第三十一海路 4 パニックは感染する
「ちょ、ちょっと待ってください! な、なんですかこれは!!」
「ダーヴィンの髭だこれ! 結構絡まってるぞ」
様子をカメラ越しに確認した鬼丸は、それらを切り落とすためにARを取り出す準備をした。
「落ち着けよ。今先端で切ってやるからな」
慌てるヴリュンヒルド八型改をなだめるように、落ち着いた声で操作をする。しかしその声は彼女に届いておらず、体のあちこちを振り回す。その為髭は余計に絡み、行動制限がより重くなる。
「高度下がってる! 鬼丸急いで!!」
「マズイぞ兄上、スラスターの根本が抑えられた。翼が展開できん。このままでは……」
「関節部の蓋が開かねぇ。コイツの混乱もそうだが、物理的にも封じられてる」
舌打ちをし、鋭い視線でダーヴィンを睨む。髭が絡まり、予想以上に引っ張られたためか、彼らの顎は天を仰いでいた。
「ずいぶん偉そうね。今すぐその顔をたたき割ってやるから覚悟してなさいよ」
機体を維持するだけの力を失い、バランスを崩した八型改。体を横に倒したまま海面と同化する。大きな波がダーヴィンたちを襲うが、浸水した機体は見られない。
慣れたとはいえ、海に潜ることに抵抗があるクリスタ。もし今の髭でハッチに穴が空いていたら、自分は果たして、冷静さを保てるのだろうか。そんな不安を押し殺すように、苦笑いをしながらダーヴィンを睨む。
「俺らが上がって来るまで、せいぜいこの機体の分析でもしてるんだな学者野郎ども。きっと面白い記録が見られるぜ。なんせ今の所、連戦連勝だ。理解した時にはきっと、髭撒いて逃げたくなると思うぞ」
ゆっくりと、八型改は沈む。各部が縛られているため、バランスを保ち同じ水深に留まることは不可能である。
この男の目は、諦めてはいない。必ずこの拘束を解き、ダーヴィンを停止させる。その思いが根底にあるため、彼の闘志の灯は消えない。
が、その前にやる事がある。
「……ねえ鬼丸、大丈夫よね。機体に穴空いてたりしないわよね?」
「髭! キモイ、無理無理無理無理ムリ!」
パニック気味のクリスタと、絶賛大パニックの八型改。二人を何とかして落ち着かせないことには始まらない。
「いつもクリスタ、こんなに怯えてたか? 少なくとも八型改に乗ってる間の潜水は、も少し落ち着いてたと思うんだが」
「戦乙女のパニックが移ったのだろう。厄介な奴らだ」
頭を掻きながら、自分に打てる手がないことを悟ったコルセアにヘルが応える。
「どれ兄上。我ら操縦チームに出番はなさそうだ。手足と翼が縛られていれば、動くこと自体不可能だからな。少し寝るぞ。解けたら起こしてくれ」
自身の身の周りを二、三度見回した後、大きなあくびをしたヘルが眠りにつく。真っ赤な髪の根本から、髪色が時間をかけず水色に変化をしていく。
「知らなきゃこれもパニック案件だよな。原理どうなってんだ?」
人知を超えた現象を目の前にして、引き笑いのようなものをする鬼丸。
「妙に落ち着いてないか鬼丸? 割とピンチだぞこれ」
「奴らは海中に潜れない。見たところ飛び道具もなさそうだし」
カタログをもう一度洗い直しながら、所見を述べる。
「髭は最大二十五メートルまで伸びる……そろそろ止まるか?」
その少しあと、大きな衝撃が大きな音と共にコックピット内を揺らす。
「髭の限界点だ。ここからは我慢比べ。まずは二人の混乱を……」
狭いコックピット内壁に頭をぶつけないよう、慎重に腰を浮かした瞬間、何かが落ちる音がした。
「あばばばば。兄さん、どこ? これどうなってるの?」
「……訂正、三人だ。お前が海に強くて良かったよコルセア」
衝撃によって席から振り落とされたキルが、目を覚ました。いきなり周囲が水に囲まれていれば、誰だって混乱する。
「さて、どうしたものか……」
鬼丸はこの時、自分の左手が口周りに来ていることに気付いた。それはクリスタが、何かを考え込む時の癖であり、彼女に追い付こうと、必死に観察していた頃についてしまった癖である。
彼女曰く、落ち着くのだとか。
「まずはこいつか」
鬼丸はひじ掛けをがっちりと掴んでいたクリスタの左手を、強引に口元へと運ぶ。
しかし。
「でもでもでも、もしかしたらあの髭の先端に、小さなドリルが着いていたら……だからと言って……」
未だに落ち着きを取り戻さない。その様子を、背もたれに体を預けながら見ていたコルセアの脳裏にある光景が浮かび上がる。
次に彼女は口角をあげ、小さく鼻で笑う。
「何が可笑しい。お前も手伝ってくれよ」
「いんや、わざとやってんならいい趣味してるなと」
コルセアが思い出した光景、それはこの前の演習時、パニックになったクリスタを落ち着かせる鬼丸の言動であった。
「王子様のように手を握って、「離さない! 何がなんでもッ! キリッ!」って言ってたのは、どこのどいつだったかな~と。いや、憶えてないならいいんだ」
わざと声を低くし、微妙に似ている声で鬼丸のマネをするコルセア。一瞬の停止をもって、鬼丸の顔は真っ赤に燃え上がる。
目のあたりを自分の手で必死に押さえつけ、今にも消えそうな声で、
「キリッ、は余計だろ……」
と呟く鬼丸。
「なんだ、憶えてるじゃないか! またアレが見れるとは、これは楽しみだね!」
パチンと指を鳴らしたコルセアが好奇の目を向ける。
「いつまでも酸素が持つわけじゃねぇ。時間がない、早くやってくれよ」
「……ッ」
小動物の悲鳴のような声をあげながら、膝をつく。そして彼女の手を、ゆっくりとひじ掛けから離し、その手を握る。
「クリスタ、その、あの……」
「声ちっさ」
嘲笑ともとれる形で、コルセアが呟く。その間にも鬼丸の顔はみるみるうちに赤くなる。
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