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処刑された侯爵令嬢は、二度目の人生で幸せを知る  作者: ぽかぽか


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2/8

2.

 朝日が窓から差し込み、机の上に積まれた本を照らしていた。

 オリビアは最後の一行まで目を通すと、静かに本を閉じる。


「……これで大丈夫」


 小さく息をつき、机の端に置かれた時計を見る。

 思っていたより時間が経っていた。


「お嬢様、おはようございます」


 侍女が部屋へ入ってくる。

 そして机の上の本を見て、少し困ったように笑った。


「また朝早くから勉強なさっていたのですね」

「今日、王宮へ伺いますから。復習をしておこうと思って」

「昨日も遅くまで本を読まれていたではありませんか」

「まだ足りません」


 オリビアは苦笑した。


「私より優秀な方はたくさんいらっしゃいますもの」


 その言葉に、侍女は首を傾げる。


「何をおっしゃいますか。お嬢様は昔から何でもおできになります」

「そんなことはありません」


 オリビアは小さく首を振った。

 人より覚えるのが早いわけではない。

 難しい本は何度も読み返す。

 礼儀作法も、夜遅くまで練習してようやく身につけた。

 それでも人前では、努力している姿を見せたくなかった。

 見せる必要もないと思っていた。


「そろそろお支度を」

「はい」


 立ち上がり、窓の外を見る。

 今日は王宮へ招かれている。

 侯爵令嬢として、そして王子の婚約者候補として。

 正式な婚約ではないとはいえ、周囲は決まったも同然という空気だった。

 だからこそ失礼は許されない。


(頑張らないと)


 オリビアはそっと胸の前で手を握る。

 その努力を知る者は、まだ誰もいなかった。


◇◇◇


 王宮で開かれた顔合わせの席。

 オリビアはいつものように深く礼をした。


「お久しぶりでございます、殿下」

「ああ」


 短い返事。

 今までなら、それで終わりだった。

 ところがリチャードは少し考えると、オリビアに声をかけた。


「最近はどうだ」


 オリビアは一瞬目を丸くする。


「……おかげさまで、変わりなく」

「そうか」


 それだけ言うと、リチャードは満足そうに頷いた。

 周囲の侍従や侍女たちも、驚いたように顔を見合わせる。

 オリビア自身も戸惑っていた。


(どうしたのでしょう……)


 これまでのリチャードは、自分にほとんど興味を示さなかった。

 必要な時だけ呼び、仕事が終われば、それで終わり。

 勉強も礼儀作法も、『できて当然』そんな態度だった。

 だから今のように、世間話のような言葉をかけられたことはほとんどない。

 リチャードは席に着くと、自然な口調で言った。


「君も座るといい」

「……はい」


 オリビアは静かに腰を下ろした。

 けれど胸の中の違和感は消えない。


(急に、どうして……)


 嬉しいというより、不思議だった。


◇◇◇


 学園の講堂には、朝から多くの生徒が集まっていた。

 今日は定期試験の結果が張り出される日。

 掲示板の前では、すでに歓声やため息が入り混じっている。


「今回も一位は殿下だ!」

「やっぱりリチャード殿下はすごいわ」

「二位は……オリビア様!」

「さすがですわ。何でもおできになるのね」


 次々と上がる声に、オリビアは少しだけ照れたように微笑んだ。


「ありがとうございます」


 そう答えながら、一人ひとりに丁寧に頭を下げる。

 その姿に、周囲の令嬢たちは感心したようにため息をついた。


「成績も礼儀も完璧だなんて」

「努力なんて必要ないのでしょうね」


 その言葉に、オリビアは苦笑するしかなかった。


(そんなこと、ありません)


 昨夜も眠ったのは日付が変わってからだった。

 苦手な分野は何度も読み返し、覚えきれないところは紙に書き出した。

 それでも一位には届かなかった。


(もっと頑張らないと)


 オリビアは小さく息をつく。

 その様子に気付く者はいない。

 皆が見ているのは、『いつも優秀なオリビア』だけだった。


 少し離れた場所で、その光景を見つめる青年がいた。

 エリックは掲示板ではなく、オリビアへ視線を向ける。


(……お顔の色が悪い)


 周囲は賞賛の声ばかりだ。

 誰も気付いていない。

 しかし彼には分かった。

 笑ってはいる。

 けれど、その笑顔の奥には疲れが滲んでいた。


 その瞬間、前の人生の記憶が胸をよぎる。

 同じように試験結果が発表された日。

 誰もが、『さすがオリビア様』『何でもおできになる』と口を揃えていた。


 だが、試験の前日の夜。

 偶然通りかかった図書室には、灯りが残っていた。

 中をのぞくと、一人机に向かうオリビアの姿。

 何冊もの本を積み上げ、必死に文字を追っていた。

 翌朝には何事もなかったように笑っていたが、結果はいつも二位だった。

 誰も努力など知らなかった。


(あの頃の私は……)


 エリックは静かに目を伏せる。


(婚約者になる方なのだから、殿下が支えてくださるだろう。私が口を出すことではない)


 そう思って、一歩引いた。

 結果として、何もできなかった。

 あの日まで。

 エリックはゆっくりと拳を握る。


(今度は違う。気付いたのなら、見て見ぬふりはしない)


 その決意だけを胸に、オリビアの背中を静かに見つめていた。


◇◇◇


 定期試験の結果が発表されて数日後。

 オリビアは授業を終え、廊下を歩いていた。


「オリビア」


 突然名前を呼ばれ、足を止める。

 振り返ると、そこにはリチャードが立っていた。


「殿下」


 オリビアは丁寧に礼をする。


「少し時間はあるか」

「はい」

「ならば、茶に付き合え」


 断る理由はない。


「承知いたしました」


 王宮の庭園にある東屋。

 侍女がお茶を用意すると、二人だけの静かな時間が流れた。

 リチャードは満足そうに紅茶を口にする。


(前の人生では、こんな時間を作ることはなかった)


 仕事を任せるだけ任せ、必要な時だけ呼ぶ。

 それが当然だと思っていた。

 だが今回は違う。

 こうして気遣えば、未来は変わるはずだ。


「試験はよくやった」

「ありがとうございます」

「二位とはいえ十分だ」

「……恐縮です」


 オリビアは小さく微笑む。

 昨夜も遅くまで勉強していたせいか、少しだけ体が重い。

 けれど、それを口にすることはなかった。

 リチャードは気付かない。


「私は今回も一位だった」

「さすがでございます」

「当然だ」


 そう言って笑う。


「学園を卒業すれば、公務はさらに忙しくなる。他国との交流も増えるだろう」


 リチャードは楽しそうに語り続ける。

 将来の政策。

 王宮での仕事。

 自分が目指す国の姿。

 オリビアは静かに耳を傾けていた。


「そうなのですね」


 相槌を打つたび、リチャードは満足そうに頷く。


(前とは違う。私はちゃんと気遣っている)


 そう思っていた。

 しばらくして、リチャードは従者を呼ぶ。


「持ってこい」


 差し出された小箱を受け取り、そのままオリビアへ向けた。


「これをやろう」

「……私に、ですか」

「ああ」


 オリビアは驚きながら箱を開ける。

 中には、美しい宝石の髪飾りが収められていた。

 陽の光を受け、きらきらと輝いている。


「綺麗……」


 思わず声が漏れる。


「気に入ったか」

「はい。ありがとうございます」


 オリビアは笑顔で礼を言った。

 だが、その笑顔の裏では少しだけ戸惑っていた。


(こんな立派なものを……どうして急に殿下はお変わりになったのでしょう)


 大切にしなければ。

 そう思う一方で、自分が本当に好きなものは別にあった。 

 静かな図書室。

 新しい本。

 読みやすい紙と、書き心地の良いペン。

 そんな小さなものに心が弾む。


 もちろん、リチャードは知らない。

 聞いたこともなければ、知ろうとしたこともなかったからだ。

 一方のリチャードは、穏やかな表情で紅茶を飲む。


(これでいい。今度こそ、すべてうまくいく)


 その確信を胸に、オリビアの小さな戸惑いには、最後まで気付くことはなかった。

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