第三十一海路 5 群対群
「ゴメン混乱してた……なんでコイツは顔真っ赤なの?」
「聞かないでやれ。これでも頑張ったほうだ」
頭に手を当て、自分の混乱を後悔したクリスタは、視界に顔を真っ赤にした鬼丸を捉えた。あえて視線を外しているように思えたクリスタは、鬼丸の顔を覗き込む。それをわざとらしく躱す。
「体調が悪い……という訳でもなさそうね。状況は?」
羞恥に声を殺された鬼丸の代わりに、コルセアが説明する。
「わかった。キルはお願い。八型改はアタシが何とかするわ」
指示を出された鬼丸は、返事の代わりに頷く。そのまま後方まで移動し、パニックを起こしているキルの肩に手を置く。
「に、ににに兄さん……」
「不味い。過呼吸気味じゃないか。落ち着け、深呼吸じゃない、ゆっくり息を吐くんだ」
小刻みに震えるキルの背中に手を回し、体の接触面を増やす。するとキルは次第に落ち着きを取り戻していく。
「……落ち着いた」
ケロっとした顔をしたキルに、少しだけ肩透かしを喰らった鬼丸だったが、そのおかげか、羞恥の感情はなくなっていた。
「キルは戻った。そっちは?」
席に戻り、機器系統の確認をしながらクリスタに聞く。キルを落ち着けている間に聞こえた会話から、あまり喜べた状況でないことは察しがついていた。
「駄目ね。かなり混乱してる」
「得体の知れない髭が絡まったら、まあそうなるよな」
頭を掻きながら、モニターの表示を見る。入水してから約五分。海中にも潜れるとは言え、八型改のそれはあくまで一時的なもの。
残り潜水可能時間は三分を切った。
(この深度、危険を承知でハッチを開けて俺達だけでも浮上は出来なくない。ただ落ち着いたとはいえ、キルとクリスタを抱えて上がるのは危険過ぎる。そもそも八型改がいなければ、結局危険なままだ)
手を口元に当て、思考を巡らす。その時。
「オラッ! ごちゃごちゃ言ってないで落ち着きな! アンタの出番だよ」
コックピットの天井を殴り始めるコルセア。
「何やってんのよ!? もしかしてアンタまで気が狂ったの?」
「壊れた機械は殴って直す。定石じゃないのか?」
何を今更、とでも言いたそうな顔をしながら、コルセアは殴ることをやめない。あまりにも原始的な行動に、クリスタは手で頭を抑えた。
「そもそも故障なの? もっと理論的に」
「髭、髭……あれ、ウチは一体?」
最後の一振りが、彼女の混乱を打ち砕いた。
「嘘だろ!」
「……信じられない」
自信満々でクリスタを見上げるコルセアは、あえて何も言わない。その様子にクリスタは舌打ちをした。
「多分コレ、現実」
流体のように背後から現れたキルが、鬼丸とクリスタの頬を摘まむ。
「知りたくなかったこの痛み。ともかく全員復活だな」
各々は落ち着いた様子で、席に着く。
「残り一分。十分だな」
そんなことはない。ただクリスタが再びパニックにならないよう、あえて強がる鬼丸は、再び思考を開始する。
鬼丸だけではなく、全員が状況打開のために思考を巡らせているため、機械音と重々しいエンジン音だけが響く。
その時、波の向こうから、何かが群れを成して近づいてくる。日の光が海中に影を落とし、その群れを鬼丸達の前に映し出す。
「なんか来てるぞ。この特徴的なユンボは……」
鬼丸は脳内に電流が走ったように体を震わせる。その不格好な影に、憶えがある。
キルの前髪をかき上げ、額を突き合わせる。
「起きろヘル。仕事の時間だ!」
そう鬼丸が呼びかけると、キルの髪はみるみるうちに赤く染まり、ヘルが目を覚ます。鬼丸の額から離れ、二、三度首を振り、髪をなびかせたヘル。
「成程、そういえば、我らも仲間がいたな。忘れていた」
ヘルの視線は、先陣を切り救援に駆けつけたユナと、彼の乗る不格好な陸戦、イナバ百式黛カスタムに向けられていた。
「すみません紅蓮さん! 今助けますよ」
「頼むユナ! 時間がない」
ユナは水上を滑走しながら、更に加速をする。勢いをつけた状態で飛び上がり、手前のダーヴィンへとユンボを振り下ろす。
「てぇぇぇえ!」
その気迫に押され、ダーヴィンの一機が髭をパージさせ、結果として、八型改の拘束は少し緩んだ。
「ヘル、翼で残りを!」
「あいわかった、任せておけ兄上!」
勢いをつけて展開されたエネルギー噴射により、纏わりついていた残りの髭を全て切断したヘルは、そのまま海面を突き破る。
飛沫を纏わせた戦乙女は、青空へと飛翔する。眼下には、ダーヴィンたちと格闘するイナバ百式黛カスタムの姿が確認出来る。
「危なかった~。あと五秒遅れてたら、呼吸苦しくなってましたよ」
「それより今は彼の援護を」
お世辞にも、陸戦乗りとしての才能も、訓練経験もないユナは、ダーヴィン三機にかなり苦戦している。
乱戦地帯に介入し、数的不利を覆そうとしたその時。
「その心配はいりませんぜお嬢!!」
よく響く、野太い声が聞こえる。方向は、ユナが来た方向。彼の後ろに続いていた群衆の正体、それはイナバ百式黛カスタム同様に改造を受けた、不格好な軍団であった。
「お嬢! 俺達も戦います!」
「見ててくださいお嬢!」
「ご無事ですかお嬢!」
「お嬢!」
皆それぞれ、クリスタに対し参上の挨拶をしたのちに、アンカーを射出したり、飛び上がりユンボで接近戦を挑んだりと、バラバラながら力強い戦闘を行う。
「オイオイこりゃあまるで、クリスタ親衛隊じゃないか。もしかして、お前が近いうちわかるって言っていた理由って」
その集団に、クリスタ自身も始めは驚きを隠せていないようだったが、鬼丸の視線を感じた瞬間、その顔は自信に満ち溢れたものとなり、どことなく邪悪さも感じられた。
「早すぎるわね。まあ、遅すぎるに超したことはないんだけど」
口角を上げ、キレのある声で全軍突撃の命を下した彼女の判断は、間違っていなかった。
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