第三十一海路 2 クリスタの動向
「お嬢! おはようございます!」
「お嬢! こちら頼まれていたカタログです!」
「お嬢! 肩揉まさせて頂きます!」
あれから数日、ユナのバイト先は綺麗な顔をしたクリスタに、実質的な支配を受けていた。しかしそれは暴力的なものではなく、支配を受けている野郎どもも喜び、彼女に尽くしていた。
「アラ、皆朝からありがと」
その様子を、例によって物陰から観察する一団。今日はいつも以上に人が多い。
「ありゃ~。ホントにクリスタが支配してるよ。あそこの男なんて鼻の下伸ばしてやがる。男ってのは皆、あんな絵に描いたようなクリスタがいいのかよ」
「あれウチの親方ですよコルセアさん」
ユナの発言により、凍り付く一団。威勢と威厳と技術で現場を仕切っていた親方でさえ、彼女の作りこまれた笑顔には抗えず、頭を大きく前後に振って彼女の機嫌を喜びながら取っている。
「ま、まあ問題も起きていないようだし、いいんじゃないか?」
「あそこが心地よすぎて、ヴァルハラをやめるのではないのか? 事実一日の半分を向こうの事務所で過ごしているらしいぞ」
各々の顔を見て、落ち着けるように言った鮫島に対し、真顔で事実をぶつけるヘル。
再び場が凍り付く。顔を見合わせ、その場にしゃがみ込み円陣を組む。口火を切ったのはそれまで黙り込んでいた鬼丸であった。
「冗談じゃねぇよそんなこと」
「お、珍しく動揺してるじゃねぇか鬼丸! そんなに出ていってほしくないなら素直に言ったらどうだ?」
肘で鬼丸の横っ腹をつつき、煽るコルセア。鬼丸は頭に手を当て、赤と青が混じった前髪をかき上げる。そのまま張り詰めた顔で、最も危惧していることを告げる。
「あの陸戦バカが、八型改っていう一種のブラックボックスをほっとくはずもない。なんせ背中に未知の結晶背負い込んでんだ。ひと時も離れたくないはずだ。なのにあの言動! 何か裏があるはずだ」
目が泳ぎ、心ここにあらずと言ったような表情で発言をする彼に、だれも何も言えなかった。彼の発言が的を射ている発言だったということは勿論だが、それ以上に彼が自身の感情を、必死に言葉の裏に隠そうとしているのが、ひしひしと伝わってきたからである。
彼女を除いては。
「あれれ~。これが噂に聞くツンデレってやつですか? 文献によると、男のツンデレに需要はあまりないみたいですよ鬼丸クン。ウチ的には美味しいんでアリなんですけど、いや最高的なアレですけど。わかったら素直になって……」
「オイ八型改、確か……お前の定期メンテって、明日だよな」
彼女、八型改のマシンガントークを、鋭い声で制する鬼丸。日光の当たり具合により顔全体に影が落ち、その表情は伺えない。
「なに、ちょっと作業員に菓子折り渡すだけだ。一度ばらしてメンテすべきじゃないかってな。そん時に出た用途不明の回路に、海水垂らすなんざ朝飯前だ」
「ヒッ!」
発言の過激さとは裏腹に、彼の声色は一切上下しない。
「それで、素直になって、俺に何させるつもりだったんだ!? 言ってみろ」
「……な、なんでもないです……」
三度凍り付く現場。といっても対応に困っているのは鮫島のみである。
ヘルとコルセアはまたかと言った表情で、そのコントのようなやり取りを見届けた後、話を戻す。
「兄上の発言通りなら、あの赤毛は何か考えがあるということか?」
「脅されて、なんてオチはないだろうな。アイツを脅せるのは、神くらいだろう」
「じゃあなんで彼女はまだあそこに?」
「本当に居心地良くなって……いや俺これお払い箱じゃないですか!! 実際朝から俺がいなくても、心配してる人いないし!」
鮫島の呟きに乗っかり、大声を出しながら頭を抱え、床をのたうち回るユナ。
「まあ赤毛がいれば、お前のような人間は不要よな。哀れだなモノクロのガキよ」
「そう言ってやんな。どうだ? アタシの船乗るか? 甲板清掃からだけどな」
ヘルとコルセアは面白がり、転がるユナに力を加え、両者の間で行ったり来たりさせている。
「こいつ等、本当に愉快な奴らだな。色々心配だが」
その日は一度解散となり、皆それぞれの仕事を始めた。鬼丸は再びトマスに捕まり、何かの実験台にされていた。
「いましたねミスターデビル! カムオン!!」
「止めろ離せ! 今ここを離れたら俺は、俺はァ!」
その様子を、目を細めながら見るヘル。
「難儀だな兄上。さて、我はひと眠りするか」
眠たそうな声で背伸びをした彼女は、朝焼けに照らされた直後、水色に変化した。
―――
クリスタの土建場支配は、日に日に加速していった。一週間たった今日ついに、彼女はあそこの全権限を掌握した。
ユナの報告によると今朝からクリスタは、何か忙しく電話を取り次ぎ、多くの何かを発注していた。
「それと同時進行で、現場組が俺残してクリスタさんとどっか行きました」
「現場組って?」
「イナバ百式乗って、実際に仕事する奴らです。俺も含めてですけど」
その一言で、腕寿司に居た面々は何かを察したように呼吸を飲み、憐れむような視線を彼に送った。
「ああ」
「その」
「なんだ」
「残念? 可哀そう?」
鮫島、コルセア、鬼丸、そしてキルが、彼に微妙な対応をする。それを受けとうとうユナは目に涙を浮かべ、声をひくひくとさせ始めた。
「俺だってわかっでまずよ~。世界は不公平ッス! どうせ才のない一般人は、お払い箱ッスよ~!」
「あ~もう泣くな。アレが特別なだけだからな。飴食うか?」
「そ、そうだぞ。実際俺だってクリスタにはかなわないと思ってる。だから泣くな」
コルセアと鮫島がおろおろしながらもユナのフォローに入る。
「……もしキルが泣いたら、兄さんはあやしてくれる?」
「自分でそれ聞くか? まあ可能な限りは」
少し照れ臭そうに頭を掻く鬼丸と、その返答に満足気なキル。様々な声が入り混じる腕寿司に、陸戦襲撃警報が鳴る。
―――
「コラてめぇユナどこほっつき歩いてやがった!!」
自身で改造したイナバ百式に乗り込み、迎撃の準備を始めるユナに、親方たちが近づいて来て、鼓膜を破る勢いで怒鳴った。
ユナはその一言に、わずかな希望を見た。
(え、皆心配して怒ってくれてる? 俺、意外と忘れられてなかった!?)
彼は周りの真意を確かめるよう、演技がかった口調でしゃべる。
「耳痛い痛い。どうせ俺がいなくたって、お嬢様がいればいいんでしょ! 今更俺の大切さに気付いても、もう遅いですから!」
あえてエンジンを蒸かし、煽る。
(今、今だぞ皆。紅蓮さん曰く、彼女のメッキは三日と持たない。きっとあれは、現場組とクリスタさんが口論になってただけだ! 今ならその空いた枠に戻ってやらないことも、まあ……)
「いやまあお前は居ても居なくても変わらないが」
「酷い!」
「そもそもお前、ここ最近いなかったじゃねぇか」
「もっと酷い!」
「元々戦力になってないし」
「凄く酷い!」
それぞれから辛い現実をラッシュのように浴びたユナは、這う這うの体になりながらも発進準備を進める。
「用がないならもう行きますよ。轢かれたくなければ下がってください!」
「オイまてユナ!」
再び鼓膜を破るような大音量が、ユナの鼓膜を揺さぶる。
「なんなんスか一体!?」
彼らはイナバ百式のフロントガラスに張り付き、建材の山を指さした。
「お前の改造、あそこにある資材で出来るか?」
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