第三十一海路 1 土木のお嬢
「お、兄上ではないか」
コマンドホーネットとの一戦から数日後の朝、腕寿司のテーブルの上に突っ伏す鬼丸。その表情はどことなくやつれており、目にはクマがはっきりと確認出来る。
「ヘルか。最近よく会うな」
重たそうな目を上げ、視線をヘルへ向ける。彼女は向かいの椅子を引き、そこに腰を掛ける。
「まあな。ところでどうしてそんな顔をしているのか?」
小首を傾げるヘル。後ろに束ねた赤い髪が軽く揺れる。
「それがさっきまでトマスさんに捕まってて……ヘル、トマスさんと会ったことあるか?」
「少し待て……」
目を瞑り、呼吸を整えるヘル。数秒が経ち、目を開いた彼女は何かを理解したように二、三度小さく首を縦に振ると、口に手を当て、
「あの鼻の高い男か。大方兵器の調整と言った所か?」
と言った。彼女の推測は的中しており、驚きが鬼丸の目を覚ます。
「凄いな。まんまその通りだ。もしかして見てたか?」
「上級人工知能を侮るでないぞ兄上。それくらいキルの記憶と現状から計算できる」
鼻で笑い、自信ありげな顔を鬼丸に見せてみるヘル。
「凄いんだな~」
目を丸くしたままの鬼丸の感想があまりに薄っぺらく、呑気なものだったために肩透かしを喰らうヘル。どうやらその反応は彼女の計算外だったようだ。
一度溜息をついた後、ヘルが再び口を開く。
「ところであの赤毛はどうした? いつも一緒ではないのか?」
「ユナのバイト見学だとよ。なんでかは知らないが」
その答えに疑問を憶えるヘル。何か思うところがあったのか、含みのある言い方で問いかける。
「兄上は行かないのか? いつも一緒に居るではないか?」
その言葉を聞いた鬼丸は、面倒くさそうに顔面を机と同化させる。そして籠った声を出しながら反論に移る。
「んなわけ戯け。結果的に一緒に居るだけだ。勘違いすんな」
「何を、勘違いだ?」
かかった、とでも言いたげな、ニヤリとした表情を浮かべる。
「……人工知能ってのはどいつも人が悪いわけか?」
「いや、兄上がわかりやす過ぎるだけだ。色々とな」
―――
一方その頃クリスタは、茶色い作業着に身を包み、イナバ百式に乗りながら土木作業に勤しんでいた。
「おいユナ、あの人、何者だよ。お前の知り合いなんだろ」
その様子を、腕を組みながら眺める作業着姿の男性は、隣に居る黛ユナに問いかける。
昨日、急に事務所に訪れてきたクリスタ。ユナが改造したイナバ百式の弁償ということで、彼女自身が自分の労働力で補うように頼み込んだ。
改造されたとは言え作業に支障は出ないと告げた親方を押しのけ、イナバ百式に乗り込んだクリスタ。次に彼女が見せたものは、人間離れした操縦技術であった。
「あんな動きされたら、こっちの商売あがったりだ。それにユナが用無し野郎になっちまう!」
その言葉とは裏腹に、後ろから現れた親方の顔は笑顔に満ちていた。
「軍人なんてやめて、ウチに就任して欲しいもんだ。本当にもったいない」
ユナの頭を小突き大笑いをする親方。それでもユナは表情を崩さず、クリスタの動きを見つめる。
「どうしたお前」
顔を覗きこまれたユナは曇りのない表情を浮かべ一言、ぽつりと呟いた。
「あの人が何者かですか? ただの天才ですよ」
「なんでお前が偉そうにしてるんだ。作業に戻れ!」
再び頭を小突かれるユナは、頭を抑えしゃがみ込む。
翌日も、クリスタはイナバ百式に跨り、島の整備に務める。卓越した操縦技術により作業効率が大幅に上がり、いつもより早く家路につけるのではないかと作業員たちは口々に言う。
「クリスタさんぱねぇッス! 自分、尊敬します!」
「ウチの娘も見習ってほしいもんだ」
「唐揚げいる?」
その美貌も相まって、男だらけの昼休憩に咲いた一輪の赤いバラは、瞬く間に話題の中心となった。
彼らの対応に気をよくしたのか、クリスタは素の自分を抑え込み、すました笑顔で彼らに接する。
「イナバ百式は優秀な機体です。もう少し無茶をさせても応えてくれるはずよ。でもメンテナンスは怠らないように」
その笑顔と、的確なアドバイスは、むさくるしい男どもを多いに熱狂させた。
「自分、お嬢って呼んでいいですか!」
「お嬢! ウチに就職してください!」
「俺、お嬢に一生ついていきます!!」
いつの間にか、事務所はお嬢コールに包まれた。彼らに綺麗な笑顔で手を振る彼女はまるで、民の声に応える姫のようであった。
その様子を、建設資材の影から伺う二つの影と一つの電子音。
「これはこれは。ずいぶんと気に入られているではないか?」
「なんだよアイツ。変に笑顔なんか作っちゃって」
「あ、鬼丸クンもしかして焼いてます? 焼いちゃってます?」
露骨に面倒くさそうな顔をして舌打ちをした鬼丸、ヘル、端末のヴリュンヒルド八型改はその場にしゃがみ込み、所感を述べる。
「思った以上だな。これで赤毛が土木魂に目覚めたら一大事だぞ」
「それにアイツの事だ。どっかでボロを出して、紅の天使の再来にならなきゃいいが……」
鬼丸の心配は、意外にもクリスタの周囲を囲む男性陣に向けられていた。今は彼らが気分を損なっていないために良いが、彼女の怒りの引き金はわかりづらい。
また、少々独特な言い回しの日本語を使うこともあるため、周囲との亀裂が生まれやすい。本部時代も、その結果多くの職員との関係性が険悪となり、紅の天使などという仰々しい蔑称がついてしまっていた。
「まあ大丈夫じゃないですか? ウチらの絆が、あんな陸戦モドキに引き裂けるわけありません!」
堂々とした声で告げる八型改。モドキというのは多分、イナバ百式のことであろうか。
しかし。
「本当にここに就職しようかしら。命の危険もなさそうだし、皆さんいい人そうだし」
「……」
「おい聞いたか戦乙女。これは手遅れな気がするぞ」
クリスタの声を聞いた鬼丸と八型改は、衝撃のあまり体が石化したように動かない。目を瞑り、最悪の事態を回避するための算段を必死に練り上げるヘルには見えていなかった。クリスタが鬼丸達を一瞥し、そして嘲笑うかのように舌を出していることに。
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