を利用したステルス性能。でもここまで大きくはなかったわ」
八型改が各モニターに表示した陸戦、ジャックと、おおよその形は似ていた。相違点としてはじめに目に着くのは、その大きさぐらいだろう。
「ま~たステルスかよ。それにあのデカさじゃ、適当に打ってれば当たるんじゃないか?」
多少退屈そうにこぼすコルセアを足で突き、クリスタは彼女の慢心をいさめる。
「その癖、どうにかならないの? とはいえ、無人機にしては大きすぎるわね。あまりにミスマッチだわ」
「中に人が乗ってたりするんじゃないか?」
鬼丸は八型改の音声出力機能を使い、敵陸戦へと語り掛ける。
「あ、あ~。もしもし? そちらのデカいジャックに乗ってるパイロット、居るんなら応答せよ。今ならまだ……」
彼が語り掛けた瞬間、ジャックは地面に落ちていた自身と同じくらいのリーチを持つ鎌を構え、間合いを詰める。
咄嗟の判断によって後ろに引いたため、その鎌が機体に当たることはなかったが、わずか一秒前まで自分たちがいた空間が無慈悲に引き裂かれる様子を目の当たりにした。
「問答無用かよ! 頼むぞヘル!」
瞬時に引いたため、バランスを崩し倒れそうになるのを、ヘルが機体を上昇させ回避する。
「あの大きさであんなスピード。少なくとも、ウチよりもハイスペック……こんな陸戦、データにありませんよ!」
少し混乱気味な八型改が告げる。
「見ない間に、ずいぶん腕が鈍ったようですね、鬼丸君」
突如として、鬼丸の耳に、二度と聞くことはないと思っていた男の声が響く。その声は、自身の隣でいつも、冷静な分析をしてみせていた、インテリのものであった。
インテリは死んだ。本部が爆発した日、ゴッドアップルの復讐を覚悟したと同時に飲み込んだ事実が、彼の喉を逆流する。
舌打ちをし、鬼の形相で鬼丸が声を荒げる。
「人が悪いって次元じゃねぇだろテメェ! どの面下げて来やがったゴッドアップル!!」
力強く、苛立ちをぶつけるようにARを構え、サイトを覗くことなく乱射を始める。
「ちょ、落ち着きなさいバカ! ヘル、コルセアは機体制御。落ちたら承知しないわ!」
腰を浮かせたクリスタは、二人に指示を出し椅子から身を乗り出す。彼女の目には、怒りに我を忘れ、狂ったように攻撃を繰り返す鬼丸の髪が、その怒りを表し真っ赤に燃えているように見えた。
しかしその赤みは自分のような静謐さと美しさはなく、滲んだ血のような色をしていた。
「足りねェ! 足りねェぞカスが!!」
「このバカに機体の足任せないでよかった。今にも体当たりしそうじゃない」
頭を掻きむしり、彼の手を押さえつける。しかし彼女の力ではかなわず、未だに狂気の攻撃は止まない。
その間にも、巨大なジャックは攻撃を躱し、そして定期的にインテリの声で鬼丸に語り掛ける。
「どうしたのですか? 戦の天才が、その程度ですか?」
そう告げたゴッドアップルは、鎌を地面に突き刺し、肩甲骨あたりを開き、そこから折り畳み式のライフルを持ち出し構えた。
それを確認したユナは、一時撤退していた小隊に、攻撃を命じた。
「なんでもいいッス。アレを止めなきゃ、皆が!」
いち早く突出したユナであったが、あまりにも距離があり過ぎた。鬼丸達の援軍に安心し、遠くまで退いたところで列を組みなおし再突入を予定していた彼らは、鬼丸達から大きく離れてしまっていた。
「ずいぶん余裕じゃないか。まるで兄上の弾が当たってもいいような調子だぞあやつ。どうにも気に入らない。どうだ隻眼、このまま接近戦を仕掛けるというのは?」
「アタッカーの正気が死んでる状態で、ただの自爆だろ。いいから距離を取るぞ」
その言葉は、コルセア自身を戒めるようにも聞こえた。彼女の指示に従い、急上昇を開始する八型改。
「まだ駄目か!? あれ、絶対当たるぞ。しかも最悪の場所に!」
コルセアが歯を食いしばりながら、クリスタへと投げかける。
「無理、このバカ、力任せに暴れてて」
半ば逆立ちするような形で体重を使い、操縦桿から彼の手を離そうとしているが、足場が安定しない上、急上昇で発生した重力のせいで、彼女のバランスは崩れ続ける。
「それでは鬼丸君。昔話に花を咲かせたいところですが……」
ゴッドアップルの操るジャックが覗くサイトには、既に八型改のコックピットが捉えられていた。
「サブエンジン起動! かすりさえすれば……」
全力で接近を試みるユナ。しかし、イナバ百式黛カスタムの射程には、程遠い。
ゴッドアップルは何の躊躇いもなく、部屋の電気でもつけるかのように軽々と、その引き金を引いた。
「死んじまいな、ザコが」
爆発音が一回、その後、銃身が火を吹きライフルの弾が飛び出る。直前、八型改の少し上に狙いを変え放たれた鉛は螺旋を描き、空気抵抗を受けながら、少しずつ高度を下げる。
「ヘル、上昇止めろ!」
コルセアが叫んだ時には、もう遅かった。八型改のコックピットが存在する胸部手前まで、既に弾丸は到達していた。
「気付いた時には、遅いですよ。さようなら、鬼丸君」
「紅蓮さん! キル!」
ユナが伸ばした手は届かず、その弾丸は、胸部付近で大きな爆発を引き起こした。
「そ、そんな……」
肩を落とし、その場で停止するユナ。彼は知らない。ゴッドアップルのライフルが、その装甲を一切持たない偽物の陸戦を捉えていることに。
そして、その爆発を起こしたきっかけであるはずの弾丸が、原型を留めずに曲がり、地面に落ちてきたことを。
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