第三十二海路 2 防衛配置
ダーヴィン襲撃の翌日、良く晴れた日の朝。ミナ島の堤防に簡易的なパイプ椅子を立て、そこに腰を掛け海面に釣り糸を垂らす。
「なあヘル、一体何が起きるってんだ? いい加減教えてくれよ」
隣で同じように釣り糸を垂らしていた新井が頷き振り返る。二人の男の影に隠れるように読書をしていたヘルが、顔を上げる。
「いや。我の杞憂であればいいんだ。だがどうにも……」
今朝、いきなり現れたヘルは「刻限は近い」の一言を発した。彼女曰く、とてつもない災いに似た狂気が、間もなくこの島に訪れるとのこと。
しかし小さいとは言え五つの島の集合体であるカイナ島。ヘルにもそれが、どこにやってくるかまではわからないため、現在使用可能な戦力を分散させ、待機させた。
「弾落とすんじゃねぇぞ! 相手の正体がわからない以上、いつでも最大火力出せるようにしておけ!!」
アルタが指揮をするパイレーツスパイトは日之出島を。
「お嬢、飲み物をお持ちしました!」
戦闘経験未熟なユナ小隊は、クリスタと共にキノ島の防衛に。
「いいか! 一時も油断するなよ!!」
零号機以外のダイシャークは日之入島ドッグにて、シャークフォースと共にその牙を研ぐ。
「お、かかったぞ鮫島!」
「こっちもだ! 引きが強い……大物だ!」
勢いよく引き上げると、互いの針が絡み合う様子が目に入り落胆する二人。この緊張感のない二人に加え、今朝から神妙な趣なヘルが、ミナ島の防衛に当たる。
ただ防衛といっても現状は待機のため、このような状態が許される。
「襲来を確認し次第、各自撃破、か。あの親衛隊? ユナ小隊が出来たお陰でずいぶん大胆な防衛に出られるな」
感嘆の声をあげながら、仕掛けにエサを詰める鬼丸。発案は勿論クリスタであった。カイナ島全戦力を均等に配置し、被害を最小限に抑える。それが今回の作戦だ。
「ところで鬼丸、お前の所は、クリスタがいなくても平気なのか?」
「問題なく動くらしい。妙に引っかかるが、アイツがそう言うならそうなんだろう」
ヴリュンヒルド八型及び八型改におけるリーダーの仕事は、複数人で操作している機体の行動指針を決める、いわば脳のような役回りであった。
しかし人工知能であるヴリュンヒルド八型改が発達し、機関制御にも慣れてきたために、その存在は必須ではなくなった。
(結局帰って来なかったじゃねぇかアイツ)
先日の一件まで、クリスタとはまともに会話を交わしていなかった鬼丸は、言葉にいい表せない感情が心の奥底で渦巻く感覚を得た。
その時、ヘルの日陰に置いていた端末が警報を知らせる。
「場所は何処だ!?」
「……キノ島。あの赤毛と土方どもの所だ」
―――
「お嬢、敵は一体どこから来るのでしょうか?」
イナバ百式の最終メンテナンスを行いながら、現場組の一人が顔を上げる。
「来るのかどうかすら未知数。イライラするわね」
軽く舌打ちをしたクリスタ。戦力分配のためにこちらに一人で来たが、いざ戦うとなると自分はあくまで指示を出すだけ。そんな歯がゆい思いをするかもしれないと思うと、どうにもクリスタは落ち着かなく、貧乏ゆすりを始める。
その振動は現場組に伝わり、大きな波を起こす。
「お嬢がお怒りだ!」
「オイ! お前ら作業遅くてお嬢怒ってるじゃないか」
あたふたと慌てながらも、作業を終わらせる現場組。その様子を、ユナは自身の機体の中で高みの見物をしていた。
「こっち点検終わりました! オールグリーンです」
最後の一機からそんな声が聞こえた瞬間、彼らの耳に近づく何かの音が聞こえた。それは空気が抜ける風船のような音であり、その何千倍も力強い。
言うなれば、八型改が翼を展開させる際に発生させる、機関の唸りに近い音も混じっている。
その音は、彼らの耳と空を切り裂き、現場組とクリスタが待機しているキノ島北端の漁港から離れた場所へと向かい、真っ黒な穂を描く。
「来た! 移動開始するわよ!!」
キノ島の防衛に配置されたイナバ百式の数、十五機と、特別仕様のイナバ百式黛カスタムは、そのキャタピラを使用し移動を始めた。
土煙舞う小隊に交じり、クリスタが走る。彼女はユナに目配せをし、水平に構えられた腕に飛び乗り腰を掛ける。
「新井さん、聞こえますか? こちらキノ島のクリスタ。正体不明の物体が島の中心に落ちました。これより調査に向かいます」
通信端末から本部と連絡を取った後、彼女は事前に用意していた肩掛け式の拡声器の四角いマイクを手に取った。
「昨日の相手は格下だったからバラバラでも勝てたわ。そこを皆、勘違いしないで。今日はアタシが指示を出しますからそれに従い、連携を心掛けてください」
返事はない。代わりにアームが狂喜乱舞し呼応する。




